めぐり逢ひて 拾伍
| 新緑が目にまぶしい季節になった。 庭を眺めている彼女がふと首を傾げる。 桜の花びらが舞っている。 おかしい、と彼女は不思議だった。 桜は先日きれいに散ってしまった。はらはらと桜の花びらが散る様は雪が降っているようだった。 「ああ、雅だね」とほうとため息を吐きながら歌仙が呟いていたのを傍で聞いた。 地面に散った桜の花びらは絨毯みたいで淡い紅い色がとても美しかった。 そして、今は新緑の季節。 生気あふれる庭を眺めて、彼女も力をもらった気になっていた。 それなのに、桜の花びらが散っているのだ。 しかも、その花びら。骨喰の周りにしか散っていない。 どういうことだろう。 「大将」 声を掛けられて彼女は振り仰いだ。 今日は薬研が傍に付いてくれている。 「どうした?」 先ほど「茶を淹れてくるから大人しくしてろよ」と席を外した彼が戻ってきたのだ。 「薬研さん」 「ん?」 盆を置きながら返事をする薬研に「骨喰さんの周りで桜が散ってます」と彼女が言う。 「ああ、今の骨喰の旦那は好調だからな」 薬研が何でもないことのように言う。 「え、好調?」 「ああ。...もしかして、大将。あれを見るのは初めてか?」 少し驚いた声音で薬研に問われて彼女は恐縮した。 「ごめんなさい」と謝る彼女に薬研は額に手を当てて天を仰ぐ。 「違う、大将。責めているんじゃない。俺っちの言い方が悪かった」 心の中でも反省して薬研は彼女を見た。 「大将、あれは俺っちたちの神気なんだ」 「神気?」 薬研の言葉を鸚鵡返しする。 「ああ。気分が高揚したり、好調だったり。身の内にある神気を抑えられない時にああして桜の花びらという形で神気を漏らしてしまう。 神気というのは自然の中から得る場合が多いから、まあ、余ったから元の場所に返しているようなもんだな」 「これは、前からだったんですか?」 「ああ。少なくとも、俺っちがこの本丸に来た時から見えていた。ただ、俺っちはこう見えて神さんだからな。気を見る事くらい、自然にできる。でも、大将は人間だ。そういうのは力を付けなくては見れなかったんじゃないのか?」 「良くわかりませんが...」と彼女は困った表情を浮かべた。 「まあ、難しい話は今は置いておこうや。ほら、団子もあるぜ」 盆の上には団子がある。 「どうしたんですか?」 「さっき一兄が戻ってきて「主のおやつに出して差し上げなさい」ってさ。大将の分だけだったら気にするだろうって、俺っちの分までかってくれたんだ。兄弟に見つかるとうるさいから、早く食べてしまおう」 「一期さんに、お礼を言わなくては...」 彼女はそう呟く。 「ああ。大将が喜んでくれたってわかったら、一兄も嬉しいだろうから、直接大将から礼を言ってくれると嬉しい」 薬研に言われて彼女は頷き、「いただきます」と手を合わせた。 薬研が黒文字を付けてくれているので、串から団子を外して口に運んだ。 薬研はもちろん串に齧り付いている。 「美味しいですね」 彼女がほほ笑むと薬研は困ったように笑った。 兄が彼女にと寄越した団子で自分が美味しい目に遭っている。 (今度一兄になんかお返ししておくか) 「薬研さん?」 「ああ、いや。すまん。大将、一緒に万屋に行ってみないか?団子はみたらし以外にもあるぜ」 そう言われて彼女は困ったように笑う。 「外は、怖いです」 そう言われて「そうか」と薬研は頷く。 無理強いはしない。彼女の脚では長い間歩くのも大変だろう。 おやつ休憩を終わらせて、彼女は庭に出たがった。 片づけは後でいいだろうと薬研は頷き、彼女を支えて庭に降りた。 彼女は庭の草木を楽しむその傍らで、何故か大きな枝を探している。 手ごろそうなものを拾っては「違うなぁ」と呟いて庭の端に持っていく。 「大将?」 「はい?」 「何で、いつもそんな大きな枝を手に取ってるんだ?」 不思議だった。 薬研に問われて彼女は恥ずかしそうに言う。 「杖がほしいなって思って」 「杖?俺っちたちが支えてるだけじゃだめなのか?」 不思議そうに薬研が問うと「お手洗いまで連れて行ってもらったりするのが、その...」と言葉を濁された。 必要なことだから、と思っていたが彼女はそうではないらしい。 「...そうか。そいつは、気が利かなくて...」 「いえ、あの。