めぐり逢ひて 参





○月×日 さにわになって、おしろにいった。かせんかねさださんとあった。こんのすけさんっていうきつねさんもいた。

○月▽日 たんとうにしっぱいした。きぜつして、かせんさんにへやにはこんでもらったらしい。はんせい。

○月□日 かせんさんが、きんいろのたまをつくれた。すごい。



○月○日 今日からかせんさんに字をならうことになった。





「大将、少し休憩をしてはどうだ」

突然声を掛けられて彼女はビクリと肩を震わせた。

「ああ、悪い」

自分たちは大抵気配を察することができるので、声を掛けてもあまり驚かないが、彼女はそういうのが苦手らしい。

言われていたことを思いだして薬研は軽く謝罪した。

「いいえ」と彼女は首を横に振った。

休憩をしないという意味なのか、それとも、と思っていると彼女は筆をおいた。

休憩は取るらしい。

薬研の持ってきた茶を受け取る。

「調子はどうだ」

そう言いながら彼女の文机を見た。

先日から歌仙の指導の下、彼女は文字の練習を始めた。

今は彼の手本を元にいろは歌の練習をしている。

毎日、自分がうまく書けたという1枚を彼に提出する。

その添削を受けてまた翌日練習をする。

紙というものは本来高価なものだが、彼女の時代ではさほど値の張るものではなく、こんのすけを通じて政府に要請したら届けられた。

墨は、歌仙の拘りで毎回磨っている。墨汁というものがあると聞いて歌仙に言ったが「雅じゃない」と却下された。

墨を磨るところから文字は作られているという。

「上達したもんじゃないか」

彼女が歌仙に文字を習い始めた当初の文字を薬研は知っているので、彼女の上達に眉を上げる。

歌仙が上機嫌で言っていた言葉を思い出す。

「主は、素直だからね。物覚えがいいし、上達も早い」

要は、何もなかっただけなのだ。

乾ききった手ぬぐいを水に浸けたらあっという間に水が滲みていくのと同じ状態ということという意味だろう。

「本当ですか?あのね、この“ゑ”とか、上手に書けたと思ってるんです」

そう言って彼女は自分の周りにおいている没にするかどうか悩んでいる物を拾って薬研に見せた。

「おお、味があるな」

受け取って薬研が言う。

「でも、全体で言ったら、それは提出できる物じゃないんです」

「提出しなくても見てもらったらいいだろう」

そう言いながら薬研は紙を返す。

因みに、没になったものは後で庭で焼く。これでゴミの始末は完璧だ。

「...大将は、火事に遭ったんだよな」

「そうですね。あまり覚えていないんですけど」

「覚えていないのか?」

彼女の返事に薬研は驚いたように声を漏らす。

「はい。何か、熱かったとか赤かったとかそういうのは何となく覚えているんですけど。火事の後に色々あったし...」

「そうか。大将はここに来るまではどんなところで生活していたんだ?」

話題を変えたつもりだったが、彼女の話を聞いてその選択が間違っていたと薬研はすぐに後悔した。

「大変だったな」

そう言って彼女の頭を撫でる。

彼女はきょとんと彼を見た。



気が付けば本丸も賑やかになった。

ここ最近は、1日2振の刀剣を迎えることもたまにある。

脇差、打刀と来ている。

そろそろ太刀にも来てもらいたい。

しかし、そうなると彼女はまた倒れるかもしれない。

歌仙はそこを心配していた。

彼女の審神者としての力は決して強くはない。

だが、鍛刀や刀装づくりの補助をしている中で少しずつ力は強くなっている。

鍛刀においては、彼女の疲労度は呼び招く刀剣の種類で変わってくることが分かった。

つまり、刀身の大きな者になればなるほど彼女の疲労は大きくなる。

最初の歌仙は、すでに魂が宿っており、彼女が触れるだけで良かったので負担はそこまで大きくなかったはずだ。

それでも彼女は気絶した。あの時は、緊張という要素もあっただろうが、最近の傾向を見ると刀身と疲労度の関係は間違っていないだろう。

「兼さん」

歌仙は隣で呟く脇差をちらと見た。

堀川国広。

彼は新撰組副長土方歳三の刀だったという。そして、同じく土方の刀だった和泉守兼定との再会を熱望している。

先日は山姥切国広を呼び招くことができたが、彼が姿を現した途端彼女は倒れたらしい。

それを見た山姥切は「写しの俺は、見たくないという事か」と酷く落ち込んでいたので、これまで呼び招かれて目の前で彼女が倒れたことがある経験者が何とか説得して歓迎はされていることについて納得してもらえた。


「今日は、太刀を...!」

朝食を摂り終わった彼女が力強く呟いた。

「ん?」

歌仙が問い返す。彼女は刀装の補助をしてから鍛刀に入る。

鍛刀後に刀装づくりという流れだと、彼女が気絶した際に刀装づくりができなくなるからだ。

「主、君を抱えて歩いてはいけないかい」

彼女に並んで歩きながら歌仙が言う。

「そんな!」と彼女は遠慮する。

「あ、でも。歌仙さんのお時間を取っているという...申し訳ないです」

「...いや、まあ。良いんだけどね」

脚の悪い彼女は何かに縋りながら歩く。障子の格子にそっと触れながら歩いているのを見ると手を貸したくなるが、彼女はそれを断るのだ。

自分にしてみたら、こんな小さな女の子を抱えて歩くくらい大して負担にはならないのだが、彼女はそれを申し訳なく思うらしい。

主なのだからもう少し偉そうにしても、と思うが彼女の性分ではないのだろう。

彼女は元来素直な性格のようでこちらの言葉に必ず耳を傾ける。

だが、唯一頑として譲らないことがある。

彼女は、自分は役に立たないどうしようもない存在だと思い込み、それを否定する言葉を受け付けない。

「皆さん優しいから」と言ってその言葉を真実と受け取ってくれないのだ。

寂しく思い、同時に腹立たしさもある。

自分を育てた親戚などと言っているが、育てていたのではない。殺さなかっただけだ。

そんな輩に彼女は恩義を感じている。

(ああ、斬ってしまいたいね)

