めぐり逢ひて 捌





この城に在る刀剣たちは顔を青くしていた。

昨日から主が部屋に籠って出てこない。誰も近づくなという。

それでも、人間の彼女は食事を摂らなければ衰弱してしまう。

人の体を得たので彼らもそれがわかる。

「何か、ご病気でしょうか」

不安そうに呟いた平野の言葉に皆一層青ざめた。この体は今のところ病は知らない。

この城にいる誰もが、だ。

彼女は確かに体が小さい。華奢で折れてしまいそうだ。

「病...」

最も青ざめているのは大和守だった。彼は病で主を亡くしている。


「報告いたします」

鳴狐の狐が戻ってきた。彼女の命令は、「刀剣の皆さんは来てはいけません」だった。

それなら、ただの狐はどうだと屁理屈を用意して狐を遣った。何故か口の利ける狐。初めて彼の存在のありがたみを皆が実感した瞬間だった。

「主殿はかなりお辛そうでした。それと、血の匂いがしました」

「血?!」

ガタリと立ち上がった長谷部は駆けだそうとし、しかし主命が彼を縛り動けないでいた。

「血、ですか?」

冷静に声を掛けたのは前田だった。

「はい、血です」

「主君の様子、他には...」

「どうやら泣いておられるようでした。私も屋根裏から覗いただけなので、詳細にはわかりかねますが」

鳴狐のお供の狐の言葉を聞いて前田はしばらく悩み、「あの、この件は私に預からせていただけませんか」と言う。

「何かわかったのか」

「確認をしてからの方がいいと思います」

「短刀のお前に何ができるというのだ」

ひんやりと長谷部が言う。

「私の弟を見くびっていただいては困りますな」

更にひんやりした声で一期一振が反論した。彼は一昨日来たばかりだが、弟たちの大歓迎を受け、とても幸せそうに笑っていた。

「...まあ、何か考えがあるのだろう。預けていいんだね」

歌仙が言うと前田はしかと頷いた。

「こうして手を拱いていても仕方ないし、彼に任せようと思うよ」

歌仙の言葉に皆が渋々従った。



「何で俺っちも?」

薬研は隣を歩く兄弟に声を掛ける。

主の部屋に行くのでついてきてほしいと言われたのだ。

ついて行くのは吝かではないが、何のために自分を必要とされているのかわからない薬研は前田に確認した。

「薬研は、薬、医薬の知識が高いとこの城の中でも定評があります。それは主の耳にも届いています。だから、薬研は主の前で私の言葉を肯定してください」

「...わかった」

分からないが、わかった。他の誰でもない自分に声がかかった理由がわかったので、その任務は全うしようと思う。

「主君、前田と薬研です」

「来てはいけません」

泣いた声で彼女が言う

(辛そうだな...)

薬研は眉間に皺を寄せた。辛いなら辛いと言ってくれればいいのに、と思う。

「主君、私たちは刀です。付喪神です。人である主君と同じ病にかかることはありません。薬研もそう言っています」

(へ?!)

もう出番が来るとは思っていなかった薬研は一瞬狼狽したが、前田に視線を向けられ、

「ああ、そうだ。大将。大丈夫だから、ちょっと様子を見させてくれないか」

と後押しした。

「本当に?」と彼女が確認する。

「ああ、本当だ。だから、部屋に入る事を許してくれ」

「主君」

前田が呼びかける。

「...汚いですよ」

「構いません。お許しいただけますか」

「はい」

第一関門突破だ。

前田は彼女の部屋の障子を開けた。

むわっと部屋の中から血の匂いがする。

「大将、大丈夫か」

「わ、わかりません」

彼女は泣いている。ふと、彼女の脚に血が伝っているのが見えた。

薬研は瞠目する。

「大将」と声を掛けようとしたが、それに先んじて前田が「主君」と彼女に声を掛けた。

「はい」

「これまで、月のものはありましたか?」

前田の隣にいた薬研はあんぐりと口を開ける。なんてことを聞くんだ、と。

だが、彼女はこてんと首を傾げた。

「月のものって何ですか」

「女性はいずれ子を体に宿します。そして、十月十日その腹で子を育てます。そのために、毎月体が準備をするのです。その際、出血を伴います。こういったことは初めてという事ですか?」

彼女は頷いた。

薬研は驚く。彼女は確かに体は小さいが、裳着くらいは済ませているだろうと思っていた。

「こちらでもそう言った処置はありますが、主のおられた時代に戻られた方が楽かもしれません。ここには男しかおりませんから、勝手が悪いと思います。
もし、主がこの城を不在にしても大丈夫なら数日お戻りになられてはどうでしょう」

