めぐり逢ひて 拾漆





外出しようと門に向かった鶴丸は、自身の目にしたものが一瞬理解できず、足を止める。

「こいつは驚いた」

思わず声を漏らした。


◇◆


「主、違います」

「ううう...」

算盤をはじいていた彼女は肩を落として唸った。

相も変わらず上達しない算術に、教えてくれる方が呆れていないか心配になる。

「ほら、頑張って」

少し離れたところからの応援は歌仙だった。

今日は歌仙が側付きの当番となっているが、彼は計算が苦手と公言していることもあり、偶々手が空いていた長谷部が算術の指導を買って出てくれた。

中々手厳しい彼の指導に彼女はめげそうになるが、たまに合いの手のように掛けられる「頑張って」に励まされ、机に向かっている。

どたどたと賑やかな足音が聞こえた。獅子王が部屋の柱に手をかけてそのままくるりと部屋に飛び込みながら「大変だ!」と言った。

「どうしたんだい、獅子王。優雅さのかけらも「そんなもん後で考える」

歌仙の言葉を遮って彼がそう言った。

「どうしたんですか?落ち着いてください」

呼吸を整えている獅子王に彼女が声を掛けると「へー、どこの本丸も同じ造りなんだねー」と知らない声が聞こえて、彼女に緊張が走り、のんびり構えていた歌仙も警戒の色を見せた。

「どうもー、初めましてー」

そう言って知らない男がひょっこりと姿を現す。その傍には獅子王、加州、長谷部、鶴丸がいた。

「って、あれ?!」

彼はそう言った後、彼女を指差して名を口にする。

彼女の本名を知らない歌仙たちは一瞬覗うように彼女に視線を向けた。

「申し訳ありません、どなたでしょうか」

「あ、あれ?違ったかな」

ガシガシと頭を掻いた彼はバツが悪そうに苦笑して自己紹介をした。

「俺も審神者なんだ」

その言葉に長谷部たちは緊張を解いた。同業者ならきっと危険なことはないだろう、と。

だが、歌仙はそのまま警戒を続ける。

何より、同業者である彼女が警戒を解いていない。

「だ、だからか」

獅子王が深く息を吐いた。

「主、何か俺みたいなの見たんだけど...あれ?」

のんびりやってきた加州が知らない人間の存在に首を傾げた。そして、先ほど目にした“それ”を値踏みするように見る。

「加州?!」

獅子王が声を上げる。

「ん?あー、あんたもいたんだね」

あまり興味ないのでしっかりと観察をしたわけではないが、目の前に2人いる。

「とにかく、ここは主の私室だ。控えてもらおう」

歌仙がそう言った。

「そうか。うん、そうだね。ねえ、同業者同士情報交換と行かないか?」

審神者を名乗る男がそう言い、彼女は頷いた。

「...構いませんよ。へし切長谷部。この方たちを広間にお通しして。他にお連れになった方があれば全員ご招待して」

いつも“長谷部さん”と呼ぶ彼女がそう言った。

長谷部は「仰せのままに」と返事をして「こちらです」と案内を始める。

「わたしは、着替えてまいります」と言うと「そのままでいいのに」

審神者を名乗る男が返す。

「いいえ、お客様の前に出ていいかっこうではないので」

そう返した彼女に「わかったよ」と彼は返して長谷部の案内に応じた。



「加州清光」

彼女が呼ぶと彼は眉を上げた。

「堀川国広に、お客様にお茶をお出しするように声をかけてきて」

「わかった」

そう言って部屋を後にする。

「では、僕達も」

そう言って席を外そうとした歌仙だったが、彼女はそれを止めた。

「式神さん」

彼女が呼ぶと式神が何処からともなく現れ、着替えるために彼女と共に几帳の奥へと向かった。

彼女がこちらにやってきたときにはずっと姿を現していたのだが、式神が姿を現している間は術者にも負担がかかると聞いて、必要な時だけ呼ぶようにしている。昼間は誰かしら当番で側付きをしてくれるし、夜も寝ずの番があるため、ある程度身の回りのことはなるべく自分でするようにしているのだ。

