| 「お先っス!」 そう言って世良は急いでロッカールームを後にした。 「何だ...?」 賑やかなのがいなくなるとロッカールームは随分と静かになる。 「いやいや、それがね?奥さん」 と丹波が声を掛ける。 『奥さん』と言われた堺は眉間に皺を寄せながら「何か知ってるのかよ」と促した。 ロッカールームにいる皆は服を着替えながらも耳を澄ませている。 「世良のヤツ、最近花屋に通ってるんだって」 「え、何々。女スか?」 ウキウキと話題に割り込んだのは石神だ。 「本人はそうと言ってないけど。この間は有里になんかリサーチ掛けてたんだぜ」 「有里ちゃんに片想い?」 「じゃ、なくて。たぶん同年代の女の子じゃねぇの?」 ...アイツはこいつらに知られたら面倒なことになるのに気付いていないのか? こそこそと何故か自分を挟んで噂話に花を咲かせているチームメイトを横目で見ながら着替え終わった堺は「おさき」とロッカールームを後にした。 噂どおり、世良は花屋に通っている。本当に足しげく。 時間があれば必ず1日1回。 「いらっしゃいませ」と声をかけてきたに「ども」と会釈をする。 彼女がこの店でどういう立場なのかは分からない。 店長か、それとも..バイトか店員か... 彼女は苦笑した。 「いつも、本当にありがとうございます」 「い..いえ!!」 「でも、あの..大丈夫なんですか?」 1回に買う量は多くない。それこそ、数本とか元々作ってあるブーケとかだったりするが、やっぱりこうも頻繁に花を買うと出費はかさむ。 人の財布の中を心配するなんて下世話だとは思う。思うが、気になってしまうのだから仕方ない。 「大丈夫っスよ」 ニッと彼が笑う。 世良と名乗った彼はどうやら有名人らしくて時々店の客に声を掛けられたり握手を求められたりしている。 どういう有名人なのか今更聞けない。とても失礼な気がするから。 彼は花が好きなのか、店においてある花を指差して「これ、何て花っスか?」と聞いてくる。 花は好きなのだが、名前は分からないというタイプなのかもしれない。 愛でるのは名前を知らなくても大丈夫だし。 ある日、世良がやってきた。 そわそわとしている。 どうしたのだろうか、と思いながらも「いらっしゃいませ」と声をかけた。 「ウ、ウス!」 「今日は何にされますか?」 聞いてみると、「そうっスね...」と言いながら店内を見渡しつつやっぱり落ち着きが無い。 結局カーネーションを購入した。 「カーネーション、可愛らしい花ですよね」 しかし、母の日にはまだ日がある。 「あ、あの!」 「はい?」 「これ!!」 そう言って彼が渡してきたもの。封筒だ。 「見ても良いですか?」 コクコクと彼が頷く。 中に入っていたのはサッカーのチケット。 「見に来てください!」 そう言って彼はそそくさと店を後にした。 首を傾げてその背中を見送った数日後、隅田川スタジアムにやってきた。 サッカーを見るなんて初めてだ。 何か必要なものがあるのかな、と思ったがとりあえず初心者なので手ぶらで様子見をすることにした。 チケットを見て入り口に向かい、中に入って「わぁ...」と声を漏らす。 熱気が凄い。そして、意外と広いスタジアム。 テレビでチャンネルを変える過程でちょこっと見たことしかないサッカーだ。 そして、試合が始まるのか選手達の紹介が始まった。 「ええ?!」とは思わず声を漏らす。 だって、紹介された中に花好きの彼の名前『世良恭平』があるのだ。 ああ、なるほど。そういう有名人なんだ... スポーツ全般興味の無い自分が知らなくて当然だ。 ルールは良く分からない。 学生時代に熱心に男子が話をしていたが、「オフサイドがどうたら」とかそういう全く役に立たない単語のみの知識しかない。 だが、世良がどうやら点を入れたらしいときにはぴょんこと跳ねて喜んだ。 知ってる人が活躍するのは嬉しいものだ。 ふと、スタンドを見るとぴょこんと跳ねているの姿が目に入る。 名前を聞いたのはつい先月だ。やっとの思いで聞いた。彼女は少し驚いたように目を丸くし、やがて苦笑して「です」と答えてくれた。 我ながら中々...と呆れてしまう。 世良はスタンドにいる彼女を指差してポジションに戻った。 「アレか...」 丹波がスタンドを見る。 「あの子かぁ...」 石神もスタンドを見る。 「...ふーん」 堺も見る。 「お?可愛いじゃん」 達海も見た。 というか、ジーノ以外のETU関係者皆がスタンドを見た。 試合が終わった後、ロッカールームで世良はお兄さん達に散々冷やかされたが、どうもそれが嬉しかったらしくて最初から最後まで締まりのない顔だった。 |
桜風
11.5.1