5.「・・・嫌いだなんて、嘘でも言えない」





「うるさい、サル!」

「誰がサルだ!野蛮女!!」

体育館に響き渡る罵声。

と言っても内容はどう考えても小学生の口喧嘩だ。

バスケ部のマネージャーと自称ゴールデンルーキー清田信長のいつもの挨拶、と他の部員たちに認識されている口喧嘩。

「宮益先輩、聞いてくださいよ。あのサルが」

「誰がサルだ、ゴリラ女!」

「ひっどー!!」

至近距離で勢い十分な1年2人の口喧嘩に宮益は思わずたじろいだ。

「ま、まあ。2人とも...」

宥めようと声を掛けたが既に目の前のマネージャーとルーキーは聞く耳を持っておらず、せめて自分を巻き込まないでもらいたいと溜息を吐いた。

「集合!」

牧のその一言でいつもと信長のケンカはピタリと止まる。

何事もなかったかのように信長は練習を再開し、はマネージャーの仕事に精を出す。



練習が終わって体育館の裏で作業をしていたら「ちゃん」と神がやってきた。

「神先輩。お疲れ様です」

「うん。ねえ、俺ずっと気になってたんだけどさ」

何を言われるのだろう?

首を傾げて神を見上げる。

「信長と口喧嘩してて楽しい?」

「ぜんっぜん楽しくないですよ?」

力いっぱい否定した。

「じゃあ、さ。信長に嫌いだって言えば良いじゃないか。流石にそこまで言われたら、信長の性格から考ると大人しくなるんじゃないかな?」

そんなことを言われては絶句した。

話が突飛過ぎやしないか?

それに、

「...嫌いだなんて、嘘でも言えませんよ」

は俯いて呟く。

「だってさ。信長?」

神のその一言での血の気が引く。

恐る恐る振り返ると体育館の影に信長の姿があった。

バッと振り返って神を見上げると穏やかな笑みを湛えている。

ああ、この人ってこういう人だった...!!

は「神先輩のばかー!」と叫びながらその横を走り抜ける。

ばかと言われた神は肩を竦めながら「俺のことを“ばか”って言うなんて...いい度胸してるよね、ちゃんって」と言いながら信長を見る。

「追いかけたら?」

の背中を呆然と見つめていた信長は神の言葉にはっとして走り始める。


神は伸びをしながら体育館へと向かう。

「俺くらい良い先輩は居ないと思うのになー。ちゃんってば酷いよね」

そう呟きながら振り返って後輩たちが走り去った先を眺めた。

「明日くらいは2人とも苛めて良いですよね?」

事の次第を見守っていた牧にそう言うと

「ダメに決まっているだろう...」

溜息混じりにそう言われた。


「待てよ!」

バスケ部で、自称ゴールデンルーキーの足は流石に速く、結局は追いつかれてその腕を掴まれる。

肩で息をしているは言葉を発する余裕すらなく、俯いてただ呼吸を整えていた。

「なあ、さっきの」

「空耳よ!」

此処へ来ても意地を張るに信長は呆れた。

「ちゃんと聞こえてたんだけど...」

「だから、それが空耳って言ってるのよ!」

の言葉と勢いに信長はグッと仰け反る。が、その姿勢を戻して

「じゃあ、これからオレがいうコトは空耳じゃねぇからな!ちゃんと聞けよ!!」

そう言っての目を見据える。

「オレはが好きだよ。けど、は色んな人と仲良いし。それがちょっと面白くなくて、いっつもあんな風に、意地悪なこと言ってみてたんだよ。そしたら、、ケンカ買うだろう?だから、つい...」

さっきまでの勢いは何処に行ったのだろう?

母親に怒られてションボリしている子供のようにシュンとなっている。

だから、は思わず苦笑いを浮かべた。

「さっきまでの勢いは何処に行ったのよ」

笑うに信長は拗ねてそっぽを向く。


「ノブ」

に呼ばれて顔を向けると

「ケンカは楽しくないよ。だから、今度からは楽しい話をしよう?」

柔らかい笑顔でそう言われた。

「おう」

はにかんだ笑顔で信長もそう応えた。



「でさ。さっきわたし神先輩に“ばか”って言っちゃった」

「...言ってたな」

「多分、明日辺り苛められると思うの」

遠い目をしてが呟く。

「ああ、そうだよな」

「ノブ、一緒に苛められてね?」

「お、おう...」

信長もと同じく遠い目をして夕日を眺めた。








桜風
08.4.1
08.5.1(再掲)


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