めぐり逢ひて 拾
| 朝、目が覚めると少し肌寒く感じた。 体を起こし、式神に着替えを手伝ってもらう。 「おはようございます」 廊下に待機している寝ずの番に声を掛けた。 今日は山姥切だった。 「ああ、おはよう」 「寒いですね」 吐く息が白い。家の中でも白い息になる。 「雪が降っていたからな」 「雪ですか!?」 彼女が弾んだ声を出した。 「ああ、先ほど外で短刀たちがはしゃいでいたぞ」 「そっかー、雪かー」 そう呟く彼女に山姥切は手を差し出した。 「ありがとうございます」とその手を取って彼女は広間に向かう。 広間に着くと皆が集まっていた。 彼女は上座に座り、準備されている膳を前にして彼らに朝の挨拶をして手を合わせて食事を始める。 彼女はいつも同じ時間に起きる。 体内時計があるのかどうか知らないが、燭台切が言うには、彼女が広間に来るのはいつも同じ時間だという。 だから、彼はその時間に合わせて汁物など温かい食べ物が出来上がるように調整しているらしい。 今朝も味噌汁が湯気をくゆらせている。 一口飲むと沁み渡る。体が冷えていたのだろう。 食事を終えて片づけを手伝う短刀たちは少しそわそわしていた。 この後、非番の者たちは雪遊びをするのかもしれない。 正直、自分も混ざりたいが、混ざることはできない。 眺めるくらいはしたいと思う。 「主」 声を掛けてきたのは宗三左文字だった。 今日は彼が近侍だ。 「おはようございます。よろしくお願いします」 「ええ、どうぞよろしく」 彼の手を取って彼女は歩き出す。 「お庭も真っ白ですね」 祭壇のある部屋に向かいながら彼女は庭に視線を向けた。 「主は、雪が珍しいのですか?ここ最近毎日降っているでしょう。雪かきをしなくてはいけないと話している者たちも居ましたよ」 宗三が問う。 「こんなに積もった雪は、多分初めてです。当分見ていませんし」 「ああ、貴女もかごの鳥だったのですよね」 そう表現されて彼女は困った。 彼は、大切にされた刀剣だが、天下人の象徴として大切にされたもので、一刀剣として見られていなかったことを嘆いている感じがした。 本気では嘆いてはいないのだが、少し皮肉屋な性格につながっているのかもしれない。 刀装を作成し、彼女は鍛冶場に向かった。 「お待ちしておきましょうか」 「今日の出陣は遠くですか?」 彼女が問うと「いいえ、近いですよ」と宗三は首を横に振る。 「では、少し待っていただけますか?」 そう返した彼女に宗三は頷く。 「終わりましたら、声を掛けてください」 そう言って彼は鍛冶場を出て行く。 政府から送られてきたリストを見ると、現状あと少しなのだが、それがなかなか難しい。 鍛冶場の鍛冶師の式神が打つ刀以外にも出陣した彼らが拾ってくる刀を依代にして呼び招くことができるらしい。 未だにそれは成功したことがない。 今日も日課の鍛刀は成功しなかった。 「宗三さん」と扉の外に声を掛ける。 「失敗ですか」 そう言いながら彼は鍛冶場に入ってくる。 「はい」と肩を落とす彼女に 「僕たちだけでも十分な戦力だとは思いますけどね」 と慰めなのかわからない一言をくれた。 「明日も頑張ります」 「ほどほどに」 そう言って彼は彼女を支えて扉に向かった。彼女は鍛冶場の式神に挨拶をして扉を出て行った。 「あなたは不思議ですね」 宗三が言う。 「何がですか?」 「あれは、貴女よりもおそらく下のものですよ」 宗三が“あれ”と言ったのは、鍛冶場の式神の事だろう。 「でも、あの人はわたしにできないことができる人です」 「貴女にできることは限られているでしょう」 宗三は彼女の気持ちを慮って言葉を選ぶことはしない。しているかもしれないが、あまりそうはっきりとは見られない。 しかし、彼女はそれを気にしていない。 彼は嘘をついているわけではない。傷つけようとしているわけでもないのだ。 門に辿り着くと、第一部隊が宗三を待っていた。 「ああ、お待たせしました」 彼女が供にいるため、誰も文句を言えず「ああ」とか「うん」とかそんな言葉を返していた。 「では、主。