迷惑とかそういう事じゃないですよ。皆さんの手を借りないとできないのはわかってるんですけど...お手洗いはちょっと恥ずかしいというか」 彼女が俯く。 「ああ、うん。わかった」 良くわからないが、わかった。とにかく、彼女は杖がほしいらしい。 その数日後の遠征時に、ふと店頭で杖を見かけた。 用件は済ませており、あとは帰るだけだ。 薬研は駆けてその店の前に立つ。 その店に並んでいる杖は瀟洒なものは少なかったが、簡素で頑丈そうなものが多かった。 「お客さん、探し物かい?」 「いや、ああ」 曖昧に返事をする。 「店主、これはいくらだ?」 「ん?ああ、それは」 金額を聞いて少し悩む。 「薬研!」 部隊長をしている獅子王にこえを掛けられた。 「ああ、今行く」 そう返事をして駆けていく。 一度店を振りかえった。 (あれがいいな...) (薬研がおかしい) ほうとため息を吐きながら一期はそんなことを思っていた。 万屋に誘っても「また今度誘ってくれ」と言って断る。 弟たちも薬研が最近付き合い悪いと言っていた。 何か思い悩んだ様子も見受けられる。手合せの時によそ見をしていてたんこぶを作ったと乱が首を傾げながら言っていた。 薬研はどちらかと言えば隙のない子だと思っていたのに。 昨日の事だ。 短刀の部屋の中から何やら音が聞こえたので、一期が声を掛けてみると慌てた薬研の声が返ってきた。 障子を開けてみると、彼は自分の金子を数えていたかのようで、それを隠している。 兄として、それを見なかったことにしたが、何か必要なものがあるのなら相談してくれればいいと思った。 可愛い弟たち、平等に接するつもりだが、それでも力になれることがあれば兄としていつでも力を貸すつもりだというのに... 「凄いため息ですね」 声を掛けられて一期は慌てた。 「主」 「しかも、わたしに気づいていないのは中々新鮮ですね」 彼女は笑う。 「申し訳ございません」 「いいえ。楽しかったです。何か悩み事ですか?解決しないでも話すと楽になると聞きますよ」 彼女はそう言って首を傾げる。 「いいえ、主の御手を煩わせるわけにはまいりませんから」 「そうですか。兄弟喧嘩ですか?」 と聞いてきた。 「いいえ、喧嘩などしておりません」 「粟田口さんは兄弟が多いから、お兄さんは難しいところがあるのかもしれませんね」 彼女は何か納得したように言う。 「いえ、喧嘩などでは...」 もう一度一期が言うが、彼女はその言葉を汲むことなく頷いてその場を去っていく。 背中を見送ってため息を吐いた一期はハタと気付いた。 彼女が一人で本丸の中を歩いている。 「主、お供致します」 今日は誰が側付きの当番だったか、と考えながら慌てて一期は彼女の後を追ったのだった。 「...そんなに心配を掛けちまってたのか」 ガシガシと薬研は頭を掻く。 本日の出陣の編成に組まれた薬研は桶狭間に向かっていた。 道中、和泉守に兄の話を聞いた。 昨晩は太刀の部屋は宴会をしていたらしい。 翌日遠征や出陣がある者があっても気にせずにそういう事をするのが太刀だという。 因みに、基本的に刀剣ごとに部屋に振られているので、集団生活だ。 短刀は体が小さくても人数が多いから、二部屋をひとつの部屋として使っている。 槍と薙刀は元々人が少ないので、今のところ同室となっている。 それはともかく。 その宴会の席で一期が零したらしい。 「薬研が、頼ってくれないのです」 相当酔っているな、と周囲は少しだけ距離を置いた。 その後も独り言を繰り返して彼は弟の話をしていたという。 「...迷惑かけちまったな」 困ったな、と薬研の顔にも書いてある。 「いや、一期一振のあんな姿は中々見られないからな、面白かったぜ」 にっと笑って和泉守が言う。 「ちっと相談してみることにするよ」 「相談ってのは、相手を慮ってするもんじゃないだろうけどな」 そう言って和泉守は薬研の頭を乱暴に撫でた。 無事に帰還して夕餉を済ませた薬研は太刀部屋を訪ねた。 「一兄、いるか?」 「どうかしたのか」 そう言って障子が開く。 何処か嬉しそうな兄の表情でなんとなく昨日の様子を察した。 室内の太刀たちは何やら微笑ましいものを見守っている感じだ。 吐きたいため息を我慢して「ちょっと、相談があるんだ」と言うと「相談?」