めぐり逢ひて 拾肆





縁側に出て庭を眺めていた。

隣には乱が座っており、彼の膝の上には彼女の時代の雑誌がある。

ハイティーンの女の子をターゲットにしているそれは、加州のお気に入りで、彼のために定期的にこちらに持ってきているのだ。

最近は乱もそれを楽しみにしているらしく、加州の後に読ませてもらっているとか。

「主、これ何?」

キラキラと瞳を輝かせて聞いてきた。

「ウェディングドレス、かな?」

彼らはカタカナと英語が読めない。馴染みがないからだ。

だから、彼女が教える。

自分にも教えることができるものがあるのが嬉しいらしく、最近の彼女は英語などの外国語の勉強を頑張っている。

「ウェディングドレスってどういうときに着るものなの?」

ひらひらとした純白の衣装はとてもかわいらしい。

「白無垢のようなものですよ。結婚..婚儀の際に着るものです」

「主の時代だと、こんなきれいなものを着るの?」

「白無垢もきれいですよ」

彼女が返した。

「じゃあ、男の人は?どんなの着るの?」

「えっと、これに載ってないですかね。ちょっと貸してください」

そう言いながら乱から雑誌を受け取ってページを捲ってみる。

「ああ、これですね。タキシードです」

「わー、かっこいい」

そのページをずっと眺めている乱に笑みをこぼした彼女はまた庭に視線を向けた。

「主もいつか“うぇでぃんぐどれす”を着るのかな」

少し寂しげに隣で呟く乱に

「わたしは着られませんよ」

と彼女が返す。

「え、どうして?」

政府に存在を消されたから、とは言えない。

「お嫁に貰ってくれる人がいませんよ。この体は色々手がかかりますし、年を重ねれば尚更でしょう」

だからそう言った。

「えー、そんなことないよ!」

(主をお嫁さんに欲しいって思ってる人、たくさんいるのに)