前田の提案に彼女は頷いた。

彼女が文を書ける状態ではないので、前田の提案で式神に代筆をさせた。

刀剣の彼らの筆跡はあちらに送らない方がいいだろうと思ったのだ。

「少し、お体を拭きましょう。気持ち悪いでしょう」

こんのすけに文を持たせ、返事を待っている間に体を清めようと前田が提案した。

「私よりもお部屋の掃除を」

「掃除は私がします」

そう言って薬研を見た。桶と手拭いを持って来いという事だ。

「大将、ちょっと席外すぜ」

薬研は立ち上がり、彼女の部屋を後にした。


てくてくと歩き、そして廊下の角を曲がって「うわぁ!」と声を上げた。

全員がそこにいた。

「何してんだ」

「主は、主はどうだった」

胸ぐらをつかみながら長谷部が問う。

「無事と言えば無事だな。ちょっと手ぬぐいと桶を取ってくる。待たせるわけにはいかないからな」

「病だったのかい?」

薬研の後ろをついて歌仙が歩き始める。

皆がぞろぞろとついてくる。

「詳細は前田に聞いてくれ。これはあいつに預けた話だ」

きっと言葉を選んで説明をした方がいいだろう。それなら前田に任せた方がいい。

「まあ、君たちが慌てていないという事はさほど重症ではないという事か」

「食事がとれそうなら、握り飯くらい用意しようと思うんだけど、どうかな」

燭台切が声を掛けてくる。

「ああ。それはありがたいだろうな。あとで取に行く」

薬研は水の張った桶と手拭いを持って彼女の部屋に行き、もう一度別の桶に水を張り、雑巾を持って部屋に向かった。

「入るぞ」

そう声を掛けて部屋に入るとこんのすけが戻ってきたところのようだった。

ぞうきんを絞り、血の付いた床を擦る。

「主君、どうでした?」

「ここを数日留守にしても大丈夫みたいです」

「では、お戻りください」

「あ、大将。ちょっとだけ待ってくれないか」

急かす前田と対称的に薬研が彼女を止めた。

「薬研?」

前田が首を傾げる。

「今、燭台切の旦那が握り飯を用意してるんだ。少しでも腹に入れてくれないか」

そう言われて彼女は初めて気が付いたように腹に手を置く。

ぐぅと腹の虫が鳴った。

顔を真っ赤にした彼女に薬研は「ははは」と豪快に笑う。

「ちょっと待ってろよ」

そう言って薬研が部屋を後にした。

「主君。今後、毎月向こうに“帰省”される事になるでしょう。皆への名目は、主君の身体の健康の経過観察という事でどうでしょうか」

「月のもの、というのはおかしいのですか?」

彼女は首を傾げる。

「そうですね。おかしくはありませんが、そういった話題はあまり公にするものではありませんので。いずれ皆は気づくと思いますが、ひとまずは」

「分かりました」と彼女は頷く。

そして前田をじっと見た。

「いかがされましたか?」

「前田さんがいてくださってよかったです」

実際、彼がいなかったら何も解決できなかった。

前田はその言葉に高揚し、そして頭を下げる。

「もったいないお言葉です」


「大将、困ったことになったぞ」

そう言いながら薬研が部屋に戻ってきた。

「あ、ほんとだ」

「これは一体...」

薬研が持ってきた皿の上には山のようにおにぎりが乗っている。

「え、と...」

「食べられるだけでいいと思いますよ。全部食べると主君の腹の調子が悪くなるかもしれません」

「違いないな」

苦笑して薬研は頷き、彼女の前に皿を置いた。

そして、自分は掃除を再開する。


彼女はひとまず2日ほど向こうで過ごすと言っていなくなった。


彼女の部屋から出てきた前田は大勢に囲まれて一瞬たじろいだが、話をするので広間に来てほしいと彼らに告げた。

彼女と約束をしたとおり、健康の経過観察のために彼女が自分の時代に戻ったと話をする。

「そんなに悪いのか」

「今後、主君は毎月、同じ周期で主君の時代にお戻りになり、2~3日向こうで過ごされてまたこの城にお戻りになられます」

知っている者は察することができるような単語を選びながら前田は説明した。

お陰で彼の説明である程度の者が察することができた。



その後、戻ってきた彼女に前田はこっそりと教えてもらった。

彼女はこれまでずっと暗い部屋にいてしかも栄養を十分に摂れていなかった。

だから、体が整っておらず、月のものを迎えることはなかった。

こちらにやってきて、当初は気絶したりと色々と体に負担を掛けていたが、最近はそういったことも減り、また毎日陽の光を浴びて規則正しい生活を送るようになったので、やっと体が整ったのだろうと医師に言われたのだ。

「よろしゅうございましたね」

「毎月不在にして皆さんに迷惑をかけるのが、申し訳ないのですが...」

彼女が言うと「大丈夫ですよ。皆で城を守ります」と彼が言う。

「心強いです」

彼女の言葉に、前田は頭を下げた。









桜風
15.7.17


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