めぐり逢ひて 拾捌





案の定、彼らは一晩泊めてほしいと言った。

彼女はそれを承諾し、部屋を用意するように指示を出す。

「ところで、ひとつ伺いたいのですが」

「何だい?」

審神者が返す。

「審神者同士の接触は固く禁じられていたはずですが?」

探りを入れてみた。

「あれ?まだ君の所には通達来てないのかな?それは解禁となったんだよ。最近政府を裏切る審神者が出てきているんだ。その警戒のために横のつながりも大切だって」

「そうだったんですね。存じませんでした。情報提供、ありがとうございます」

彼女は頭を下げた。

「いいって。でも、本当に違うのかな?」

彼はそう言って彼女の名を呼ぶ。

「...わたしは、幼い頃に火事に遭って両親を亡くしています。親戚に引き取ってもらってこうして無事に成長することができました。その火事が原因かどうかは不明なのですが、記憶が混濁してるんです。鯰尾藤四郎や骨喰藤四郎も似たようなことを言っていると思います。それに近い状態ですね」

「その足は、火事が原因で?」

あちらの長谷部が言う。

傷は見えないが、動きが悪いのは明白だ。何より、歌仙に支えてもらっている。

「はい。城はこのように日本家屋なので難儀しています。一人で歩くことがなかなか難しくて...」

彼女が頷くと「そうですか」と彼は相槌を打った。



夕餉は宴となった。

「女中とか、町から出させればいいのに」

審神者が彼女に言う。

「いいえ、普段は間に合っていますので。ですが、色々とお見苦しい点があると思います。申し訳ありません」

「まあ、それぞれあると思うからいいけど」

そう言いながら彼は彼女に杯を渡す。

「わたしは、お酒は飲めないんです。甘酒で酔っぱらって眠ってしまうくらいで」

「主の酒を断るというの?」

ギロリと睨んであちらの加州が言った。

「...では、一口だけ」

そう言って杯を受けることにした。

一口だけ、という彼女の杯には並々と酒が注がれる。

(薬研さん、信じます)

彼女はそれを一気に煽った。


夕餉の宴の前に彼女は次郎に声を掛けた。

以前、次郎が薬研から薬をもらっているのを目撃していたのだ。

翌日出陣というのに、酒をどうしても飲みたい、飲まないと力が出ないと言っていたので、薬研が盛大なため息を吐いて薬を用意してくれていたのだ。

酔いを抑えると彼は言っていた。

実際に効いたのかと次郎に聞くと、彼は笑いながら「アタシ、よくよく考えたらさ、いつも酔っぱらってるから関係なかったよ。あっはっはー」と言われた。

とはいえ、彼の薬の効能にはこの城内で定評がある。

だから、次郎からもらった薬をこの宴の前に飲んでおいた。

物凄く苦かった。これは絶対、次郎に対するお仕置き要素も入っていると確信するくらいに苦かった。



宴も酣とその場がお開きとなった。

自室に向かっていると別の部屋から腕が伸びて引き込まれた。

「主」と慌てて歌仙が追う。

「何をしているんだい、一体」

呆れた表情を浮かべて歌仙が窘める。

そこに居たのは、加州と大和守だった。

「あの、加州さん。それはわたしの寝間着...」

「うん。あいつらにはあの部屋が主の部屋だって露見してるだろう?だから、俺が身代わりになるから」

さらっと言われて彼女はきょとんとした。

「はい?!」

「俺なら、何かあってもすぐに反応できるし」

「着替えなさい。せめて外にすぐに出られる格好で寝所に行きなさい」

ため息交じりに歌仙が言う。

「歌仙さん!」

彼女が窘めるが

「これ、ダメかな?」

「やっぱ、いつもの服に着替えたら?」

と、取りあおうとしない。

「ちょっと!」

「まあ、裾、短いしね。着替えてくるよ」

「待ってください。身代わりって!」

彼女が強く声をかけた。

「戦ってのは、敵将を討てば勝ちなんだよ。ウチの将は主だろう?主が討たれたら、俺たちはあちらに行くことになる。それは避けなきゃいけない。
だったら、戦える誰かが身代わりになるべきだ。何もなけりゃそれでいいし」

加州がそう言った。

「それとも、一緒に寝る?」

からかうように加州が言うと

「加州」「清光」

と歌仙と大和守が冷やかな声音で名を呼んだ。

「冗談だって!んじゃ、着替えてきまーす」

そう言って彼は部屋を後にした。

「これ、主の杖ね」

大和守が手渡してくれた。

「作戦としては僕も賛成だよ。取り敢えずこの部屋で待機しようか。先ほど、酒を口にしていたけど眠くはないかい?」

そう言って歌仙が腰を下ろした。

「大丈夫です。それよりも、着替えたいです」

彼女の言葉に歌仙は眉を上げた。

「そのままでもいいんじゃないかな?雅で」

「何かあった時、この雅だと動けません」

彼女の言葉に彼は「わかったよ」と言い、「式神を呼んでくれないか。服は僕が此処に持ってくるけど、着替えは彼女に手伝ってもらわなきゃいけないだろう?」と部屋を出て行った。


