めぐり逢ひて 弐
| 歌仙兼定がこの本丸にやってきて10日が経った。 その間、“刀剣男士”と呼ばれる者は彼だけだった。 つまり、彼女はこの10日の間、鍛刀に成功していということだ。 鍛刀とは、審神者が刀剣男士をこちらに呼び招く儀式のことを言う。 この本丸の鍛冶場には刀を打つ式神がおり、まずそれに刀剣を打たせる。 打ちあがったそれは、刀身の長さなどから短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀に分類されるものになる。たまに薙刀や槍も出来上がる。 ただし、それは無銘無号。つまり、何でもない刀剣だ。 それらを依代にして彼女は刀剣の魂を呼ぶ。 彼女の声に呼応するものがあれば、その刀剣に魂を宿らせて彼女の審神者としての力で今の歌仙のような現身を得ることになる。 呼応するものが無ければその刀はなまくらであり、解いて資源に戻す。 一度依代として差し出した刀剣は、もう儀式には使えない。 歌仙はこの本丸で唯一まともに動けるものとして、彼女のために食事を作り、庭を見苦しくない程度に整えるなど諸々の雑務をこなしていた。 城の中の鍛錬では自分ひとりでもある事から限界を感じており、単騎出陣を行っていた。 たまに負傷して戻って来るが、負傷は手入れ部屋で手入れをする式神により治療が行われる。 彼女を連れて祭壇のある部屋に行き、刀装..装備を作ってはみるが、これが意外と難しい。 「主、出陣してくるからね」 彼女に声を掛ける。 「はい。お気をつけて」 彼女は頷いて見送る。 足の悪い彼女は自分の時代から連れて来た式神に支られえながらいつも見送りに出てくる。 その見送りがあるからと言って何か効果、たとえば機動性が上がるとかそういうのがあればいいのだが、全くない。 寧ろ大人しくしておけばいいのに、という気持ちはある。 その日もいくつかの敵との戦を終え、本丸に戻ってきた歌仙はきょとんとした。 門の前に子供の姿があったのだ。 「あー、もどってきましたー」 そう言って子供が近づいてきた。 「君は...」 その子供から漂う神気のようなものは自分のそれに近い。 「ぼくは今剣。よしつねこうのまもりがたなだったんですよー」 「...という事は、主は鍛刀に成功したという事なのかな?」 驚いた歌仙は呟く。 「だれかによばれてそのこえのほうにきたら、あるじさまがいましたー」 「それで、その主は?」 「ぼくをみてすぐにねてしまったので、おへやにはこんでおきましたよ」 つまり、彼女はまたしても気を失ったのだ。 だが、少しは成長したという事なのかもしれない。 「ねえ、歌仙さん」 「何だい?」 「ぼく、ちからがでないです」 そう言って彼は腹を抑える。 「ああ、腹が空いたんだね。夕餉を作るから手伝ってもらえると助かるのだけれど」 「ぼくたち、おなかがすくんですか?よしつねこうたちみたいですね」 どこか嬉しそうに今剣が言う。 「...そうだね」 そうか、と歌仙は思った。前の主と同じ、という事は考えたことはなかった。 夕飯の支度を整えて、彼女の部屋に向かう。 「主、起きているかい?」 「はい」 部屋の中から声がした。歌仙は断って障子を開ける。 「夕餉を作ったんだけど。食べられそうかい?」 「はい。あ!あの、歌仙さん...!!」 彼女が弾んだ声を出した。何を報告しようとしているのか察した彼は頷き、「鍛刀、成功したみたいだね」と言う。 「そうです。えーと、今剣さん。義経さんの守り刀だった人らしいです」 (人じゃないよ) 心の中でそうツッコミを入れたが「そうらしいね」と歌仙は頷く。 「では、彼と共に、食事を運んでくるね」 そう言って一旦部屋をさがる。 彼女は色々と欠けているところがある。 経験がないので食事の用意ができない。躾けをされる場を奪われたので箸の持ち方、食事の作法など身についていない。 だから、歌仙が指摘をして治させる。 彼女は指摘を受けたら素直に応じる。その素直さは彼女の美点だと歌仙は素直に評価している。 今剣と共に食事を運んだ。 