めぐり逢ひて 2





 その城には、歌仙兼定という打刀の付喪神である僕と審神者と呼ばれる人間、人の形を取っている式神と、そして、奇妙な動物の式神のようなもの。

それのほかに、役割を持っている式神がいる。

つまり、“人間”を知っているのは審神者だけになるのだが、彼女もよくわからないという。

「なぜだい?」

僕は聞いた。

彼女は、ここにやってくるまでの経緯を話してくれた。その大半は何となく生理的に受け付けがたい話だった。

「君は、それで平気だったのかい?」

問うと、彼女は首を傾げる。何か不思議そうに。

「...そう、わかったよ」

僕はそう言った。

彼女は確かに審神者としての力がある。僕のような付喪神に現身を与えるだけの力を。

だから、敬意は向けられる。僕をここに呼んだ者だ。

だが、全てを捧げられるかと言われたら、正直自信がない。

人間如きに蔑ろにされてそれを当然と受け入れている彼女を心底敬愛できるとは思えない。

ただ、義務として彼女を守ることは吝かではない。

おずおずと僕を見上げる彼女をみて、ニコリと笑顔を作った。



◆◇



彼はゆっくりと体を起こした。

(...何が「わかった」んだか)

ガシガシと頭を掻く。

黒歴史とはこのことか...

ベッドから降りて朝食のパンを焼きながらひとまず顔を洗う。


彼は今、一人暮らしだった。

大学から少し遠いアパートで部屋を借りている。

昨日は夕方に甦った過去の、前世かそれ以前のかわからない記憶の奔流に飲まれ、体調を崩して這う這うの体で帰宅した。

そのまま夕食を摂らずに眠っていたのだが、寝起き前に見た夢は最悪だった。

過去の記憶だ。

彼女をまだ“本当の意味で”主と戴いていない時の。

彼女は本当に知らなかっただけなのだ。

境遇を聞いて察することができなかった自分は未熟だった。

人の体を得たばかりだから、という言い訳もできるだろうが、人間の生活の様子はただの刀であった時から目にしていた。


――あの子は、僕の事も思い出せただろうか。


朝食を摂り、身だしなみを整えて通学のため部屋を出た。

アパートの近くにバス停がある。

駅前のバス停のひとつ前で、まだ人がさほど乗っていない。そのため、彼は何とか毎日シートに座ることができている。

次のバス停でどっと人が乗ってくる。

彼はその日もバスに乗り、歩道側の席に座った。

昨日は、彼女が通学している途中のようだった。

(主は、高校生か...)

制服姿の彼女を思い出す。

髪を一つに結んで自転車に跨り、風を切って走っていた。

パステルカラーのリュックは彼女の印象にぴったりだった。

彼女を見た瞬間、息が止まった。

彼女と目が合い、カチリと鍵が開くような音が聞こえた気がした。

ただ、その時には記憶は甦っていなかったので何も一致するものはなかった。

「主」

口の中で呟いてみる。

じわりと胸のあたりがくすぐったい。


最初に神を辞めると言い出したのは彼だった。

最も近くで彼女を守り続けていた彼は、彼女の側に在り続けたいと思った。

その方法については、見当がつかなかったが、ふと思いついたのだ。

神を辞めてしまえばいい。

人となり、彼女に寄り添える存在になればずっと一緒に同じ長さの時間、在る事が出来る。

そういう事に詳しそうな仲間に相談してみると彼は渋った。

「正直お勧めしない。君が人となったとしよう。主に遭える可能性は限りなく低いだろう。そして、人になるのに代償は大きいはずだ」

だが、彼の心は固まっていた。

周囲が察して同じことを言いだした時には少し苛立ちを覚えたが、反対する理由はない。

彼らこそ彼女に会えるかわからないのだから。

仲間に止められたときに彼はなんとなく確信していたのだ。

自分は彼女に会えると。


次のバス停で降りることになる。

そこが終点でもある。

周囲が降りる支度を始める中、彼は窓の外を見た。

しかし、求めている人の姿はなかった。

昨日は少し遅い時間だった。高校であれば、ともすれば遅刻という時間。

大学だったら、まだ余裕のある時間だったが...


