めぐり逢ひて 伍





「主、それは何だい」

「きゃあ」

彼女の部屋に行くと何か紙に書かれた表を見ていた。

気になって声を掛けると悲鳴を上げられてしまい、歌仙は慌てる。

「ごめん、驚かせてしまったね」

「い、いえ。わたしも..変な声が出ました」

彼女はそう言って居住まいを正す。

「それで。それは何だい」

話を戻した歌仙に彼女は苦笑する。

「審神者ってのはいろんなところにいるんです。色んな時代のいろんな地域に。そこの情報はお上がいったん集めて審神者に配布します。
これは、その情報のひとつです」

彼女の言葉に歌仙は首を傾げる。

「各地の審神者の下に現れている刀剣の皆さんの一覧表です」

「へー...ここも結構大所帯になったけど、まだ来そうなのかい?」

先日彼女は薙刀を呼び招くことができた。しかも、その後気を失うことはなかった。

ただ、力が入らず、その顕現したばかりの薙刀が抱えて本丸に戻ってくれたという失態はあった。

しかし、皆は彼女をほめそやした。

何せ、彼らの話だと大太刀や薙刀、槍を顕現させたら3日くらい寝込むのではないかという評価だったのだ。

岩融という薙刀は今剣と旧知の中だった。岩融は弁慶の薙刀だった。

つまり、義経と弁慶が共に過ごしていたその時に今剣と岩融も共に過ごしていたことになる。

この城にいる者たちはそういった因縁のある者もある。


「そういえば、主。寝ずの番の話なんだけど」

「お断りしたはずですよ」

歌仙は燭台切がこの城に来たころから彼女に打診していることがあった。

寝ずの番だ。

所帯が大きくなったから警戒の目や耳が増えた。

だから、安全性が上がったということになろうが、逆に考えれば敵にとって潰しておきたい陣営かもしれない。

これまでは歯牙にもかけられなかった。だがこれ以上大きくなられるのは困るのではないか。

「皆さんは、昼間に出陣されています。夜はしっかり寝ないと。皆さんの体は人間のものとほとんど変わらないのでしょう?お腹がすくし、睡眠をとらないと体調を崩す。疲れだって覚えるって」

彼女の指摘に歌仙は不承不承に頷いた。事実だ。

「疲れた体で戦場に出たら危ないんじゃないですか?」

「それは、そうだけど...」

「だから、皆さんこそしっかり休んでください」

「でもね、主」

歌仙が言い募ろうとしたが、「歌仙」と別の声に遮られてしまった。

舌打ちしそうになるのを我慢して振りかえるとへし切長谷部がいた。

先日この城にやってきた。

彼は主命を甚く重んじる。臣下として当然かもしれないが、彼は諫言もせず唯主命に唯々諾々と従う印象がある。

「何だい?」

「燭台切が呼んでいる」

「...わかった。ここを頼むよ」

「承知した」

頷いた長谷部は部屋の隅に侍り、歌仙は部屋を出て行った。


「あれ?そういえば、今日は出陣されていないですね」

今更ながらに彼女は呟く。

「はい。ここ最近、敵の動きが奇妙なので皆で話をするようです」

「...へし切さんは良いんですか?」

彼女が問うと長谷部は少し困ったように笑った。

「長谷部、とお呼びください」

「あ、ごめんなさい。それで、行かなくてもいいんですか?」

「ええ。主をお守りする方が重要ですから」

しれっという。

困ったな、と彼女はそっとため息を吐いた。


(この方は...)

