めぐり逢ひて 拾弐





厨近くの居間に彼女と燭台切がいた。

近侍が出陣中なので、その間彼女の側に侍る当番の日なのだ。

しかし、彼は大抵食事の支度をする。彼がメインで他は手伝うという感じになる。

いつの間にかそんな役割分担になった。

だから、燭台切が彼女のそばにいるときは、彼女は食事の支度手伝いをする。

今日は土筆の佃煮だという。

「今朝、河原で見つけてきて摘んできたんだよ」という山のような土筆を笊に載せて彼はやってきた。

「何をすればいいんですか」

彼女が問う。

「うん、袴。これね、これを取っていくんだ。疲れたらやめていいからね」

見本を見せて燭台切は作業を始めた。

彼女も作業をする。

彼は色々な手伝いをさせてくれる。

ただし、火を使うことと刃物を使うことは許してくれない。


燭台切は自分の側においている本に視線を落としながら作業をしていた。

この後の調理方法を確認しているのだ。

この本は、最近彼女が彼女の時代から取り寄せてくれたものだ。彼女の娯楽用に、とお上が送ってきた雑誌を加州が気に入り、毎月読みたいというようになった。

他にも何人かが色々と興味を示してきたので「お城の中だけで使ってください」という条件の元、彼女は自分の時代の本をこちらに取り寄せている。

この城はとある時代のとある場所に在る。

本来、この先の時代で発明されて改良されて彼女の時代のものになっている物はたくさんある。

それをこの時代で作って市井で広めるなどすれば、やはり歴史が変わってしまう。

少なくとも、この先の未来でその発明をする人がいなくなり、その人に感化された人もいなくなる。

色々と不都合があると彼女は思っているらしい。

別に外にもって出て自慢するつもりもない。

しかし、この書物は面白い。精緻な絵、彼女が言うには“写真”というものらしいが、もついているので、出来上がりが想像できて分かりやすい。

こちらにない道具などについては、工夫次第で何とかなる。


「そういえば、燭台切さんはへし切さんと以前からのお知り合いって聞きました」

「ん?長谷部君かい?そうだね。彼がどうかした?」

主至上主義の彼の事だから、彼女に直接迷惑をかけていることはないだろうと思う。思いたい。

最近やってきた小狐丸は彼女に懐いて良くのしかかっている。それを長谷部が熱く止めているのはたまに目にする。

「わたし、皆さんの名前は上半分で呼んでるんです。切りづらい名前の人はそのままですけど」

「上半分?」

「燭台切光忠さんだったら、燭台切さん」

「ああ、上半分。なるほど」

「何となく、苗字名前っていう並びにも見えるんですよね」

「うーん、まあ。にっかりくんは少し違うけどね」

「そうですね」

彼女はしみじみ頷く。

「それで、長谷部君が何?」

燭台切が話を戻した。

「やっぱり、“へし切”さんは嫌なんですかね」

彼女の疑問に燭台切は少し考え、

「まあ、彼の場合はその名前の由来の出来事が好きじゃないみたいだからね。本人も言ってるし、“長谷部”って呼んであげたら?」

と返した。

「へし切長谷部さんって、その出来事の前には何て名前だったんですかね」

「...何だろうね」

気にしたことがなかった。



そして、ふと思った。

「主は?」

「はい?」

「主は、何て名前なの?僕たちは主、主君、大将。色々呼んでるけど、君にも名前があるんだよね。

それとも未来は名前がないの?」

そう言われて彼女は首を横に振る。

「ありますよ」

そう言って暫く彼女の視線は宙を彷徨い、そして彼女は俯いた。

「主?」

どうしたのだろうと心配になって燭台切が声を掛ける。

「呼ばれないと忘れちゃうものですね」

困ったように彼女は言った。それはどこか泣きそうな表情で、燭台切は言葉を失う。

またやってしまった、と思った。

「あ、でも夢の中でお父さんとかお母さんが出てきて呼んでくれるから、それ、起きてても覚えておくようにします」

(そういうのって、自分で覚えておくようにできるのかな)

そんなことを思いながら燭台切は「うん、わかった」と頷いた。

袴をすべて取ったとき、彼女が「あ!」と声を上げる。

「ん?」

「お上の人に聞いたらわかるかも。わたしの時代、戸籍っていうものがあるんです。一族の系統がわかるものなんですけど、生まれたらそれに記録されているはずなんです。

今度の健康診断の時に聞いてみます」

「うん、わかった」

燭台切は先ほどと同じ言葉で頷いた。



「ねえ、主」

ふいに声を掛けられて「はい」と振り返ると廊下に小夜がいた。

宗三も江雪もいる。

「何ですか?」

「よろしければ一緒にお花見をいたしませんか?先ほど、団子を買ってきました」

宗三が言う。

花見をするにはまだ花の咲き具合は足りないが、小夜が花見をしたいと言ったのだ。

何かをしたいという主張をあまりしない末弟がそういうのだ。

兄が二つ返事をするのは致し方のないことだろう。

彼女は燭台切を見た。

「いいよ。彼らが一緒なら、ちゃんと護衛を付けているという事で誰もうるさく言わないだろうし。寒くなったらちゃんと彼らに言うんだよ」

燭台切の言葉に彼女は頷き「行きます」と彼女は返事をした。

「ちょっと待っててね」

そう言って燭台切は手ぬぐいを濡らしてきた。

土筆の袴を取っていたので、手が汚れている。

手を拭っている彼女を待ち遠しげに小夜は眺めていた。

「おしまい」と彼女が言うと小夜が彼女の手を引く。

「ちょ、ちょっと待ってください」

引かれると立ち上がれない。

もどかしそうに待つ小夜に苦笑しながら燭台切が彼女に手を差し出す。

その手を握って立ち上がった彼女は「さ、行きましょう。手を貸してください」と小夜に言う。

「うん」と頷いた小夜は彼女を支えながら歩く。

小夜に連れられて彼女が見えなくなる。宗三が続き、そして江雪が振り返ってきた。

ゆったりと頭を下げる彼に苦笑して燭台切は軽く手を挙げて応える。

彼はああ見えて弟たちに甘いのだ。









桜風
15.8.1


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