10.「お前で良いんじゃねぇ、お前が良いんだよ。」





一郎がプロボクサーになって。

1回大きな大会で負けて、そして、海外へと出て行った。

ただの幼馴染である私はそれをただ、部外者として傍観する以外の選択肢はなく。

だったら、あのジムの前で一郎の出待ちをしているファンの子達と何ら変わらないという、それに気付いたとき、どうしようもなく寂しかった。

そんな彼女たちに埋もれてしまうのが嫌で、だんだん一郎に近づくのをやめていった。

どの道、一郎はいつも練習三昧で忙しそうだ。


ピンポン、と家のインターホンがなる。

少し経ってもう1回同じ音。

お母さん、留守なのかな?

そう思って出てみると

「一郎?!」

「よう」

そう言って右手を軽く上げる。

服がジャージって事はこれから走りに出るのかも。

「なに、どうしたの?」

そう聞いてみると一郎の目は少し宙を彷徨って、

「や、別にこれと言って用事はないんだけど...」

と頬をポリポリと掻く。

「えーと、もし良かったら上がってく?」

聞いてみた。

これと言って用事はないと言ったけど、それなのに態々うちに来るなんて事はないと思う。だから、これから練習なんだろうけど、もし話が長くなるようだったらこんな玄関で立ち話も何だし。

「いや、」と多分断ろうとした一郎だけど、後ろを軽く振り返って、一歩玄関に足を踏み入れてドアを閉めた。

うちの前は人通りが多いから気になったのかもしれない。

「上がる?」

もう一度聞いてみる。

「いや。さっきも言ったけど別にこれと言って用事があるわけじゃないから」

一郎はそう言った。

だったら、何でうちに来たのだろう?

意味が分からない。

「最近、見ないから。どうしたのかって思って」

突然そういわれた。

ビックリして言葉が出ない。

「なに、突然」

「いや。俺も、そう思ったんだけど。何か、顔が見たくなった」

ポツリとそういわれた。

言われた私は、どう言って良いのか分からずに俯いてしまう。

一郎はどんな意味を込めて今の言葉を言ったのだろうか?

聞きたいけど、聞けない。

そんなジレンマに陥っていた。

「へ、変なこと言わないでよ。私の顔を見たって良いことなんてないよ」

「そんなことない」

一郎が言う。

もう、何なの!?

の顔、見たらホッとする」

やっぱりポツリと言う。

「私の顔、見てホッとするの?じゃあ、まあ。私の顔なんかで良いなら、見においでよ」

うわ、なんか偉そうだな、私。

「お前で良いんじゃねぇ、お前が良いんだよ。が、いい」

顔を真っ赤にして一郎はそう言い、慌てて玄関から飛び出した。

一郎が言った言葉が頭の中をぐるぐる回る。

一体、何が言いたかったのか分からない。

けど、まあ。

あそこまで言うなら。また練習を見たり応援に行っても良いなと思う。

だって、一郎は私が良いというのだから。

そこまで言われたら仕方ないというものだ。









桜風
08.5.1
08.6.1(再掲)


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