この本丸に、という言葉がつくだろうが、乱はそう思って不服だった。

なぜ彼女は自分の価値を正しく理解しようとしないのだろうか。彼女は大抵の事に耳を貸す。

だが、自分の価値に関しては誰の話にも耳を貸さない。頑なに過小評価をしているのだ。

「ありがとうございます」と控えめに笑う彼女が少し腹立たしくて話を変えるためにまたページを捲った。

そこには、仲良さそうに笑顔を浮かべた男たちの姿絵があった。

「主、これ何?」

太い文字の『国民的』まで読める。

「『国民的アイドル』って書いてありますね。今、女の子たちに人気の男の人たちのグループ..集団っていう事になるのかな?歌って踊ってるらしいですよ」

「主の時代はこういう男の人が人気なの?」

「そうみたいですね」

彼女が頷く。

「ふーん」と乱は呟き、改めて記事を見た。

「主はどの人が好き?」

「...どの人ですかね」

彼女がそう言って唸る。

「ボクは、この人はカッコいいと思うな」

そう言って一人を指差した。

「この中では一番人気みたいです。向こうにいるときにお話した役人さんがものすごく推していました」

彼女が笑う。

物凄く推された。

「刀剣男士は美形だらけと聞くけど彼に比べればきっと大したことがないはず。でしょ!!」

同意まで求められたのだ。


思い出してくすくすと笑っていると、物凄く間近に視線を感じて目を向けると乱がずいと顔を近づけてきていた。

「乱さん?」

彼女は思わず体を引く。

「主、今日はいつもと匂いが違うね」

「匂い?!」

驚いて彼女は自分の手の匂いを嗅ぐ。

だが、良くわからない。

「え、どんな?」

「何か、甘いっていうか...」

「ちょ、乱さん..待って。わたし、支えられない...」

首元というか、口元に彼は顔を近づけていつもと違う匂いの正体を探っていた。

「乱!主から離れなさい」

一期が猛然と駆けてきた。


先ほど、少し離れたところで2人の姿を見かけた一期は、睦まじくしている様子を眺めていた。

彼女は自分の弟たちに慕われており、共にいると姉弟のように見える。

乱に至っては、姉妹のように見えるのだが、その乱がこの昼日中縁側で主である彼女を突然押し倒し始めた。

兄としては看過することはできず、一期は慌てて駆けて行ったのだ。

「あれ、一兄?」

「“あれ、一兄?”ではない。主の上から早く退きなさい」

「あ、ごめん主」

そう言いながら乱が体を起こす。

「主、弟が申し訳ありません」

そう言いながら一期が彼女を抱き起した。

「いいえ。腹筋がないので、耐えられませんでした」

苦笑して彼女が言う。

「乱、主に対してこのようなことをしてはならないだろう」

「あ、一兄も匂ってみてよ。主、いつもと何か匂いが違うんだよ」

「は?」「へ?」

一期と彼女は同時に声を漏らした。

「乱!」

一期が窘めるが「ほら、」と乱は彼女の手を取って一期に差し出す。

「乱。主のお体に軽々しく触れるものではない。やめなさい」

兄に叱られても乱は握った彼女の手を離さない。

「あの、本当に変な匂いがするんですか?」

乱は一度も“変な匂い”とは言っていないが、彼女はそう勘違いしている。

一期は不安そうにして言う彼女をちらと見てそっとため息を吐き、弟を睨んだ。

「主、失礼します」

そう言って乱が差し出している手を取り、指先に鼻を近づけた。

「ああ、これは砂糖の匂いではないでしょうか」

砂糖に匂いがあるかどうかはともかく、甘いと先ほど乱が言っていたのを彼女も思い出した。

「あ、わかったかも」

彼女は呟く。

立ち上がろうとした彼女を一期は手伝い、乱も立ち上がる。

「部屋に」と彼女が言ったので、乱は彼女の部屋に向かった。

弟に任せていたらまた主を困らせるかもしれないと思った一期も同行することにした。

乱は少し振り返って彼女と兄が並んで歩く景色に目を細めた。

「主様が姉上だったら良かったのに」

以前、五虎退が呟いた。

それについては、皆同意をした。

だが、兄はあれで中々の奥手だ。相手が“主”だから特に遠慮しているのだろう。

彼女の周囲には遠慮などという言葉を持たない者たちが連日のように迫っている。どうもその想いは彼女には届いていないが。

そんな中で奥ゆかしい兄となると、全く意識を向けられてもいないのではないかと思う。

兄が主の事を憎からず思っているのは明白で、だったらいいではないかと乱は思っていた。

以前、薬研に「余計なことをするなよ」と注意されたが聞く気はない。


主の部屋の前で待っていると遅れて兄と彼女がやってきた。

彼女が部屋に入り、了解を得て2人も入る。

「たぶん、これだと思います」

そう言って彼女は文机の抽斗から掌くらいの大きさの箱を取り出した。

「ないしょですよ」

そう言って2人に一粒ずつそれを渡す。

彼女は手本を示すように自分も一粒とって包みを広げ、中身を口に入れた。

少し濃い飴色の直方体のそれは、臭ってみると少し甘い。

「いただきます」

一期はそう言って彼女のしたように口に入れ、乱も兄に続いて同じように口に含む。

2人は目を丸くして彼女を見る。

「甘すぎますか?」

「これは...」

「キャラメルです。さっき、ちょっとお腹が空いちゃったのでおやつに食べちゃいました」

「こんなに甘いと凄く高いんじゃないの?」

乱が言う。

「貰ったものですし、向こうでは砂糖の価格がさほど高くありません。大丈夫ですよ」

彼女の言葉に少しだけ安心した。高価なものならちゃんと返さなくてはならない。

「先ほど腹が空いたとおっしゃられましたが...」

控えめに一期が問う。

「わたしの時代は1日3食なんです。向こうで過ごす数日は3食でこちらに戻ると2食になるので、戻って1日2日はちょっとお腹が空いちゃうんです。
重い物を食べたら2食に戻れないから、カロリーがあるもの..甘いもので気を紛らわせるんです。燭台切さんには内緒ですよ」

これまで皆に気づかれなかったのは偶然だと言う。

一期はちらと弟を見る。乱は頷いた。


後日、一期から金平糖をもらった。

先日の“きゃらめる”のお礼だという。

「甘いものと言えば、このようなものしかありませんが」

一期が少し申し訳なさそうに言うが彼女はとても喜んだ。

「金平糖って可愛いし、美味しいし、わたしは好きですよ」

早速彼女は一粒口に含み、「どうぞ」と一期にもお裾分けする。

「いただきます」

一期は貰った金平糖を口に含んだ。

「美味しいですね」

笑って言う彼女に「はい」と彼は頷いた。









桜風
15.8.16


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