めぐり逢ひて 拾壱





冬の厳しい刺すような寒さが少し和らぎ、陽射しの温かさを感じる季節になった。

肌で季節を感じるというのは何だか不思議な感覚だが、嫌いではないとも思う。

今日は非番のため、城の中を気の向くままに歩いていると、彼女の姿が目に入って江雪は思わず足を止める。

(小夜は...)

今日は彼が彼女のそばにいるはずだ。

それなのに、姿が見えない。

真面目な弟の事だから、彼女を放ったらかしで遊びに行くなどは考えられないが、もし、仮に、万が一にもそんな事態になっているのならば、兄の自分が代役を務めようと思い、江雪は彼女に向かって足を向けた。


「主」

声を掛けられて彼女は江雪を見上げる。

「江雪さん、こんにちは」

「こんにちは。今日は、小夜が主のお世話をするはずですが...」

「小夜さんならここに」

そう言って彼女は自分の膝枕で寝ている小夜の頭をそっと撫でた。

「小夜?!」

「あ、静かに」

思わず声を上げた江雪に彼女は「しー」と人差し指を唇に当てていう。

「申し訳ございません。今すぐ起こします」

心持ち、声を落として江雪が言う。

「大丈夫ですよ。今日はぽかぽかしてて気持ちがいいですから、転寝もしたくなりますよ」

「ですが、主の膝枕で居眠りなど...」

申し訳ないと心から思う。

「膝枕にしたのはわたしです。最初は肩に凭れかかられてたんですけど。寝るなら横になった方がいいと思って。小夜さん、体が小さいですからそんなに重くないですよ」

「ですが...」

やはり、これは叱らなけらばならないだろうと思う。

「江雪さんは、何かご用事がありますか?」

「...いいえ」

特に用事はない。本丸をふらふらしていただけだ。

「では、話し相手になってください」

そう言いながら彼女は自分の隣の、人ひとり座れるくらいの幅をポンポンと叩くと、江雪は頷いて「では、失礼します」と腰を下ろした。



春とはいえ、まだ空気は冷えるが、縁側で陽射しを受ければぽかぽかして気持ちがいい。

「桜、まだ咲きませんね」

彼女が呟く。丁度目の前に大きな桜の木がある。

「主は、桜がお好きですか?」

「わかりません」

そう言って彼女ははにかんだように笑う。

「わからない、ですか」

「昔、見たと思いますけど覚えていません」

「...そうですか」

江雪は相槌を打ち、

「私は、弟たちと並んで花を愛でることができれば、幸いです」

そういう。

人の身を得たのだ。それくらい望んでもいいのではないかと思う。

「江雪さんから見て、小夜さんってどんな弟ですか?」

「素直な、良い子です」

「宗三さんは?」

「少し素直でないところがありますが、根は優しくて良い子です」

そう答えると彼女はくすりと笑う。

「何か?」

「さっき小夜さんに、江雪さんと宗三さんってどんな人ですかって聞いてみたんです」

「おや、それは...小夜は何と?」

「江雪さんは、口数が少なくてわかりにくいかもしれないけど、優しい人だと」

「宗三は?」

「冷たく見えるかもしれないけど、優しい人だと」

彼女の言葉に江雪は胸のあたりが温かくなる。

「こうなると、宗三さんにお二人の事を聞きたくなりますね」

彼女が言うと

「私も聞いてみたいものです。宗三から聞いたらこっそり教えてください」

と江雪が言った。

「いいですよ」と彼女は笑う。

「粟田口にも聞いてみましたか?」

江雪が問う。からかいの意味も込められている。

「粟田口さんのところは、ご兄弟が多いので...でも、一期さんには聞いてみました」

「一期一振は何と?」

「皆さんについて教えていただきましたが、全員結びの一言は「良い子です」でした」

彼女が笑う。

「どこも同じですね」

江雪も微笑んだ。




「宗三」

通りかかった弟を見つけて声をかけた。

彼は振り返り、「なんでしょうか」と返事をする。

「私の上衣を部屋から持ってきてください」

確かに、日が陰って少し肌寒くなってきた。

「お部屋に戻られた方がよろしいのでは?」

宗三が言うと江雪は首を静かに振る。

兄の事だから何かあるのかなと思い、ひとまず宗三は兄の言うとおり彼の上衣を部屋まで取りに行った。

