30. お菓子よりも魅惑的な





そわそわと周囲が色めき立っている。

気候的には、1年で最も寒く、そして、恋心的には結構燃えるイベントがある。

それが、2月の半ばのバレンタインデーというものだ。


ショーケースを嬉しそうに覗き込む女の子達の中に、居心地悪そうにしている高校生の男の子がいた。

おやおや...

は面白そうにその様子を眺めていた。彼は常連さんだ。

『バレンタインデー』という同業者が作ったこのイベントは菓子店である『うまい堂』にとっては書き入れ時だ。

今がチャンス、乙女の恋心に便乗すべし!

そんな勢いでは商売っ気を心の中で露にしていた。

実際、そんな感情を前面に押し出したら店長に怒られてヘタすりゃクビだ。


女の子の集団が去っていったその後彼がそっとやってきた。

「あ、えーと...」

ショーケースが随分と寂しいことになった。

「もうちょっと待ってくれたらまた新しいのが並ぶけど?」

そう言うと驚いたように彼は目を丸くする。

「星月学園の制服。そして、弓道部さん?」

「あ..何で」

「よく外周、走ってるでしょ?袴で。えーと、確か..鬼の副部長くん?」

そういわれて宮地は「む...」と呟き「宮地です」と呟く。

「うちにもよく来てくれてるよね。あー、2年生だよね?」

「何で...」

「ここに来てくれるようになったのは2年目だし、タイの色が赤い」

「詳しいんですね...」

「兄が通ってたからね」

ニコニコと笑っていると

「ほい、追加ー!」

と威勢よく厨房からパティシエが出てくる。

「はいよ!」とは返事をして「宮地くん、どれ?」と驚いた表情の宮地に声を掛ける。

ショーケースに入れる前に聞かれて「あ、ああ...」と驚き自分が買い求めようとしているそれを指差す。

「ひとつ?」

「はい、ひとつです」

「はいよ!」と返事をして宮地が指差したケーキを箱に入れる。

「今日は部活ないの?」

「ええ、まあ...」

少し歯切れ悪くそう返す彼に「そう」と返してレジに移動する。

会計を済ませて彼が出て行く。



まさか、気づかれているとは思っていなかった。

学校の外周を走っているとき、何度か彼女を見かけた。彼女はスクーターに乗っていることが多かったように思える。

彼女の顔は知っていた。

何せ、『うまい堂』の看板娘だ。

...うまい堂ってあの人の家なのか?

勝手に『看板娘』と思っているのだが、バイトである可能性もある。寧ろ、その方が可能性が高い。

小走りになっている自分に気が付き、ゆっくり速度を落とした。

先ほど買ったうまい堂のケーキが崩れてしまう。

丁度良い甘さできめの細かい生クリーム。

自分が一番だと評価している生クリームを使っているのがこのうまい堂だ。

うまい堂はジャンル拘らず沢山の菓子が置いてある。

全て看板に偽りなくうまい。

生クリーム大好きな自分はたしかに、うまい堂の生クリームを求めてせっせと通っている。

しかし...

既にうまい堂からかなりの距離遠ざかっており、振り返ってもその建物は見えない。


寮の自室に戻り、先ほど購入したケーキを食そうと箱を開けた。

購入したケーキの他にもうひとつ何かが入っている。

『上得意の男の子にサービスです』と書かれているメモ紙とマドレーヌだ。

いつの間に、と思った。

これを見て驚いた自分を見て、彼女はきっと悪戯っぽく笑うんだろう。

ふとそれが思い浮かんで宮地の頬が緩む。

彼女のこういう茶目っ気には初めて触れた。

じんわりと胸に広がる感覚を宮地は目を瞑って感じた。









桜風
11.2.1