と聞き返す兄の声音はやはりどこか浮足立っていた。 一期が部屋を出て行くのを見送った太刀たちは苦笑する。 「できた弟だ。お前が言ったのか」 鶴丸が苦笑して和泉守に言う。今日の出陣で同じ部隊に編成されていたはずだ。 「少しな」 和泉守はそう返した。 「あれは、甘え下手なのであろうな」 ぽつりと小狐丸が呟く。主以外はあまり興味ないのだろうと思っていたが、意外と見ている。 「そうですね」 江雪は頷いた。 「それで、相談とは何かな?」 急かす兄に苦笑した。 「実はな」と言いかけて人の気配が近づいてきた。それは彼女の気配だ。 視線を向けると彼女がやってきていた。 「こんばんは」 夕餉の席でも会ったが、彼女が挨拶をしてきた。 「ああ、こんばんは。大将、どうした」 「お風呂です」 隣で彼女を支えている宗三はちらと一期と薬研を見下ろした。 「仲直りですか?」 彼女がからかうような口調で言う。 「仲直り?」 薬研が鸚鵡返しに問いながら首を傾げた。 「主、喧嘩ではないと申し上げました」 慌てて一期が言う。 「ですね」と彼女は笑い、「仲よくしてくださいね」と言って湯殿に向かって行った。 「薬研と一期は喧嘩をしていたのですか?」 彼らの姿が見えなくなってから宗三が問うた。 「いいえ。喧嘩ではないと言っていました。薬研さんは、大人びた人ですから、一人で何かをしようとしていたんじゃないですかね」 彼女が言うと 「この城に在る者の中で貴女より子供な者はおりませんよ」 と宗三に言われた。 そのとおりだと彼女は肩を竦める。 「それで、薬研。相談とは」 彼女たちの姿が見えなくなり、一期が促した。 「ああ、実は...」 薬研は最近の悩みを兄に話した。悩みというよりも計画だ。 それを聞いた一期は「それは、皆に話してはどうだろう」と言う。 「...だな」 薬研は頷いた。 本当はわかっていた。皆に相談した方が話が早いという事は。 だが、自分一人で何とかしたかった。それは小さな我儘だった。 「早速皆に声を掛けてみよう。ちょうど主は湯浴みをされているはずだ」 一期がそう言い「そうだな」と薬研は頷いた。 「宗三の旦那」 脱衣所の前に侍っている彼に声を掛けた。 「何ですか?」 彼はゆったりと薬研に視線を向けた。 「ちょっと、広間に来てくれないか」 「主の側を離れろと?」 「すぐに済む」 そう言った薬研に宗三は難色を示した。 「宗三さん?」 「はい」 「何かありましたか?」 風呂の中から彼女の声が聞こえてきた。 「大将、ちょっと宗三の旦那借りてっていいか」 「何ですか」 薬研の言葉に抗議の声を向ける宗三だが、「いいですよ」と彼女が言う。 「主」 不愉快そうに宗三が声を掛けるが、「髪を洗い始めたばかりなので、まだ時間がかかりますし。皆さんで何かお話があるなら...でも、終わったらすぐに返してくださいね」と彼女が言う。 「...まあ、僕はあなたの物ですけどね」 「返して」という所有の言葉を口にされて宗三はまんざらでもない様子だった。 「じゃあ、ちょっと借りるな」 「はい」 「...何かあったらちゃんと僕を呼んでくださいよ」 そう声を掛けて宗三は不承不承で広間に向かった。 「それで、何ですか」 広間についた途端宗三が不機嫌に話を促した。 「実は」と言って話し始めた薬研の言葉に多くの者が首を傾げた。 「厠について行くくらい別に構わないんじゃないのか?」 同田貫がいうと「待ってください」と前田が声を上げた。 「どうした?」 「まさかみなさん、主が用を済ませるまで扉の前で待っているとかそういう...」 そりゃそうだろうという顔でうなずく者たちを目にして前田は天を仰いだ。 「もう少し、女人に対して心配りをなさってください」 叱られた。彼らは隣近くにいる者たちと視線を合わせる。今までの彼女への対応、拙かったらしい。 「まあ、とにかく。物を欲しがらない主が何かを欲しいというならそれを求めてあげればいいんだよね」 「ただ、城の金で買うと言ったら、大将はおそらく要らないというだろう」 薬研が言うと皆は頷く。 城の金は彼女のものだ。だから、それから何かを買うとなると彼女の了解を得なくてはならない。給金が出ている今、皆は自分の求めるものは自分で購入している。 燭台切も、城の事でいつもの出費以外のものがあれば彼女に一言断って支出している。 