めぐり逢ひて 肆





ふと目を覚ますと真っ暗だった。

体を起こす。

着ている服は寝間着でない。ということは、気を失ってそのまま寝所に運ばれてしまったらしい。

「え、と確か...」

倒れる寸前に見た人は、「燭台切光忠」と名乗った。

堀川熱望の兼さんではなかったことが申し訳ないが、太刀を呼ぶことができた。

彼女は四つん這いで移動する。

行燈に灯りをつけて葛籠に入れている書籍を取り出した。歴史書だ。

自分の居た時代から送ってもらったものだ。

あまりに難しいと読むのに時間がかかる。そのため、図鑑のようなものと学校の教科書を送ってもらっている。

刀剣については図鑑で由来を確認し、持ち主については教科書で補完する。

相手がどんな人なのか知らなければ付き合いが難しいかもしれないと思ったのだ。

現に、歌仙の元主の話を聞いても彼女は知らなかったので彼は少しがっかりしたような表情を見せた。

彼の元主は有名な武将だったらしいが、彼女は無知だったので傷つけたかもしれない。

知らなければ知ればいいと思い、新しい刀剣が来ると彼女は歴史を紐解く。

歴史上有名な武将が元主であったなら色々と知ることができるが、さほどでもない場合は、もっと詳しい資料を送ってもらっている。

政府の役人にはそこまでする必要はないと言われた。

彼女が審神者である以上、彼らは彼女に危害を加えないのだから、と。

でも彼女はそれはおかしいと思った。

彼らが自分を主として敬してくれるなら、せめて彼らの事を理解しておきたいと思っているのだ。

あの暗い部屋の中に居続けていたら、こんな考えは浮かばなかっただろう。

ひたすら与えられるものを待ち、何も望まず朽ちていくだけだったに違いない。

自分にはそれだけの価値しかないのだから。こんなに価値のない人間を敬してくれる彼らに自分も敬意を返さなくてはならない。


「主?」

ふいに廊下から声を掛けられて彼女は慌てる。

「は、はい!ごめんなさい」

「ああ、いや。起きているならいいんだ。火を消し忘れているのだったら、消そうと思ったんだよ」

その声は歌仙のものではなく、聞き慣れない声だ。

でも、聞いたことがある。

「燭台切光忠さん?」

彼女が問う。

「そうだよ。明日改めて挨拶をさせてくれるかい?」

「あ、いえ。今」

(え、今?)

燭台切は困惑したが、ペタペタと音がして障子が開く。

四つん這いの女の子がいた。昼間に見た、自分を呼び招いた彼女だ。

自分の主が這い蹲っている姿というのは、何というか気持ちのいいものではない。

そんな感想を持っていた燭台切に向かい合うように彼女は正座をした。

「この城の審神者です。今後ともよろしくお願いいたします」

両手をついて頭を下げる。

「燭台切光忠だよ。どうやら、この城初の太刀らしいね。よろしく」

「昼間は、ご挨拶もちゃんと出来ずに失礼しました」

「ううん、大丈夫だよ。歌仙君にこの城の事とか教えてもらえたし。そういえば、主はずっと寝ていたから食事を摂っていないけど、大丈夫かい?」

そう指摘されて彼女は頷く。

ここ最近規則正しい生活をしているから少しだけ空腹感はあるが、昔に比べれば問題ない。

「大丈夫です」

彼女は頷く。

「そう。じゃあ、今日はもう寝たらどうかな。急ぎなら僕も手伝えることなら手伝うけど」

「いいえ、そうですね。寝坊したら皆さんをお待たせすることになりますね」

彼女は頷き、そしてまた両手をついた。

「あの、主...」

言いにくそうに燭台切が声を掛ける。

「はい」

「四つん這いで移動するのは..あまり...」

「あ、ごめんなさい」

彼女はしょんぼりとした。

歌仙から、彼女の脚は不自由だと聞いている。だから、移動するならその姿勢が楽なのだろうということは察することができる。

それでも、やはり気持ちのいいものではない。

「僕が抱きかかえて寝所まで連れて行くというのはどうだろう」

「いいえ」と彼女が拒絶した。

この夜中に障子を開けた彼女がそう言った常識があるとは思っていなかったので、燭台切は反省する。

「燭台切さんの御手を煩わせるわけにはいきません」

反省を撤回した。

彼女は立ち上がり、壁伝いに寝所に向かって行くが途中で足を止めた。

「どうかしたのかい?」

「灯りを消すの忘れてました」

「僕が消しておくから、早くおやすみ」

そう言われて彼女は頷き、「おやすみなさい」と挨拶をした。


翌朝、彼女は身支度を整えて広間に向かう。

ここ最近彼女は式神を顕現させる機会を制限している。こんのすけが言うには、式神を顕現させている間は術者、つまり彼女に式神を付けた者が力を使い続けているという事になるらしい。