乗客の最後としてバスを降り、学部棟に向かう。文学部だ。

今は4年で就職活動を行いながら、ゼミのために通学している感じだ。

だから、毎日通学する必要はない。

彼の通っている学校は、地元だとレベルは高い方で、全国的に見ても低くはない。

就職に当たって、特に有利というわけでもないが、最初からマイナスがつくような学校でもないという事だ。

「よ!久しぶり!!」

ガシッと肩を組まれた。

体重を掛けられて体が傾ぐ。

ちらと視線を向けてさすがに驚いた。

「どうだ、中々新鮮な驚きだっただろう」

肩を組んできた男がいう。

「鶴丸..だな」

「おう。歌仙。今は何て名前だ?」

「野定歌仙」

「わー...」

遠い目をした鶴丸に

「君は?」と問い、「国永鶴丸」と返されて「君も大概だろう」と半眼になって歌仙が返す。

「やー、昨日は驚いたな。一生分驚いた」

「じゃあ、もう二度と驚かなくていいな」

「何だ、そんな退屈な人生は嫌だ」

「転生する時にその性格も矯正されていればよかっただろうに」

歩きながら話をする。

“転生”などと胡散臭い単語を口にする歌仙だが、周囲は全く気にも留めない。

「君は今いくつだい?」

「俺は3年だ。今が一番面白おかしい。歌仙は?」

「僕は4年だよ。先輩だ、敬ってくれて構わない」

歌仙の言葉に鶴丸が笑う。

「以前は全く敬っていなかっただろう。俺の方が随分と先輩だったのに」

そう言われて歌仙は笑った。

「主は、今どこにいるのかな。会いに行くと驚くだろうな」

ワクワクした様子で鶴丸が言う。

「隣にいるよ、たぶん」

「隣?高等部か」

「たぶんね。昨日、通学しているあの子を見たから」

「よし、じゃあ今から行こう」

「授業中だろう。放課後にでも行こうとは思っているけど」

「放課後は帰っているかもしれない。昼休憩だ。よし、昼休憩に行こう。歌仙も行くだろう?」

「僕は行く。君はどちらでもいいよ」

「つれないことを言うな。ついでに、俺を連れて行った方がお得だぞ?」

意味ありげにいう鶴丸に、「そう」と歌仙は適当な相槌を打った。

「携帯番号教えてくれ。連絡する」

「そうだね」

鶴丸に言われて歌仙は自分の携帯を出した。

「じゃあ、また昼にな!」

そう言って鶴丸は駆けて行った。



◆◇



(求、友達の作り方)

彼女は心の中で募集を掛けた。

彼女は元来、愚かでも馬鹿でもない。記憶力は良く、言われたことはきちんと覚えている。

だから、クラスメイトの名前は覚えた。自己紹介のときに話しをしていた趣味や嗜好も。

だが、記憶しているだけで、それ以上何もできない。

何せ、彼女は学校で友達を作った記憶はあるが、おそらくそのスキルはないのだ。

とぼとぼと俯きながら歩いていると「やあ」と声を掛けられて彼女は勢いよく顔を上げた。

「...青江さん?」

少し考え、彼の名を推測する。刀剣だった時は“にっかり青江”という名前だった。

前は“にっかりさん”と呼んでいたが、今はそう呼べない気がした。

「当たり。久しぶりだね。僕の方は、君の名前が全く見当つかないんだけど、教えてくれないかな」

です」

だね。わかった、覚えたよ。クラスは?」

「5組です」

「端っこだね。サボりやすい」

「青江先輩は、何年生ですか?」

「僕が先輩?本当にそう思う?」

愉快そうに彼が問う。

「サボりやすさの評価をされたので」

彼女が言うと彼は「ああ、そうか」と笑った。

「2年だよ。長谷部よりは年下って事になるね」

「...長谷部さん、ご存知なんですか?」

「昨日、君の事を思い出してからわかったんだけどね。生徒会長だから彼の顔はやたらと目にしていたし、簡単に結びついた。結構面影あったしね」

「そうですね」と彼女が同意した。

「そういえば、隣に鶴丸がいるんだ」

「隣、ですか?鶴丸さんも2年生ですか?」

「いいや、大学の方。昼休憩あたりにでも来るんじゃないのかな。心の準備をしておくといいよ。きっと驚かせる気満々でやってくる」

そう指摘されて、はクスリと笑う。

「わかりました。ありがとうございます」

「あと、結構周りにまだいるからね。探したら面白いかもよ」

にっかりはそう言って彼女の頭を撫でて「またね」といなくなった。



昼休憩になり、は教室を慌てて出て行った。

「あ...」

彼女の背を見送った女子生徒から声が漏れた。

「何か用事があったんじゃない?」

その女子生徒に別の女子生徒が声を掛ける。

「うん」

頷いた彼女は少し残念そうだった。


「あるじさまー!」

「わー!今剣さん!!」

昼休憩に中庭に行ってくれないかと声を掛けてきたのは、英語教師の岩融だった。今は岩井融という名になっていた。

英語教師というのにも驚いたが、彼が教師をしているという事に彼女は目を丸くした。

教室に岩融が入ってきた瞬間、彼女は声を上げそうになって慌てたほどだ。

岩融は気づいていたのか、教室に入ってすぐに彼女を見て目を細める。

「英語担当の岩井融だ」と名乗った。

出席を取る中で彼女の名を呼び、彼女は返事をする。

1組の副担当だから学校行事は共にすることになるだろうと言っていた。

チャイムが鳴って初めての授業が終わった。

教科書や参考書をまとめていた岩融と目が合い、彼女は岩融を追って廊下に出た。

「何か?」

が声を掛けると岩融は足を止め、苦笑して「すまんな」と言う。

「昼休憩、もし約束がないなら中庭に行ってくれないか。は弁当か?」

「はい、お弁当です」

「そうか。悪いが、頼めるか?」と言われては頷く。

「中庭に何かあるんですか?」

「主を待っている者がいる」

にっと笑った岩融はそのまま背を向けて歩き出した。

「あるじさま、おひさしぶりです」

「今剣さんと岩融さんはこちらでも仲良しなんですね」

「いわとおしは、ぼくのおじさんということになります」

何と...

彼女が一瞬反応を忘れた。

「おじさん?つまり今剣さんが岩融さんの甥っ子」

「はい」と今剣が頷く。

「あるじさま、なんとおよびすればいいのですか?」

今剣に指摘されて彼女は「そか」と呟く。

「わたしはと言います。今剣さんは?」

「僕は殆ど変りません。今野剣です」

空に指で漢字を書く。“野”が入るだけのようで読みは変わらないようだ。

「そっか、じゃあ、今までどおり呼んでもいいんですね」

「つるぎ、と呼んでください。僕はお姉さんって呼びます。お姉さんは高校生になったばかりと聞きました」

「剣さんは?」

「僕は中学に上がったばかりです。隣ですよ」

中等部の生徒という事らしい。

「近いですね」

「はい。あ、お昼ご飯一緒に食べましょう」

そう言われて彼女は頷き、芝生に移動して座った。









桜風
15.6.21


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