この城で過ごし始めた当初は、彼女の食事の世話をして自分の食事を摂ろうとしたが、彼女に誘われて供に食事を摂ることにした。 その方が、楽だと思ったのだ。 「おはようございます、あるじさまー」 今剣が彼女に声を掛けた。 「おはようございます。ご挨拶が遅れました。審神者です。よろしくお願いします」 彼女は床に両手をついて深く頭を下げた。 「よろしくおねがいします」 今剣もそう応じた。 食事を摂りながら今剣が彼女に問う。 「ぼくはなにをしたらいいんですか?」 「えっと...」 彼女は言い淀み、歌仙を見た。 彼は頷き、「今、この本丸で戦えるのは僕と君だけなんだ」と言う。 「ほかのひとはいないんですか?」 「はい」と彼女は申し訳なさそうに頷く。 「追々増えると思うけど。当分は僕たちだけで敵と戦っていかなくてはならない。詳しいことは後で説明しよう。今は食事中だ」 食事中は会話はしないように歌仙は彼女に躾けている。 「わかりました」と今剣は頷き、食事を続けた。 今剣を呼び招くことができたあの日以降、彼女は毎日1振は鍛刀に成功するようになった。 だが、来るのは短刀のみで、歌仙としては少し戦力的に物足りないと思っていた。 翌日の出陣について考えていると本丸の奥にある彼女の部屋から灯りが漏れている。 日はとっぷり暮れている。 夜更かしかもしれない。体力のない彼女は睡眠が大事だろうに、と彼はため息を吐き、彼女の部屋に向かった。 「主」 障子を隔てて声を掛ける。 「はい?」 彼女の声が聞こえた。 「入ってもいいかい?」 「どうぞ」 素直にどうぞと言われるのも少し複雑だが、まあ、彼女は知らないのだ。 今度それとなく指摘して注意をしておこう、と思いながら彼女の部屋に入る。障子は閉めない。 「こんな夜遅くに何をしているんだい?」 そう言って彼女の手元を見た。かろうじて読める文字だ。 「それは、主の時代の言葉なのかい?」 「字が汚いので読めないだけかもしれません」 彼女が恥ずかしそうにそう言った。 「ああ、すまない。そうか...毎日これを?」 「政府..お上への報告は基本的に毎日行うことになっているんです。でも、わたしの場合気絶したまま気が付いたら次の日になる事が多いので、まとめてという事も少なくないんですけど...」 肩を落として彼女が言う。 「ふむ」と歌仙は顎に手を当て、「それを見せてもらってもいいかな?」と彼女が書いている物を指差した。 「はい」 手に取って彼は少し考える。 本丸に在る仲間は増えた。単騎出陣が少なくなったため、少しは余裕が出てきたし、食事の支度も手伝ってくれる者が増えて楽になった。 そして、今後彼女が文を出すことが増えた場合これは何というか...何とかしておきたい。 「主、明日から僕が手習いを教えてあげよう」 歌仙が言う。 「手習いって何ですか?」 彼女が問う。 「これだよ」 そう言って彼女の書いた文字を指差した。悪筆というよりも、基礎が身についていない。だから、基礎を教えようと思う。 「いいんですか?」 「うん、主が頑張っているから少し余裕が出てきたしね」 歌仙の言葉に彼女は顔を綻ばせる。 「お願いします」 「うん。では、今晩はおやすみ」 そう促されて彼女は頷く。 「こんのすけさん」とこんのすけを呼ぶと突然その生き物は現れた。 一瞬面食らった歌仙だが、彼女が書いた文を渡す。 「では、報告書をお届けしてまいります」 「よろしくお願いします」 「では、主。寝所に行きなさい。灯りは僕が落としておくから」 そう言われて彼女は頷き、傍に控えていた式神に声を掛けて支えてもらいながら立ち上がる。 「歌仙さん、おやすみなさい」 彼女の言葉に彼は頷き、「おやすみ」と返した。 彼女が寝所に入ったのを確認して歌仙は火を落とし、部屋を出て障子を閉める。 「明日の出陣は...」 先ほどの思考の続きを始めた。 彼女に手習いを教えてる約束をしたので、あまり時間のかかる出陣は避けたいところだ。 |
桜風
15.6.10
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