つまり、彼女の杖を城の金から出そうとしたら彼女に話をしなくてはならない。そうなると「要らない」と言いかねない。恥ずかしいのを我慢すればいいのだから、と。 だから、薬研は自分の給金で購入しようと思った。 しかし、先日目にした物は意外と高く、購入するまでにまだ時間がかかりそうだ。 早ければ早い方がいいだろうに。 そして、出来れば自分からの贈り物にしたかった。 だが、ここで皆に話をした以上、おそらく“みんなから”となる。 少しだけ我儘をしたかったのだ。 「あたしは賛成だよ。主がほしいなら買ってあげたいし。一口乗った」 次郎が手を挙げる。 「可愛いのにしようよ」 そう言って加州も手を挙げる。 結局皆がその話に乗った。 それからひと月後の事。 朝食が終わり、彼女が席を立とうとすると薬研に呼び止められた。 「何かありましたか?」 不安そうに彼女が問う。 「大将、これをみんなから」 そう言って彼女の前に杖を置いた。 「これは...」 「大将が一人になりたいときもあるだろうし、その時に会った方がいいだろう?勿論、俺っちたちは傍に居たいとは思っているけど、まあ、色々あるだろう。ただ、一人になるときも、出来れば誰かの目の届くところにいてくれ」 目の前に置かれた杖を彼女は手に取る。 簡素な、すっきりしたデザインだった。 飾りがついて瀟洒なものだったら、勿体なくて使えなかっただろうが、これなら普段から使うのも気を遣わずに済む。手入れの仕方は誰か知っているだろうか。 「あと、ちょっといいか」 そう言って手を差し出してきたので、持っていた杖を渡した。 「これは、ここを捻ると...」 杖の持ち手を捻って引くと刃が現れた。 「仕込み杖なんだ。さっきも言ったように、俺っちたちの目の届くところにいてもらいたいけど、そうもいかない時もあるかもしれない。だから、その時に何かあったら、これで時間を稼いでほしい。その間に必ず俺っちたちの誰かが大将の下に駆けつけて守る」 刃物を持たせてもらえるとは思っていなかった彼女は驚き、そして頷いた。 「もらって、くれるか?」 覗うように薬研が言う。 「はい、皆さん、ありがとうございます」 彼女は杖を前において両手をつき、深く頭を下げた。 「主、だからさー。俺たちに頭下げ過ぎ」 不満げに加州が言う。 顔を上げた彼女は困ったように笑っていた。 彼女の杖に関しては中々意見がまとまらなかった。 彼女に杖を贈るという事については皆の意見は合致していたが、デザインを瀟洒なものにするか、簡素なものにするかでひと悶着があり、仕込み杖にするかどうかも問題になった。 結局今の物に落ち着いて、薬研が目を付けていた時代の店に注文を下。彼女の体に合うものにしなくてはいけない。 そんな経緯で、結局ひと月も時間がかかってしまった。 「薬研さん」 内番の畑仕事の当番をしていると声を掛けられて薬研は振り返る。 彼女が早速杖を使っている。 「どうだ、杖の調子は」 「とてもいいです」 「今日は...」 「江雪さんですよ。ほら、あそこ」 彼女が振り返る。 その視線を辿ると縁側でゆったりと座っている江雪の姿が見えた。 「庭に降りていいですかって聞いたら、「貴女の城ですよ。どうぞ」って言ってくださったんです」 嬉しそうに話す彼女の姿を見て薬研は頬が緩む。 「薬研さん、ありがとうございます」 そう言って彼女は頭を下げた。 「ん?」 「これの発案は薬研さんと読んでいます」 そう言って彼女は握っている杖の持ち手にもう片方の手を添えた。 「理由は?」 「杖の話は、薬研さんにしかしてなかったんです」 そう言われて薬研は瞠目し、「他の者たちに言ったのは拙かったか?」と問う。 「いいえ、いずれ気づかれていたと思います。庭に降りるたびに立派な枝を拾っていたんですから」 そう言って彼女は笑い、「ありがとうございました」と改めて礼を言って背を向けて歩き出す。 「ああ、そうか...」 杖を持ったことで彼女を支えてやる必要がなくなってしまった。 いつも彼女を支えていた手を眺めて薬研は苦笑いを浮かべた。少しだけ寂しく感じてしまった。 |
桜風
15.8.31
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