35. 君の髪に口付けて





家に帰ると部屋の中は冷え切っていた。

実家にいたときはこんなこと絶対にないのに、と思いながらも暖房を入れる。

偶には自炊、と思って家に帰ったのだが、それはそれで面倒くさくなった。決して自炊する腕がないわけではない。面倒なだけなんだ。

言い訳を頭に浮かべてデリバリーにするか、外に出て行くかを悩む。

が、外の寒さを思い出してデリバリーを選んだ。

電話をかけようとしたところでインターホンが鳴り、やはり面倒だと思いながらも出てみて目を丸くした。

「どうしたんだ、一体...」

そう呟きつつ、彼女を家の中に招いた。


「いつ戻って来たんだ?」

「ついさっき」

「寒い、寒い」と言いながら暖房の前に陣取った彼女、はそう返した。

彼女とはひょんなことから知り合い、それ以降の付き合いだ。かれこれ3年くらいになる。

付き合いと言っても、男女の付き合いと言うところまでには発展していない。

お互いに多様な趣味を持っており、彼女に至ってはその研究者なのだ。

そのため、彼女は1年前から地球に降りて地球の大学で研究を続けながら教鞭をとっていると言う、正直イザークにとっては羨ましい限りの環境にある。

定期的に連絡は取っているものの、お互い忙しいので、用件しか話をしない。

しかし、用件にならなかったのだろうか...

「帰ってくるならそういえ。迎えに行くくらいしてやったのに...」

そう言いながらコーヒーを淹れ始める。

「あらあら、どうも。ね、ご飯は?」

「デリバリーにしようと思っていたところだ。食べれるか?」

「あー。じゃあ、お鍋にしない?せっかくだし」

「買い物に行くのか?寒いだろう」

眉間に皺を寄せて言うイザークに「良いじゃない。車出してよ。普段独りだと食べらんないじゃない?」とが言う。

仕方ない、というようにイザークは溜息をつきコーヒーを運んできた。

「土鍋を買うところからだぞ」とイザークが言うと「意外!」とが声を上げる。

「土鍋って基本でしょう?」

「さっき自分で言っただろう。独りで鍋と言うのはどうにも気が乗らない」

イザークに指摘されて「たしかに」とも頷く。

「しかし、は料理が出来たんだな」

彼女はそう言うことが大の苦手と言う印象があった。

「何言ってんの。鍋なんて出汁に切った野菜をぶち込めば良いんだから料理云々は関係ないって」

と笑いながら返され、自分の印象は間違っていなかったのだとイザークは納得する。


コーヒーを飲んでひと心地ついた2人は夕飯の買出しに出かけた。

「プラントの気候ってこんなに寒かったっけ?」

が薄着過ぎるんだ」

「記憶の中のプラントが温かくて、思わず...まずったなー」

暖房が入っているはずの店の中でそんなことを言うものだから、イザークは自分のマフラーをの首に巻いてやる。

買い物を済ませてイザークの家に戻るとはやはり暖房の前に陣取った。

肩を竦めたイザークは黙々と鍋の準備に取り掛かる。

を待っていたらいつになることやら...

「ごめんねー、手伝う」と言いながらキッチンにやってきたを暖房の前に追い返して作業を続け、粗方準備が終わったので先ほど購入したコンロをテーブルの上に用意させようと声を掛けると返事がない。

?」

全く...

そう思って彼女が陣取っている場所へ視線を向けると横になっていた。

顔を覗きこんでみると目を瞑っていて、どうやら眠っているようだ。

「ったく...」

別室から毛布を持ってきてかけてやる。

彼女の顔にかかっている髪を梳いてふと気が付いた。

「随分と伸びたな...」

元々、彼女の髪は凄く短かった。

地球に赴任してそのままずっと伸ばしてきたのかもしれない。

「イザークが褒めてくれたから」

「起きてたのか?」

「ううん、起きたの」

そう言って体を起こす。自分にかけられている毛布を見て「ありがとう」とイザークに声をかけた。

「ああ」と返したイザークはの髪に唇を寄せる。

「は?!」と目を丸くしてイザークを見たに彼は意地の悪い笑みを浮かべて「さ、食事にしよう」と言って立ち上がった。

「ちょ!性質悪いー!!」

の抗議はさらりと流してイザークはコンロの準備を始めた。









桜風
10.12.1