戻ってきて彼に上衣を掛けようとしてやっと気づく。

「主にでしたか」

彼女は江雪の肩に凭れて静かに寝息を立てていた。

「ええ、感冒に罹ってはいけないので」

頷く兄に

「先ほどまでは心地よい陽気でしたね」

と返しながら彼女に兄の上衣を掛けた。

そして、ふと視界に入った姿に思わず「小夜?!」と彼にしては大きな声を漏らしてしまった。

「声が高いですよ」

兄に窘められ、「申し訳ありません」と宗三は謝罪する。

「起こした方が...」

「主がこのままでよいと仰っていたのです。それに、起こせますか?」

そう問われて宗三は暫く黙りこみ、

「難しいですね...」

と返した。

弟の穏やかな寝顔を見ると、起こせないし怒れない。

「まあ、主が良いと仰ってくださっているのなら」

少し申し訳ないと思いつつ、彼女の言葉を言い訳に使わせてもらう。


「何故、主は審神者なのでしょうか」

ぽつりと宗三が呟く。

「不満ですか?」

江雪に問われて「いいえ」と首を振った。

彼女は自分を大切にしている。鑑賞物としてではなく、対等な“人”として。

凄く不思議な感覚だ。

勿論、これまで人の形を取ったことがないので、物として所有されるのが当然であった。物と人を対等に扱う者など、まず居ないだろう。

彼女が対等な者として自分を扱うのは現身を得たからというのはわかる。

だが、それでも飽くまで臣下という立場のはずだ。対等であるはずがない。

「主の時代の人たちは、皆こうなのでしょうか」

「どうでしょうね」

宗三の独り言に江雪が返す。

争いを好まない自分は刀剣で、戦場で力を振るうことを目的として作られているし、そうあるべきものだ。

審神者である彼女は、敵対する勢力と戦うために自分たちに人の形を与えている。彼女は、自分が戦に出ず、傷つくのが周りだけという事に心を痛めているという話を耳にしたことがある。

「和睦の道はないのでしょうか」

江雪の独り言に宗三は何も言わなかった。




「おはようございます、主」

少し寒くなって目が覚めた。

耳元近くで聞こえた声に「おはようございます」と寝ぼけながら返し彼女は慌てた。

「すみませ..!」

慌てて動いたため、膝の上の小夜がずり落ちそうになって、さらに慌てて手を伸ばした。

間に合わなかった自分の代わりに別の腕が彼を支えた。

「宗三さん...」

「感冒に罹ってしまいますよ」

そう言われた。

「ごめんなさい」と彼女は小さくなる。

「小夜、起きなさい」

そう言って起こされた小夜は目を擦りながら不思議そうに宗三を見上げていた。

「江雪さん、腕大丈夫ですか?痺れていませんか?」

「私は大丈夫ですよ。主こそ、脚が痺れているのではありませんか?」

彼女は視線を彷徨わせた。

「正直な方ですね」

宗三が呆れたように呟いた。

「夕餉までもう少し時間があるでしょう。お部屋までお送りしましょう」

そう言った江雪は宗三をちらと見た。

彼は小さく肩を竦めて「主、僕が」と言って彼女をひょいと抱え上げた。

抱えられる際に彼女は足の痺れに悶えていたが、それを汲んでいては運べないので、敢えて宗三は気にしないことにした。

宗三がその場から見えなくなって江雪は苦笑する。

「兄様」

「何ですか?」

「なんだか、幸せな夢を見てしまいました...」

彼女と兄たちと一緒に花を愛でていた。

花にはさほど詳しくないが、それでもきれいだなと思ってそれを見上げ、振り返ると兄たちが彼女と楽しげに話をしていた。

自分の視線に気づいた長兄が頷き、彼女はひらひらと手を振ってくれる。

「そうですか。小夜、桜が咲いたら宗三と共に花を愛でましょう」

「主も一緒に...」

「そうですね、お誘いしましょう」

「うん」と頷いた小夜は「あ、主...」と自分の今日の当番を思い出して駆けだした。

残された江雪は彼女が凭れていた腕の手を開いたり閉じたりする。

自分も腕が痺れていた。

本当なら、彼女を運びたかったが、それはさすがにできない。

かといって、腕が痺れたなどと言えば彼女は気に病むだろう。

「できた弟です」

察した宗三に感謝しつつ、自分も部屋に戻ることにした。









桜風
15.7.25


ブラウザバックでお戻りください