めぐり逢ひて 陸





しばらく呆然としていた彼女はふと思い出す。

「謝らないと...」

壁に手をついて何とか立ち上がり、何かに縋りながら彼女は手入れ部屋に向かった。

手入れ部屋は庭の隅にある小屋を指す。


「にっかりさん」

声を掛けてみる。

「入れるよ」

そう返されて彼女はそっと引き戸を開けた。

中では小さな式神が忙しなくにっかりを手入れしている。

鍛刀の式神のようなそれは彼女の存在にお構いなしだった。

実際、その仕事は傷ついた刀剣の修復だ。その主が来ようと来るまいと関係ない。

「ちょっとうろちょろしているのが目障りかもしれないけど」

話をするには、落ち着かないかもしれないが、必要なことなので彼女は首を横に振る。

「にっかりさん、今回の事は「君は」と彼女の言葉を遮るようににっかりが言葉を発した。

「君は。僕の予想だけどね、君は、僕に謝罪をしに来たんじゃないのかな」

「そのとおりです」

彼女は頷き、俯く。

意を決したように顔を上げてにっかりを見ると、彼は怒っていた。静かに。

「ねえ、主。いい加減僕を侮辱するのはやめてくれないかな」

「ぶじょく」

思いもよらない単語に彼女は言葉を失う。

「僕は君の臣下だ。だから、主を守るために駆けつけた。今回、偶々僕が早かった。他の者が先についていたかもしれない。でも、僕がいちばんだった。僕は、君を守れた。これはね、主。僕にとっての誇りだ。矜持なんだよ。
褒められこそすれ、謝罪をされる謂れはない」

にっかりが言い切った。射抜くようなその視線から逃れられない。

「ねえ主。この際だから、少しきついことを言わせてもらってもいいかな。言わせてもらうね」

彼はそう言い置いて言葉を続ける。

「主は、どうも自分を過小評価しすぎなんだよ。いいかい、君は僕たちにとって大切な敬愛すべき唯一の人間なんだよ。
君は忘れているかもしれないけど、僕たちは付喪神と言って、一応神様の仲間なんだ。
神様が人間を敬愛するなんてことはまずない。愛することはあるかもしれないけど、敬うことはないんだ。
では、なぜ僕が君を敬愛しているのか。
それは、僕たちをここに呼び招き、人の形を与えた者だからなんだよ。
僕たちは、その声に応えるときに君を主と決めてこちらに降りてきているんだ。
ねえ、主。君が謝ると僕は君を守れなくなる。僕の誇りを奪おうとしているんだ」

彼女は慌てて首を横に振る。そんなつもりはない。

「うん、君が優しい子だという事は僕も知っている。難しい境遇でここまで来たことも聞いている。
だけどね、だからと言って君のその我儘は容認できない。君は、僕たちを呼んだ時から、僕たちの望みを叶える義務がある」

「...望みって何ですか?」

「君の力になる事だよ。君を助ける事、守る事だよ。僕たちは君にそれだけの価値があると思っている。だから、声に応じたんだ。神様がね。過小評価は構わない。でも、僕たちの君に対する評価を否定するのはやめてくれないか。まあ、自己評価も適正に直してくれると尚良いんだけど」

