2.「電話なんかじゃ足りない」






私の彼氏は花屋でボクサー。

ボクシングの試合が近づくと、私と会う時間を削って練習に打ち込み始める。

彼にとってボクシングがどれだけ大きいものか理解しているつもりだし、そうでありたいと思う。

けど、その反面。

私はどうしようもなく寂しさを感じる。

普段アレだけ優しくて、想われているというコトが実感できるのは凄く贅沢な話だし、それもちゃんと分かっている。


はぁ、と最近は溜息が多く、友人には“幸せの大放出祭”とまで言われている。

「放っておいて」といった矢先からまた漏れた溜息に流石に笑うしかない。

「言えば良いじゃない。『会いたい』って。その彼、えーと。名前忘れたけど、会ってくれるんじゃないの?」

「あのね?私のが年上なの。そんな我侭を...」

そう言うと「ま、が良いっていうならもう何も言わないけどね」と言いながら肩を竦めた。

正直、良いなんて思ってないんだけどね...


残業をして帰りが遅くなった。

駅から出ると鞄に入れていた携帯が着信を知らせる。

「もしもし?」

相手は誰か。ちゃんと確認した。

だから、本当ならもっと弾むような声で出てもいいのに、意地っ張りな私は冷静を装って落ち着いた声で電話に出た。

さん?』

「達也君、どうしたの?」

珍しいね、という言葉を飲んで返事をする。

ああ、私って何て心が狭いんだろう。

自分がいつも以上にちっぽけに思えて、そんな気持ちになると余計に寂しさが込み上げてくる。

さんの声が聞きたくて』

しれっとそう言った。

達也君の声があまりにもさらりとしていて私は思わず

「声だけじゃ、やだ」

と声を出していた。

『え?』

電話の向こうから驚いたような達也君の声。

ああ、とうとう...

ずっと我慢していた言葉と、そして涙。もう堰き止められなくなる。

「声、だけじゃ、やだ。電話、なんか、じゃ足りない」

泣きながらそんな言葉を口にする自分が心底情けなく、でも、電話だから良かったとか今自分が言った言葉と真逆なコトを思っていると

『じゃあ、回れ右』

耳に当てている電話からそんなことを言われた。


よく分からないけど、言われたとおりに回れ右をしてみると

「達也君...?」

耳に当てていた電話をゆっくり下ろす。

私の前方には苦笑いを浮かべた達也君が居て、段々近付いてくる。

「なん、で?」

目の前までやって来た達也君を見上げると彼は私の涙を拭いながら

「さっき会いに家まで行ったら電気が消えてて鍵が掛かってたし。今日は残業かな?って思って。暗いし、迎えに来たんだよ」

照れくさそうにそう言って笑う。

「俺も、さんに会いたかった」

そう言われて、凄くホッとした。

「うん」

「ごめんな?いつも放ったらかしで」

そう言って抱き締められると溜まらなく落ち着く。

「やっぱ電話なんかじゃ足りないな」

私が言うと

「それ、賛成」

達也君は笑いながら頷いた。







桜風
08.3.9
08.4.1(掲載)


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