41. 恋文





この時期、自分の元には沢山の文が届く。

毎日毎日飽きもせず、というのが感想である。

この文の山を見て腐れ縁の常春頭が笑いながら「相変わらず、君は人気者だね」と言って帰っていく。

それを言うだけにこの室を覗いていくのだ。

暇人め、と思いながらとりあえず、文を広げていく。

たまには、必要なものもあるはずだから...


その日も大量の文、主に『恋文』と呼ばれるものなのだが、それを見て大きく溜息を吐いた。

こう、毎日せっせと文を送られては仕事が捗らない。

いっそのこと他のものに確認をさせるか、と思ったが。大抵の中身は人に見られても誤解を生みそうな内容であるため、自分で片付けるしかない。

せめて上司が仕事をしてくれたら、と全く望めないことを思って溜息を吐いた。

能吏と称されることの多い自分は、仕事の効率は悪いわけではない。

だから、文を確認するくらいの時間は確保できる。

休憩時間を潰せば、であるが...

自分で茶を淹れて書類机の上におき、机の端っこに山となした文に手を伸ばす。

殆どのものが、恋文と言うか、縁談を勧めるもので本当にげんなりとした。

その中でふと目に入った文。

他の、官吏たちの寄越した賄賂についていたものや、人事に関する嘆願書はそれなりに良い紙を使っている。

それはそうだ。だって、こんなことをしてくるのはそこそこの上の者達だからそれなりに金もある。

しかし、『間違った』としか思えないこの文は紙を見る限りでは決して裕福な家庭が想像できないものだった。

金銭的に裕福でなくとも、心がとても豊かな家族を知っているので彼はその文に手を伸ばして広げる。

その文を見て絳攸は目を丸くした。

知らない文字が並んでいる。

いや、見たことはある。何かの文献で目にしたものだ。

「やあ、絳攸」

扉が開かれた。

自分が休憩のときに頻繁に顔を出す腐れ縁の常春頭。

「おや?どうしたんだい、真剣に文を見て。ははーん、恋文だね。君もやっと恋の素晴らしさに目覚めたということか...」

「黙ってろ、常春頭」と返して昔読んだ文献を思い出す。

ひょいと常春頭こと楸瑛が絳攸の手元を覗き込む。

「おや?これは..たしか」と彼が口にした言葉に「それだ!」と絳攸は立ち上がった。

目を丸くした楸瑛は暫く驚いた表情を見せていたが苦笑を漏らす。

「どうしたんだい、それ」

「この山に紛れていた」

「では、君宛ての恋文と言うことか」

からかう口調の楸瑛を軽く睨む。

「おい、楸瑛」と絳攸が声を掛けると「はいはい。書庫で邵可様に聞いてみるよ。何か解読するのに参考に出来そうな書物は無いか、とね」と言ってその文を受け取り、室を出て行った。

本当は自分が書庫に足を運んで文献を漁ってみたかったが、これだけ仕事が山と残っている。


急いで仕事を終わらせて府庫に向かった。

この時期『終わる』ということが無い仕事は、とりあえず、自分で『終わった』と思ったときが終わりなので、今日はもう『終わった』と思うことにした。

何とか時間を掛けて府庫に着く。

何だって、府庫はこんなにも遠いのだろうか...

他の人が聞いたらぎょっとするようなことを思いながら絳攸は府庫の扉を開けた。

仕事が終わった後だと言うのに邵可は絳攸の到着を待ってくれていた。

「すみません、邵可様」

「絳攸殿がこの時間になったのは、黎深のせいだからね」

と、自分の弟であり、絳攸の養い親でさらには上司の仕事っぷりを思ってそう言った。

「昼過ぎに藍将軍が持って来られたあれですね」と言われて絳攸は頷いた。

「私も、時間があったからちょっと調べてみたんだけどね。おそらく、この文字じゃないかな?」

そう言って1冊の本を広げた。

「この府庫にもこれしかなかったんだよ」と彼は言う。

見せてもらうと確かにこの文字だが、それを解読するのに骨が折れそうだ。

しかし、絳攸は「ありがとうございます」と礼を言い、その本を借りた。


帰宅してその本を参考に紛れていた文を見る。

おそらく、という程度だが何となく内容は分かった。

書いた者の名は『』というらしい。

内容は、どうやら日記のようなものだ。

旅をしているはその旅で見た美しい景色を紙に書き綴っているようだ。

文字や言葉遣いから女性と推測される彼女は、それなりに教養のある人のようだ。

どうしてそんなものがこうして絳攸の元に届いたのかが分からない。

だが、そんな奇妙な縁も悪くないと思う。

あまり詳しく解読しようとしなかったのは、これは日記の類であり、彼女の気持ちを綴ったものであるから。

もし、これまた何かの縁でに会ったら、彼女から直接旅の話を聞いてみたい。

そう思って絳攸は紛れ込んでいたそれを元の通りに丁寧に折りたたんで仕舞った。









桜風
11.5.1