こんなに離れたところで迷惑をかけているというのだ。

それは良くないと思った彼女は着替える時と風呂の時だけ式神を呼ぶことにした。

普段は彼女の着ている着物の袷の中に仕舞っている。

廊下をゆっくり歩いていると五虎退がやってきた。

「主様、僕の肩に掴まってください」

おずおずと言われた。

「でも、ご迷惑では...」

「迷惑じゃないです。僕、主様と一緒に歩けてうれしいです」

「...嫌だったらいってくださいね」

彼女はそう言ってそっと五虎退の肩に手を置いた。

「主様、今朝は燭台切さんのご飯なんですよ」

隣を歩く五虎退が言う。

「燭台切さん?」

「昨日いらっしゃった...」

彼女が燭台切の事がわからないのかと思って五虎退が説明してくれる。

「お料理もできる方なんですか?」

「そうみたいです。僕、さっきまで手伝っていました」

「皆さん凄いですね」

彼女は素直に感心した。

「あ、主様も凄いです」

「わたしは凄くないですよ。置いていただけているだけで十分です」

「ち、違います。このお城は主様のものです」

「この城はお上の方から準備されたものです。わたしの力は何一つ必要ではありませんでした。そして、今もこの城を守ってくださっているのは皆さんです」

五虎退は何かを言い募ろうとした。だが、的確な言葉が見つからず、俯く。

「五虎退さん?」

彼女は不思議そうに、心配そうに彼の顔を覗きこむ。

きゅっと引き結んだ口元はどこか悔しそうに見えた。

「あの、わたしのせいで何か嫌な思いをさせてしまって...」

彼女が謝罪をしようとしたが彼は首を横に振り、その言葉を拒絶した。

彼女は言葉を飲む。

「ああ、五虎退ありがとう。主、おいで」

広間から出てきた歌仙が五虎退を労い、彼女を支える。

五虎退は俯いたまま広間に入って行った。

「主?」

心配そうに五虎退に視線を向けている彼女に声を掛けると彼女は俯く。

何かを察した歌仙は彼女の頭を二度三度撫で、そして広間に誘導した。



「主、どうしたんだい?」

食事が終わり、片づけをしている燭台切の後ろで彼女はその姿を眺めていた。

「燭台切さんは、強いですか?」

「ん?突然だね」

どう答えようかと考える。昨日言葉を交わした様子と歌仙に聞いた話では力を計るようなことを聞いているのではなさそうだ。

では、彼女は何が知りたいのだろう。

「太刀って、大きな刀だって聞いています。見た時、大きいなってわたしも思いました」

「そうだね。打刀よりは刀身が長いね」

片づけの手を止めて彼は彼女の側に行った。

「あ、お片付けの邪魔でしたか」

彼女が慌てる。

「いいや。少し疲れたから休もうと思ってね。話し相手がいる事だし」

燭台切の言葉に彼女はほっと息を吐く。

「それで、主。僕の何を聞きたいんだい?」

「あ。今日の朝ご飯美味しかったです」

「本当かい?歌仙君と僕の過ごしていた場所は随分と離れているから味付けに違いがあるんじゃないかと思ったんだけど」

「確かに、少し違いました。でも、美味しかったです」

そう言って彼女は微笑む。

「燭台切さんは、戦っても強くて、ご飯も作れて、たぶん、刀装も作れるんだと思います」

「うん、多分できるんだろうね。君の力を借りなくてはいけないらしいけど。
...何かあったのかい?」

燭台切は根気強く彼女の言葉を待った。

彼女は今朝の五虎退との会話を話す。

「たぶん、わたしが五虎退さんを傷つけることを言ったんだと思います」

「そうだね。ちょっと、うん。そうだね」

ズバッと言っていいのか少し悩み、言葉を濁した。

「昨日ね、歌仙君から聞いたんだけど。君は自分ができない子だと思い込んでいる節があると。
僕をここに招けたよね。他の刀剣も君の声に呼応してここに来ている。それは、君でなくてはできないことじゃないのかな」

「わたしができるなら、誰でも出来ます」

彼女はそう言い切った。

燭台切は眉を顰める。彼女の言葉は頑なだ。

「ねえ、主。主が此処に来る前。審神者となる前はどんな生活をしていたんだい?誰と、どこで。話せないことならいいけど」

燭台切の言葉に彼女は頷き、自分の昔の話をする。

昔と言ってもつい数か月前までの生活だ。

話をしていて、彼女はどんどん声が小さくなる。

「燭台切の旦那!」と鋭い声で薬研呼ばれた。

「え?」

振りかえると、彼はきつい表情を浮かべている。

「薬研君?」

「大将、大丈夫か?」

「は、はい...」

息が上がっている。何がどうなっているのかわからない。

「ああ、主。ここにいたのかい。探したよ」

丁度歌仙がやってきた。刀装づくりのために彼女を探していたらしい。

「あ、はい。すみません」

「いいよ。さあ、力を貸してくれるかい?」

そう言いながら彼女の手を引く。彼女の様子が少し違うという事には気づいていたが、指摘するとまた無理をするだろうと思って何も言わずに連れ出す。早くここを離れたほうがいいと思ったし、彼女もそれを望んでいるのか、いつも断るのに歌仙の手を取って歩く。

歌仙がちらと薬研に視線を向けると彼は頷く。


彼女の姿が見えなくなってから薬研が盛大なため息を吐いた。

「薬研君、主はどうして...」

「旦那が惜しげもなく発していた殺気に当てられたんだよ。俺っちも殺気を感じたからここに足を運んだんだ」

「僕が、殺気?」

燭台切はきょとんとした。

「気をつけてくれよ。大将は飽くまで人間だ。しかも、戦ったこともない、ただのおなごだ」

「僕、そんなに?」

「ああ。何の話をしてたんだ」

薬研はドカッとそこに腰を下ろした。

燭台切は話してもいいのか悩んだが、先ほど彼女から聞いた彼女の過去の話をする。

「ああ...それな」

薬研も知っているらしく苦い表情を浮かべた。

「まあ、腹立たしく思う気持ちはわかる。けど、大将にそれを当てちゃいけない。大将は被害者だ」

「...そう、だね」

「当分、大将から避けられるかもしれないが落ち込むなよ。一応、執成しておくけどな」

苦笑して薬研が言う。

(ああ、そうか。僕は彼女にとって怖い刀になってしまったのか...)

不本意なことになってしまい燭台切はくしゃっと前髪を掴んで俯く。

「おいおい、せっかくの前髪が乱れてるぜ」

からかうように薬研が言う。

「放っておいてくれ」

覇気のない声で燭台切は言葉を返した。









桜風
15.6.17


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