行ってまいりますね」 「気をつけてください」 彼らは出陣や遠征に出るときには、城下を一旦降りて町はずれの廃寺に行く。 町はずれの廃寺は、本来ゴロツキが根城にしそうなものだが、誰も近づかない。 何だか近づけないのだ。 それは政府が用意した時空の移動ポイントだから、そういう結界が張られているのだ。 彼らがその廃寺に入るというところは、誰にも認識されない。 城から出てきた者が廃寺に集っているというのは悪評につながるので、それを回避するためらしい。 他の本丸では、城にそのポイントを置いているところもあるらしいのだが、それらは地脈に因るところなので地形などでは設定ができないところもあるそうだ。 彼女の城がまさにそれだった。 「あるじさまー」 彼らを見送っているとやってきたのは今剣だった。 今日は彼が近侍が留守の間彼女の側仕えをする。 「きょうはなにをしますか?」 「報告書は昨日のうちに提出することができましたし...今剣さんの予定は?」 「じかんがあれば、みんなとゆきがっせんです」 「では、それを眺めます」 彼女が頷く。 「いいんですか?さむくないですか??」 彼らも一応寒暖は感じるらしいが、そこまで敏感ではないという。だから、この雪の降り積もっている中で裸足に下駄なのだ。 「そうですね...火鉢を傍に置いておけばあったかいと思いますから」 「では、じゅんびしてきますねー」 そう言って今剣がいなくなった。 「あ、えと...」 どうやって本丸の中に戻ろうか... 「主」 声を掛けられて彼女は振り返り、バランスを崩した。 「ああ、危ない」 そう言って彼女を支えたのは、声を掛けてきたにっかりだった。 「にっかりさん」 「今日は今剣が当番だったよね。彼は?」 「火鉢の準備をしてくれているはずです」 困ったように彼女は笑う。 「全く、困ったね」 苦笑したにっかりが彼女を支えて本丸に連れて行った。 「あるじさまー」 にっかりの手を取って歩いていると今剣が駆けてきた。 「ごめんなさい」 目の前に立ち止まってぺこりと頭を下げた。 「いいえ、大丈夫ですよ。親切なにっかりさんに声を掛けていただきましたから」 「まあ、主は柔らかいからね。触りたいし」 にっかりの言葉に彼女は半眼になる。 「にっかりさん、見た目に反して何というか、オジサンですね」 彼女の言葉に彼は愉快そうに笑い、 「オジサン程度でいいのかい?」 と言われた。 まあ、確かに彼らがこの世に在る時間の長さで言うとオジサンなんて子供のようなものかもしれない。 彼女は庭に降りられる階の一番上の段に腰を下ろした。 「おや、君は混じらないのかい?何だったら、僕が抱えて参加してあげるよ」 隣に腰を下ろしてにっかりが言う。 「皆さんの邪魔になってしまいます」 目の前で繰り広げられている雪合戦は、本当の合戦さながらの駆け引きもみられる。 「見ているだけでは寒くないかい?」 「そのための火鉢です」 「ふーん」と気のない相槌を打った スッと立ち上がったにっかりはふらっとどこかにいなくなった。 暫くして彼女はすとんすとんと階を一段ずつお尻をつきながら降りていく。 それに気づいた五虎退がやってきた。 「あ、あの。主様。何かお手伝いしましょうか」 「いいんですか?」 「はい。だいじょうぶです」 背後では激戦が繰り広げられている。短刀同士の本気が正直ちょっと怖い。 「では、お願いします。笹の葉を2枚と、南天の実を2個取ってきていただけますか?」 彼女の言葉に頷いて五虎退は庭に消えて行った。 「あれ?」という声が頭上で聞こえた。 「ああ、何だ。落ちたの?」 そう言いながらにっかりが階を降りてくる。 「ほら、綿入れ。人間は体が冷えると感冒に罹ってしまうんだろう」 そう言いながら彼女の肩にそれをかける。 「これ、どうしたんですか?」 「加州が前に羽織ってたから失敬してきた」 「...本人のご了解は?」 恐る恐る覗うと 「だって、遠征中だからね」 と悪びれずに言う。 後で正直に事情を話しておこうと彼女は心に決めた。取り敢えず、今は温かいのでこのまま借り続けてしまおうとも思う。 気を取り直して足元にある雪を掬う。 冷たい。