ぽたりと彼女の瞳から涙がこぼれた。

「ごめんなさい」

「それは要らない言葉だよ」

にっかりが優しく諭す。

彼女は考えて、浮かぶ言葉がこれ以外なかった。

「ありがとう、ございます」

「うん」

「いつも、守ってくれてありがとうございます」

「これからも守るよ」

にっかりの言葉に彼女が頷く。


「主、こちらにおいでですか」

そう言って手入れ部屋の引き戸が開いた。

長谷部は部屋の中にいる彼女の表情を見てスッと手にある刀を抜いた。

「にっかり青江、今すぐ楽にしてやる」

静かに刀を向けた長谷部に彼女は目を丸くしてにっかりを庇うように覆いかぶさる。

「駄目です!」

「ああ、女人というのは、何でこんなに柔らかいのだろうね。でも、主。もう少し肉を付けたほうがいいよ」

「貴様、辞世の句を読む時間くらいはくれてやろうと思ったが、今すぐ叩き斬ってやる」

「だから、ダメです!」

彼女が強く言う。

長谷部が刀を鞘に収めたのを確認して、彼女は体を起こした。

「にっかりさん、わたし知ってますよ。それ、セクハラっていうんです。わたしの時代だと周囲から糾弾されるほどのものです」

「おや、そうなのかい?取り敢えず今は君の時代に居なくてよかったよ」

反省の色が全く見られない一言だ。

彼女は半眼になって彼を見た後、振り返る。

「へし切さん、何かご用だったのですか?」

「はい、主。夜中に申し訳ありませんが、広間にお越しいただけますか。少し、皆から話があります。それと、どうか長谷部とお呼びください」

「わかりました。にっかりさん、ゆっくり養生してください」

「うん、また明朝ね」

「長谷部さん、手を貸してください」

彼は目を丸くした。いつも自分で何とかしようとする彼女が手を貸してくれというのだ。

「喜んで」と差し出された長谷部の手を取って彼女は立ち上がる。


引き戸が閉まり、部屋に独りになったにっかりは呟く。

「ああ、あれはあれで面白くないんだね」

人の体を得て同じく得たのは感情だ。毎日が新発見で楽しい。



広間に着くと皆がずらっと並んでいる。

「...何かありましたか?」

不安げに彼女が歌仙に問う。

長谷部の手を借りて腰を下ろした。彼女が誰かの手を借りるというのが非常に珍しいので彼らは目を丸くしていた。

「ああ、うん。主、僕たちから主にお願いがあるんだ」

気を取り直して歌仙がいう。

「僕たちに寝ずの番をさせてもらいたい。予てからお願いをしていたけど、君が僕たちの体調を慮って断っていたよね。君のおかげでこの城に詰めている刀剣も増えた。当番制にすれば出陣や遠征、内番に支障を来すことはない。だから、どうか」

歌仙がそう言い、ちらと部屋の中の人物に目配せを送る。彼らは小さくうなずいた。

「分かりました」

「だから..あれ?」

彼女に断られると思っていた歌仙は言葉を重ねようとして肩透かしを食らった。

「え、いいのかい?」

「ええ。ただ、体調が悪い時にはちゃんと交代してくださいよ」

「う、うん...」

断られると思った。だから、先ほども説得要員として歌仙、燭台切、そして薬研が話し合いを行っていた。

そのため、彼女を迎えに行くのが長谷部の役割となってしまったのだ。

「わたしからも皆さんにお願いしたいことがあるのですが」と今度は彼女が切り出した。

「ああ、何だい?」

彼女が自分たちに何かを望むことは珍しいと思いながら歌仙が頷く。

「本当は、事前に歌仙さんにお願いしておくべきだったのですが」と彼女が断って言う。

「近侍を交代制にできませんか?」

「近侍を?えっと...」

歌仙は判断に困った。

「言葉が足りませんね。歌仙さんが近侍であることを不満に思っているわけではありません。わたしは、皆さんの事が知りたいんです。皆さんが何を考えていらっしゃるのか。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、わたしは皆さんが来てくださるとわたしの時代にある資料で皆さんのことを調べます。どんな由来のある方なのか。そして、以前の主についても。
ですが、どう考えても皆さんの事を理解しようとすれば、直接言葉を交わすのがいちばんだと思ったんです。近侍となっていただいたら言葉を交わす回数も増えます。
勿論、皆さんの負担が増えるとは思うのですが...」

歌仙はちらと皆を見た。前向きな様子だ。

「わかった。皆で話し合っておくよ」

「よろしくお願いします」

彼女は頷く。

「さて、主。僕たちからの話は終わった。仮の部屋に案内するよ、いいかな?」

歌仙が確認すると彼女は頷き、「ひとつだけ。明日は出陣を取りやめてください」と皆に向かって言う。

首を傾げる歌仙に「もう夜遅いです。寝不足で出陣すると怪我するかもしれませんよ」と彼女が言う。

「...わかった。そうしよう」

歌仙が頷き、立ち上る。

「歌仙さん、手をお借りしてもいいですか?」

彼女の言葉に驚き、そして歌仙は微笑む。

「勿論だよ」

そう言って彼女が立つのを助け、彼女を支えながら供に広間を後にした。









桜風
15.6.30


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