ただし、着替えは一人では難しいため、大抵式神に手伝ってもらっている。

「主は、警戒したままのようだけど?」

几帳の向こうで着替えている彼女に歌仙が声をかけた。

「え、同業者なのに?」

獅子王が疑問を口にする。

「わたしたち審神者は、他の審神者との接触は禁止されています。先ほど、獅子王さんが駆けこんで来たのは、加州さんと同じ理由だったのではありませんか?」

加州は自分がいるんだけど、とやってきた。

「あ、うん。俺が居たからびっくりして」

「審神者は色んな時代に配置されています。よって、その時の皆さんがその場にいるんです」

「つまり、別の審神者の元には別の僕がいるということかい?」

歌仙が確認すると「そうです」と彼女が言う。

「主、清光に言われてきたんだけど」

大和守がやってきた。

加州は堀川に伝言があるから大和守を代わりに寄越したのだろう。

「お上の中でもかなりの機密事項らしいのですが、今、審神者の中で裏切り者が多発しているらしいのです」

「裏切り者?!」

「審神者が、自分が顕現させた刀剣を使って審神者を殺めるという事件です。審神者を殺められてしまった刀剣は、あちら側に行ってしまうそうです」

「つまり、彼が裏切り者という...」

「わかりませんが、わたしはそれを疑っています。

先ほども言ったように、審神者同士の接触が禁止されている原則がある中、他の審神者の城にやってくる事はありえません。禁忌なのですから。

少なくとも、刀剣男士と呼ばれる皆さん..彼らを供を付けてくるのはもっての外です。場の混乱を招きますからね」

衣擦れの音が止んで彼女が姿を現した。

「どうしたの、それ」

大和守が目を瞠って問う。彼女は、普段は着ないような刺繍の施してある美しい着物を着ていた。

「わたしがなぜ政府の..お上の中での機密事項を知っているとお思いですか?」

「えーと、何で?」

獅子王が問う。

「贔屓されているんです。可愛そうな身の上だからと。まあ、色々と事情があるんです。それで、これも用意されたものです。

他の審神者に会うことは想定されてなかったでしょうけど、たとえば城下の有力者との謁見があった場合に普段着では舐められてしまうと言って、態々誂えてくださったんですよ」

