29. 食べさせてあげようか?





「まただ...」

呆れた声と口調。

はその声の主を見上げた。

「だってぇ」と甘えた声を出すが、この男にそれは通じない。

「『だってぇ』じゃない。ねえ、。俺にそんな甘えた声を出してどうするの?」

全くだ、と自分で全肯定。

「何で苦手なのに、辛いものを注文するんだろう...」

今日は両親が出張で帰ってこないので夕飯は店屋物にした。

ちょっとチャレンジしたくなるのだ。

「って、宗は何でここに居るの?!不法侵入だー」

の言葉に溜息を吐いてポケットから鍵を取り出した。

「今朝、おばさんから預かった。」

「むむ...」

預かった、ということはこの家に入ってもいいよと言われているということだ。不法侵入ではない。

「まあ、ひとり残して両親とも出張って心配なんだよ。でも、今いくつ?」

「16です」

「だよねー、俺と同じ年だもんな。おばさんは子離れできないな、相変わらず」

16歳の娘がひとりで留守番。別に大変なことじゃない。

寧ろ、幼馴染とはいえ、異性にその娘の安全を求める彼女の母親はどうかと思う...

はもそもそと苦手なはずの麻婆豆腐を食べている。ご飯に乗っているから、麻婆豆腐丼といったところか...?

「何で注文したんだよ」

の目の前で全く減っていない麻婆豆腐丼に手を伸ばしながら神が言う。

「辛いものが食べられないお子様ってからかったの、誰よ」

言い返されて神は目を丸くする。

そんなことにムキになっていたのか...

「あー..はいはい。俺が悪かったよ。食べるよ?」

両家の家族でご飯を食べに行っても辛いものが出たらの分は神が食べるのが暗黙のルールになっている。

だから、お互いそれに違和感がなく素直に受け入れている。

今回だっての目の前に『辛い』に分類されているメニューが目の前にあるのだから、神が口にするのが当然だと思った。

もそれに異を唱えない。

の使っていた蓮華を口に運びながらちらっと彼女を見ると恨めしそうに麻婆豆腐丼を見ている。

「代わりのもの、注文してきたら?」

「うん...なんでそんなに辛いものをおいしそうに食べられるの?」

「俺には美味しいものだから」

神の答えに肩を竦めては電話をしに廊下に出た。

「宗、他に何か食べる?」

「家で食べてきたからもういい」

「はーい」と返事をしては電話を掛け始めた。

戻ってきたが神の目の前の1/3に減ったどんぶりを眺めている。

」と名前を呼ばれて、「なに?」と顔を上げた。

「食べさせてあげようか?」

悪戯っぽく笑って神が言う。蓮華に乗せた麻婆豆腐丼を近づけてくる。

「ムリ。もうすでに胃がシクシクしてるもの」

首を横に振ったに「ま、体に合わないんだろうね」と神が返す。

あっという間に麻婆豆腐丼がなくなった。

先ほど家で夕飯を済ませてきたから神にも少しきつい量だった。

「あっという間だ...」

感心したの口から感想が漏れる。

「まあね。でも、安心しなよ。これからも俺がの分をちゃんと食べてあげるから」

「わたしが素敵な人を見つけるまでお願いすることにするわ」

投げやりに言うに「それも探さなくて良いよ」と神が返す。

その意味が分かったは目を丸くして固まった。

「ははっ」と爽やかに笑っている神がちょっと小憎たらしく思えた。









桜風
10.10.1