そうすれば彼女を縛っている物はきっとなくなるだろう。


祭壇のある部屋で刀装を作る。

彼女の力を借りて刀剣が装備できる武具を顕現させる。

「歌仙さん、最近金色が多いですね」

「そうだね。きっと主の力が強くなっているからだね」

歌仙がそう返すと「歌仙さんが凄いんですよ」と彼女は笑う。

刀装づくりを終えて彼女と鍛冶場に行く。

「あとで迎えを寄越すからね」

そう言って歌仙はその場を離れた。彼はこれから出陣だ。

彼女は刀剣を介して神の末席に名を連ねる付喪神に呼びかけるのだ。

似たような神気があると混乱するようで、誰かが近くに控えていると必ず失敗していた。

控えていなくても失敗することはあるが、成功する時もある。

だから鍛刀の時には彼女をひとりにする。


今日打ちあがった刀は刀身が打刀よりも長い。つまり、太刀か大太刀だ。

「兼さん」

堀川に言われている。兼さんと共に戦いたいらしい。

だから、兼さんという単語を一度呟き、彼女は刀を前にして瞑目する。

心の中で呼びかける。

何かがやってくる気配があり、目を明けると目の前の刀剣が輝いた。

呼び招くことに成功したという証だ。

こくりと唾を飲み、見守ると隻眼の男が姿を現した。

「僕は燭台切光忠..あれ?」

ばさりと目の前で人が倒れた。

彼はどうしたらいいのだろうかと逡巡した。

人の体を得ることができたのはいい。だが、人間の体など動かしたことがない。

歩き、彼女に近づいた。

「君が、主かい?」

声を掛けるがうんともすんとも言わない。

寝てしまったのだろうか...

「主さん」

鍛冶場の外から声が掛けられた。

「気絶してしまったみたいなのだけれど、どうしたらいいのかな」

声を掛けてきた者に燭台切は声を掛けてみた。

「入りますよ」と言って入ってきた人物は燭台切を見て目を丸くした。

「あなたは、太刀?」

「僕は燭台切光忠。太刀だよ。君は...」

「堀川国広です。脇差。主さん、やっぱり太刀はちょっと辛かったのかな」

そう言いながら堀川は彼女を抱え上げた。

「ついてきてください。今いるみんなに紹介しておきたいですし」

「ああ、うん。その子、大丈夫?」

燭台切は先を歩く堀川に素直について歩く。

「あるじさまー。あ!たんとうせいこうしたんですねー」

子供が駆けてきた。堀川に抱かれている彼女を見て彼は事態を察したらしい。

「うん、疲れてしまったようだから部屋にお連れしてるところだよ。悪いけど、この人を案内してくれないかな」

そう言って堀川は自分の後ろをついてきている燭台切を振りかえった。

彼はぺこりと軽く頭を下げる。

「わかりましたー。では、ついてきてくださいね」

そう言って歩き始めた子供の後ろをついて歩く。

「あの子はいつもなの?」

「あるじさまは、すこしたいりょくがないひとなのでちからをたくさんつかったときにはすぐにおやすみになるんです」

(あれは休むというよりも気絶なんじゃ...)

目の前の子供の話に耳を傾けながら燭台切は思った。

数ある呼びかけの中で自分が選んだ声の主は、どうも弱い人間だったらしい。

声を掛けてきている者すべてが人間だったとしても、彼女は“弱い”に分類されるのだろうと思うと、少し複雑な気分になった。
「君は、短刀かい?」

「そうです。よしつねこうのまもりがたなだったんですよー」

随分と古い刀だ。

少年は振り返る。

「おにいさんは?」

「僕は燭台切光忠。太刀だよ。名前も聞いていいかな」

「今剣です」


暫く歩くと道場が見えてきた。

「みなさーん。さっききたひとです。たちのひとです」

「ああ、やっとこの本丸にも太刀が」

そう言いながら近づいてくる者がいた。

彼は“にっかり青江”と名乗る。

「僕が最初なのかい?」

「そうだね。打刀で気絶しなくなったし、そろそろ太刀をという話が出ていたのだけれど。鍛冶師の式神が刀を打てなかったら呼ぼうにも呼べないからね。それ待ちだったんだ」

望まれていたようだ。

「この城にいるのはここにいる全員かい?」

燭台切が問うとにっかりは首を横に振る。

「第一部隊は出陣している。彼女の近侍はその第一部隊の隊長だ。第二部隊は遠征に出ている」

「そう」と燭台切は頷いた。

取り敢えず、後程彼女に挨拶をして近侍に状況を聴こうと今後の方針を決めた。









桜風
15.6.14


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