23. 悪意無きイタズラ





「颯斗!」

名前を呼ばれて振り返る。

自分の名を呼んだ彼女はパタパタとこちらに駆けて来る。


この学園に通うようになって随分と自分の環境が変わったな、と颯斗は何となく思った。

実際、環境は変わった。

全寮制の学校だから家を出なくてはならないし、専門的なことを学ぶ学校だから、周囲の興味は似たようなものばかりだ。

そして、名前を呼ばれる。

さん、廊下を走ると危ないですよ」

優しく諭す颯斗に「うん」と彼女は笑顔で頷く。

これは、聞く気がないなと颯斗は軽く溜息を吐いた。

「あ、幸せが逃げたよ?」

彼女が笑いながら指摘すると「それは、残念ですね」とちょっと適当に颯斗が返す。

「颯斗、あまりにも適当すぎ」

とやはり彼女は笑う。


「ね、今日の課題。やってきた?」

「ええ。って、また忘れたんですか?」

少し呆れたように颯斗が言う。

「いやいや、忘れたって言うか...寝た?」

疑問形で返された。

彼女はしょっちゅう課題を忘れる。

しかし、成績は上の中くらい。

要領がいいのかもしれない。

「まったく、あなたと言う人は」

「そんなことを言いながら、見せてくれる颯斗はやっぱりステキ!」

そう言って彼女は手を合わせる。

「お願い!一生の」

さんの一生は何回あるんですか?」

溜息混じりにそう言う颯斗に「ありがとう!」と彼女が礼を言う。

まだ見せてあげるといっていないのに...

そんなことを思いながらも結局見せてしまうのだから彼女の言葉はあながち間違いではない。


ノートを借りて短時間で写す。勿論、アレンジもするので丸写しとはいえない。

彼女のこういったスキルはどんどん上がっている。

そして、チャイムがなる寸前に「ありがとう!」と彼女がノートを返してくる。

時間ぴったりだ。

「次はありませんよ」と颯斗が言うと「うん、わかってる」と彼女は笑顔で頷いた。

分ってなさそうな笑顔である。

はあ、と溜息をついた颯斗は自分の席に戻る彼女の背中を眺める。

彼女はなぜ、この学園に入ったのだろうか...


課題を提出したその日の放課後、颯斗は職員室に呼び出された。

「何でしょう...」

呟いた颯斗にが「あ、」と呟く。

「心当たりが?」

何だかちょっと黒い何かが憑いている颯斗の笑顔に少々怯えつつ

「今日のノート、見た?」

が言う。

「いいえ、そのまま提出しました。って、何か書いてたんですか?」

驚いた颯斗に「あ、えーと。てへ」と彼女は首を竦める。

颯斗は盛大な溜息をついて職員室に行くと教科担任が苦笑していた。

を呼び出して叱るのも、な...」

そう言ってノートを返してくれた。

それを受け取って颯斗はノートを開く。

そこには付箋が沢山貼ってあり、いっぱいの「ありがとう」と「颯斗のステキな所」というタイトルで何だか沢山言葉が並べられていた。

その中のひとつに「課題を見せてくれる」というのがあり、教科担任を見ると彼は困ったように笑っている。

「自首してるからあまりきつく言えなくてな」

「そう..ですね」

付箋を全部とって改めて提出した。


「失礼します」と職員室から出ると廊下の隅でこちらの様子を覗っているの姿が目に入った。

さん」

「あ、あの。ごめん。怒られた?」

「呆れられました」

「うわ、ごめん...!」

彼女がくれた沢山の言葉は今、制服のポケットにある。

しかし、それはそれだ。

「さて、さん。お仕置きの時間ですね」

にこりと微笑んでいう颯斗の笑顔は空寒く、

「全力でご遠慮させていただきまーす!」

は言葉通りに全力で逃げる。

「ふふふ、僕から逃げられると思っているんですね」


どうして此処はこんなにも暖かい場所なのだろう...

ポケットに仕舞った沢山の言葉を思いながら颯斗は歩き始める。

彼女の素直な感謝と賛辞は正直自分には勿体無くて、そして、くすぐったい。

彼女を捕まえたら、さて、どうしようか。

自分にくれるたくさんの言葉を同じだけ返してみようか。

それは楽しそうだ、と少し思って彼女を追いかける颯斗は、気付かず、微笑んでいた。









桜風
11.10.1


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