苦笑して彼女が言う。

「取り敢えず、警戒は続けるつもりです。お気づきかと思いますが、皆さんの呼び方はいつもよりも、少し..随分と偉そうにさせていただきます」

「それは全く構わないよ」

「近侍は、歌仙さんで。あと、今外に出ていない短刀は誰がいますか?」

彼女の問いに「今剣をさっき見かけたかな」と大和守が言う。

「秋田も、確か...」

「蛍丸さんもたしか今日はお出かけをしないと言ってましたね」

「いたね」

彼女の確認に歌仙が頷く。

「では、今剣さん、秋田さん、蛍丸さん..蜻蛉切さん..いや、燭台切さんと鶴丸さん、岩融さんの6人で外に出てください」

「俺もか!驚きだな」

いつの間にかやってきた鶴丸が言う。

「はい。今遠征に出ている人たちを足止めをして城外で待機。周辺の様子も探っていてください。

この城が原因で城下に被害が出るのは嫌です。城下を守ってください。この城で何かあったと察しても、城下の安全を確認してから戻ってきてください。これは、厳命です」

鶴丸の目を見て彼女が“厳命”と言った。

「拝命しました」

鶴丸は膝をついて頭を下げる。

「お願いします」

「主、だけどそうしたらここが手薄に...」

「半分は残っているじゃないですか」

彼女は笑った。

「もし、何かあったとしても、あちらの審神者の命は奪わないでください。色々と情報を提供していただく必要が出てくると思いますので」

「難しいことを言うね」

苦笑して歌仙が言った。

「大丈夫です」

根拠はないが、彼女はそう言い切った。

「皆さんは、わたしが守ります」



「杖は使わないのかい?」

「できるだけ侮ってもらわないと。歌仙さん、ごめんなさい。色々と我慢していただくことになると思います」

「いいよ、君の命令に従う」

歌仙の手を借りながら歩く彼女は深く息を吐いて「よし」と気合を入れて広間に入った。

「失礼ですよ」

広間に入った途端、堀川の抗議の声が聞こえた。

「堀川国広、どうしたのですか?」

先ほど加州から彼女の様子を聞いていたので、呼び名については気にならなかったが、出で立ちには驚いた。

「あ、主さん。えーと...」

「毒見は基本だろう」

あちらの長谷部が言う。

なるほど、と彼女は納得した。

「堀川国広、皆様のお茶をお下げして。代わりに、お湯を入れた鉄瓶と急須、茶葉を持ってきて」

不満そうな表情を浮かべたが「わかりました」と彼は承諾し、言われたとおりに茶を下げた。

そして、そう間を置くことなく彼女に言われたものを持ってきた。

「君が淹れてくれるのか?」

審神者が言う。

「はい」

そう言って目の前で茶を淹れた。燭台切に教えてもらってかなり上達している。

「歌仙兼定。皆様に」

そう言って向けてきた彼女の視線は申し訳なさいっぱいで、彼は思わず笑いそうになった。

「御意」と頭を下げ、彼女の側に近づいた歌仙は「大丈夫だよ」と小さく声をかけて皆に茶を配る。

「じゃあ、頂こう」

そう言って茶に手を伸ばした審神者を「主」とあちらの長谷部が止めた。

「ああ、そうですね」と彼女は納得し、まずは自分が口を付けた。


「あいつ、斬っていいよね?」

座った目をして加州が呟く。

隣の部屋との境の襖を少しだけ開けて広間の様子を盗み見していた。

相手には気づかれているだろうが、そんなことはお構いなしだ。

長谷部はすでに腰の刀に手をやっている。

「だーめ。ほら、主の話をみんなに伝えるから」

そう言って部屋を移動するように大和守が促した。

大和守は先ほど彼女から聞いた話をみんなに伝える。

「ふーん...あの子、意外とやるね」

愉快そうに次郎が言う。

「というわけだから、警戒を厳に。何かあっても援軍は基本的にないと思って」

「向こうは、援軍の可能性あるよね」

堀川が言う。

「高いと思う。あと、たぶん..火計の可能性を主は見てるんじゃないかな」

「どうしてそう思うんだよ」

大和守の言葉に加州が疑問を口にした。


「燭台切を外に出した。彼は色々と器用に卒なくこなすだろうから、近くに置いていた方が正直楽なんじゃないかな」

「そうだね」

石切丸が頷いた。

何だかんだでこの城を切り盛りしているのは彼だ。

「最初、蜻蛉切を外に出そうとしていたのに、燭台切に変えたんだ」

「でも、火計..火事なら主だって嫌な思い出じゃないか」

加州が呟く。

「うん。でも、今、主は不在にできないからね」

大和守が頷いた。

「あいつら、このまま城にとどまるのかな?」

堀川が嫌そうに呟いた。

「少なくとも今日は泊まるんじゃないかな?」

大和守が頷くと、堀川は顔を顰めた。



「あれ、出陣かい?」

門に向かって行く一団を目にした審神者が疑問を口にした。

「彼らは、今日は蛍狩りに行くと言っていましたから」

「暇なんですね」

あちらの加州が言う。

「偶の息抜きも大切と考えています」

彼女が返すと

「そうかもしれませんね。ご挨拶はされたのですか?」

「挨拶ですか?」

「ええ、二度と会えなくなるかもしれないでしょう?」

意味ありげに笑っていうあちらの長谷部に「出陣というわけではありませんから」と彼女は返してにこりとほほ笑んだ。









桜風
15.11.25


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