じわっと溶けていく雪を見て彼女は口元を綻ばせていた。 「冷たくない?」 「冷たいです。雪だな、って」 彼女はまた雪を掬い、ぎゅっぎゅと握って雪玉を作る。 それをもうひとつ作って重ねた。 「何だい、それは」 「雪だるまです」 「ふーん...僕も作ってみよう」 そう言ってにっかりも雪玉を2つ作り、重ねる。 「にっかりさんの方が手が大きいから大きなのができちゃいましたね」 「そうだね」 2つを並べると兄弟みたいだった。 「主様、取ってきました」 「ありがとうございます」 五虎退が戻ってきて声を掛けてくる。 「それは何だい?」 「笹の葉と南天の実です」 五虎退が答えている傍らで彼女は雪を適当な量を掬って長細く固める。 それに五虎退に取ってきてもらった笹の葉と南天の実を付けた。 「うさぎさん」 五虎退が声を漏らした。 「雪ウサギです。うん、たしかこう...」 「なになに?」 雪合戦をしていた短刀たちも手を止めて五虎退の覗き込んでいる場所を覗き込んだ。 「これ、主が作ったの?」 乱が問う。 「はい」 「ボクも作る!」 そう言ってその隣に彼女が作ったものと同じものを作り始めた。 雪だるまに至っては、大きなものを作ろうと厚が言い、賛成した者たちがごろごろと大きな雪玉を作っていく。 「おやおや」 階の上から声が降ってきた。 振り仰ぐと歌仙が苦笑している。 「そんなに元気なら雪かきもしてもらおうか」 屋根の上に随分と雪が積もっている。雪おろしもしなくてはならない。 伊達にいた者たちが言うのだから必要なのだろう。あそこは雪深い。 「でも、その前に休憩をしてはどうかな?」 もう一つ声が加わった。 燭台切だ。 「主、体が冷えただろう。甘酒を用意したからおいで。みんなも」 「わたし、甘酒初めてです」 そう言う彼女はにっかりに支えられて立ち上がり、ゆっくりと階段を上っていく。 広間に着くと他にも寛いでいる者たちがいた。一部酒盛りが始まっている。昼間だというのに。 「主!」 彼女の顔を見た途端、長谷部がやってきた。 「顔が赤いです。大丈夫ですか、感冒に罹っては..それは加州の綿入れでは?」 彼女の羽織っているそれを見て首を傾げながら長谷部が問う。 彼女は苦笑いを浮かべて「勝手に借りてしまってます」と言う。 「ああ、そうか。主は寒いよね。綿入れを用意しておかないといけなかったね」 歌仙が言う。 「いえ、それは...」 「主が感冒に罹って寝込んでしまうとね、僕たちは心配で何もできなくなってしまうよ」 そう言われて彼女は「お願いします」と小さく答えた。 「では、さっそく手配しておこうね」 そう言って歌仙が広間を後にした。 言葉のとおり早速のようだ。 「はい、主」 そう言って燭台切が湯呑を渡してきた。 「これ、お酒ですか?」 「うん、酒粕を使っているからね」 匂いを嗅いだ彼女が聞くと燭台切が頷く。温まるよ、という言葉を添えられて彼女はそれを一口グビッと飲んでみた。 ふわっとした浮遊感を感じてそのままぱたりと倒れる。 「え、ちょっと。主?」 彼女の隣に座っていたにっかりが驚いて声を掛ける。 「燭台切、貴様!」 毒でも盛ったか、という勢いで長谷部が迫る。 「...おい、大将笑ってるぞ」 呆れたように苦笑しながら彼女の様子を見た薬研が言う。 「ふへへ」と確かに彼女の口から笑い声が漏れている。 「まさか、甘酒で倒れてしまうとは...」 流石にそれは予想していなかった。 自分たちからしてみれば、これは酒とは呼ばない。 「どれ、次郎さんが主を部屋に運ぼうか。さすがに、ここに置いておくのは気が引けるからね」 そう言って年中酔っ払いらしい彼が彼女を抱き上げる。 「主君は大丈夫でしょうか」 「だーいじょうぶ」 笑って次郎が言い、彼の周りを短刀が心配そうについて歩く。 「料理にも酒を使ったりしてるから大丈夫だと思ったんだけどね」 「まあ、大将は刺激を受けずに過ごしてきたからな。敏感なんだろう」 薬研はそう言って甘酒をお替りした。 |
桜風
15.7.21
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