1.「そろそろ、機嫌を直してくれてもいーじゃんか」





「なあー」

少し甘えるような声で彼が言う。

けど、あたしはそれを遮断してそのまま雑誌に目を落とした。



数時間前。

ケンカの原因はすっかり忘れてしまうほどのつまらない小さなこと。

それでも、あたしは彼の言葉を凄く不愉快に感じて、世に言う『へそを曲げた』という状態になった。

彼も彼でそれがいつのも光景だからか、そんなに取り合わなかったけど。

そんな彼の態度が余計にムカついて現在に至る。

「なあ、

まだまだあたしの気が済まないため、放置は続投ということで。


彼がゴロリと寝転ぶ。

あたしに背を向けて少し丸くなって。

ああ、普段少し大きめだからそれくらいコンパクトになってくれたら良いよ。

でも、そう言うときっとチームメイトたちのことを引き合いに出すんだろうなー。

一度試合を見に行ったけど、あれは山脈だと思った。バスケコートに頻繁に出現する山脈。

話をするときは首が疲れるだろうなー。

彼らを見てすぐに思った感想がそれだった。


「あーあー。せっかくの休養日なのになー」

彼がポツリと呟く。

高校バスケの名門、翔陽高校の練習量はとても多くて1日丸々の休みなんて殆ど無い。

だから、貴重な休養日だとそれを訴えたいのだろう。

正直、あたしだってこの休養日をそれなりに楽しみにしてたしそもそもけんかの原因を忘れてしまったのだからもう良いのではないかと心の隅では思っていたりする。

けど、此処まで来るともはや簡単には引けない。あたしは意地っ張りなのだ。

雑誌を捲って頬杖をつく。

あたしに背を向けて寝転んでいた彼が体を起こす。

怒って出て行くかなー。それはそれで後味悪いな...

それでも、意地を張っているあたしも多少なりとも悪いのだから仕方ない...


しかし、あたしの予想とは裏腹に彼はあたしの見ている雑誌にバン、と手をついた。

「読めない」

「読ませないためにこうしてんだろ」

体が大きいと手も大きい。

だから、あたしの雑誌がかなりの面積覆われて見れなくなった。

顔を上げて彼を見ると不機嫌をあらわにしたその顔。

いつもは涼しい顔をしてあたしを振り回しているというのに...

「そろそろ、機嫌を直してくれてもいーじゃんか」

口を尖らせて拗ねてそう言う。

いつも大人ぶろうと必死に背伸びをしているその彼が。子供っぽさ全開でそう言った。

だから、まあ。もう良いかな?

そう思ったけど、最後のイタズラ心。

「キスしてくれたら、機嫌が直るかもね?」

凄く照れ屋な彼はそういうのを嫌う。嫌うというか、苦手だ。

グッと怯んだ彼を見て、

ああ、ちょっと苛めすぎたかな?

などと小さく肩を竦めながら反省していると

「ホントだな、

という声が降ってきて、そして突然彼の顔が目の前に迫ってきた。


彼の唇があたしのそれに触れて離れた途端彼はくるりとあたしに背を向けて胡坐をかいて座った。

後ろから彼が真っ赤なのが分かり、あたしはそれが楽しいのか嬉しいのか。よく分からないけど思わず笑いが込み上げてきた。

「笑うな!」

今度は彼が機嫌を損ねる番なのかな?

それはそれでつまらない。

だから、

「ごめんね、健司」

と後ろから抱きついた。

「なあ、。機嫌、直ったか?」

「うん、直ったよ。ねえ、これからどうしようか?」

時計を見るとそれは随分と進んでいて、ああ、何て勿体無い事をしてしまったんだろう、とかなり後悔。

健司の顔を覗きこむと嬉しそうに口元が少し緩んでいた。

ああ、可愛いなー。

本人にそう言うと凄く嫌がりそうだから今日はそれを口にするのはやめておこう。

健司の大きな背中に頬をくっつけながらそう思った。








桜風
08.4.1
08.5.1(再掲)


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