長谷部は先日この城に呼び招かれた日に歌仙から聞いた話を思い出した。

同日、この城にやってきた加州清光も共に彼の話を聞いた。

歌仙が口にしたのは彼女の過去だ。

皆が気になって聞くのがわかっているので彼の口から説明をするようにした。

以前、本人の口からきいて惜しげもなく殺気を浴びせた者がある。彼女はその殺気に当てられて憔悴していた。

だから、もう先手を打ってしまえと決めたらしい。

彼女の過去を勝手に口にするのは憚れるらしいが、結局彼女がひどい目に遭うかどうかの話になって来るので彼女を守るために繋がる。

「君たちは、主に主の過去を聞いてみたいと思うかい?」

そう歌仙に問われたときには「こいつ何言ってんだ?」と素直に思った。

何を、偉そうに。主の近侍ではあるが、自分が即ち主に最も信頼を置かれているという自慢でもしようというのかと思った。

だが、彼が口にした過去を耳にし、それを彼が口にした理由を聞いて納得した。

「そいつらは、どうやったら斬れる。連れてくることはできないのか」

長谷部が言うと歌仙は肩を竦めて

「できるものなら、僕がとっくにやってるよ」

というのだ。彼の冷え冷えとした視線と自分の視線がかち合い、長谷部はすっと冷静になった。

確かにそうかもしれないと思い、長谷部はそれ以上言及しなかった。

隣に座っている加州は特に何の感情も見せなかった。忠誠心が低いのかもしれないと長谷部は思った。

歌仙の話を聞いてより一層主を大切に守ろうと思った。

初めて彼女を見た時に、長谷部は胸の内が震えた。

長い前髪で碌に顔が見えないのに、彼女がほほ笑んだのがわかった。

「よくおいでくださいました」と言われて息が詰まった。


「長谷部さん?」

「はい、何でしょう」

主の前でうっかり回想してしまった。何という失態だろう。

「いえ。この部屋に居ても退屈でしょうから、どうぞ下がっていただいても大丈夫ですよ」

彼女が言う。

これは遠まわしに下がれと命じられているのだろうと察した長谷部は「では、なにかありましたらお呼びください」と言って部屋の外に出た。

そして、そこで待機をする。

彼女の声が届くように。

(そういえば、歌仙が寝ずの番がどうのと言っていたな...)

この城に来た時から主の警護が薄いと感じていた。

だから、それには賛成なのだが、彼女が是としないらしい。

他の誰を犠牲にしても彼女は生き延びなくてはならないのに。それが、主というものだというのに。

主と言えば、彼女はやはり少し変わっているかもしれないと長谷部は思いを巡らせる。

彼女は皆と食事を摂りたがる。

最初は歌仙が世話が大変だろうからという気遣いだったらしいが、いつの間にか広間で食事を摂るというのがこの城の掟となっている。

よって、一人が良いと言っている大倶利伽羅も食事のときは皆と揃って広間で食事をするのだ。

彼女が口にする理由は「みんなで食べた方が美味しい」らしい。

比較したことはないが、彼女が言うのだからそうなのだろう。

彼女の過去が関係しているかもしれない。

(お寂しい思いはさせない)

などと決心をしている長谷部はぐっと拳を握った。





はっと目を覚まして枕元に置いている本体を引っ掴んでにっかりは走った。

“本体”とは、彼らをここに呼び招くために使用した刀剣の事であり、これの魂を宿して顕現する。ゆえに、それは彼ら自身となる。

人間の姿を取っているが、彼らは自身を振るって敵と戦うのだ。

「敵襲!」という声を背に聞きながらにっかりが向かった先は、この本丸の奥。主の部屋だ。

「主!」

部屋が荒れている。

寝所の几帳が倒れており、奥に敵の姿がある。

にっかりはその敵を背後から切り捨て、そして覗き込む。

彼女は無事だった。

だが、その様子ににっかりは奥歯を噛む。

「何で、君は...!」

怒気を孕んだ声で彼女に向かって言葉を発する。

彼女は自分の口を両手で塞ぎ、目を一杯に見開いて固まっている。

寝所が乱れているので、少しは逃げ惑ったのだろう。

だったら、その時に「助けて」と声を上げてくれればいい。

誰もがその声に反応して飛び起き、彼女を守るためにここに駆けつけただろう。

「主、怪我はないね」

怒鳴りつけたいのを我慢し、一旦深呼吸をして彼女に向かって優しく声を掛けた。

膝をつき、顔を覗きこむ。

口を塞ぐための手は恐怖で固まっている。

手をどけてやると彼女は「ひっ」と短く悲鳴を上げた。

ふっと影が落ちる。

咄嗟に彼女を庇って左腕を斬りつけられた。

刀を振ろうとしたが、その敵はドサッと倒れる。

「大丈夫かい、主」

月光を背負って言うのは歌仙だ。

彼はちらとにっかりに視線を向ける。

「明日出陣だったね。早く手入れを済ませておくといい」

「言われなくとも」

そう言ってにっかりが立ち上がり、手入れ部屋に向かった。

「主、怪我はないね。部屋が乱れたから、今晩は別の部屋を用意しよう。少し待っててくれるかな。この城に侵入した敵は今ので最後だから、安心して。一応見廻っているからね」

歌仙の言葉に彼女は頷く。

「歌仙君、少しいいかい」

やってきた燭台切に声を掛けられて彼は振り返って頷く。

「いい子にしてるんだよ」

頭を優しくなでて歌仙は立ち上がり、燭台切と共に部屋を後にした。









桜風
15.6.24


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