夜半、彼女の部屋の前に人影があった。

足音を忍ばせて近づいたそれは刀を振り上げて勢いよく振り下ろした。

「加州、何をしている!彼女は殺すな!!」

審神者がいう。

「こいつ殺したら、俺はあの人に愛してもらえるんだ」

昏く沈んだ眸でそういう。

「あの人って誰?」

間一髪で避けた加州は抜刀して構えた。

「あ...」

自分が狙ったのが彼女ではないことに気づいたあちらの加州は動揺を見せた。

「俺の主の寝間に土足で踏み込むなんて、いい度胸だね」

そう言って一閃、刀を振るった。

間一髪で避けたあちらの加州はそのまま庭に出ていく。

「加州!」

そう声をかけて審神者もそれを追った。

「何か、様子が変だな...」

あの加州は主に気に入られようとしているのではなく、主ではない誰かにご執心のようだ。

庭先でも鍔迫り合いの音が聞こえ始める。

「おっと、乗り遅れる」

そう言って加州は庭に飛び出した。

人に土足がどうのと言っておきながら、実は自分も土足だった。


彼女は障子の隙間からそっと庭の様子を見ていた。

「主、ここで静かにしているんだよ」

「はい」

音を忍ばせて部屋を出ていく歌仙を見送り、彼女は息を潜めていた。

自分が出ていっても足手まといになるのは明白で、むしろ本当に足かせにしかならない可能性がある。

カタリと音がしたような気がして振り返った。

「探しましたよ、主。ご無事で何よりです」

そう言って声をかけてきたのは長谷部の姿をした者だった。

だが、これは長谷部ではない。

彼女はとっさに障子を開けて廊下に出た。

「主、どうされました?長谷部ですよ」

「違う!うちの長谷部さんじゃない」

杖をついて必死に逃げるが、相手はにやにやと嫌な笑いを浮かべてゆっくりと追いかけてくる。

じわじわと嬲られるようなその感覚に戦慄した。



「助けて」と彼女の声が耳に届いた。

審神者を縛り上げている歌仙が「行ってくれ」と長谷部に言う。

遠くに見えるのは主と自分の姿をした男だった。

「主!」

彼女は縁側から庭に転び出た。

だが、着地を失敗して立ち上がれない。

地面に這い蹲った彼女の脚をあちらの長谷部が踏みつけた。

「おや。鬼ごっこはお終いですか、主。不自由なのは、こちらの脚でしたね」

「貴様!主から離れろ!!」

「今頃やってきたのか。駄犬め」

「お前の主は捕縛した」

「何だ、もう掴まったのか。愚図な奴だ」

吐き捨てるように言う彼に長谷部はどこか得心がいった。

彼は、あの審神者を「主」と呼んでいたが、主として慕ってはいないと思た。

何度か主と呼びながらも侮蔑の表情を孕んだ眸を向けていたのだ。

ギリッと奥歯をかみしめる。

足を踏みつけられて苦悶の表情を浮かべている彼女を目にした長谷部は急に腹の底が冷えた気がした。

「へし切長谷部の名の由来、今ここで再現してやろう」

そう言ってあちらの長谷部が彼女の首元に刃を突きつける。

だが、そのすぐ後に「ぐあっ」と悲鳴を上げた。

彼女は目の前の砂を掴み、体を捻ってそれを相手の顔に叩きつけた。

以前、和泉守と話をしたときに目つぶしの事を聞いた。

「武士らしくないですね」というと「戦場では勝たなきゃならない。卑怯でもなんでも、勝たなきゃいけないんだよ」と彼は笑った。

自分が討たれれば負けだと彼らは言っていた。だから、ここで討たれるわけにはいかない。

何とか立ち上がって駆けだそうとすると髪を掴まれ、引っ張られた。

彼女はとっさに杖の握りの部分を捻り、隠し刀を取り出した。

刃を見たあちらの長谷部は一瞬警戒した。

その隙に、彼女は自分の髪をそれで切ってそのまま転びそうになりながら長谷部の元に辿り着く。

昏い眸をしている長谷部の頬を打った。

「へし切長谷部!何をしているの。命令よ、わたしを守りなさい!!」

彼の顔を両手で包んで眸を覗き込みながら彼女が言い放つ。

ふっと瞳の色が戻ってきた長谷部は「仰せのままに」と頭を垂れた。

視界の外から突然大きな影が躍り出てきた。

「ウチの主になんてことしてくれてんの!」

遅ればせながらやってきた次郎があちらの長谷部を躊躇いもなく、文字通り一刀両断した。

「あんたも!足が速いんだからとっとと主を守りなさいよね!!」

長谷部はぽかんと次郎を見上げた。

「主、大丈夫?ああー、髪が...」

嘆く次郎に彼女は「髪は放っておいても伸びてきますよ」と笑う。

「何か、自分と同じ姿かたちの奴を破壊するのって気持ち悪いな」

そう言いながら獅子王がやってきた。

「そう?」と加州は首を傾げ、そして彼女を見て悲鳴に近い声を上げた。

「俺の、主の俺の髪」

「わたしの髪はわたしのものなんですけど...」

半眼になって彼女が抗議する。

「主、満身創痍になってしまったね。近侍というのに、傍を離れて申し訳ない」

「いいえ。それで...」

そう言って歌仙が連れてきた男を見た。

「あなたには、わたしたちの時代に戻っていただきます」

「殺さないので?」

しれっと長谷部が言う。

「殺さないのです。色々と知っていることを全部話してもらいます」

「俺が拷問しますが?」

「いいから。長谷部さん、ちょっと黙っててください」

彼女にそう言われて長谷部はシュンとなった。


不意に空が明るくなった。

見上げると火矢が飛んできている。

「主、こちらに」

そう言って長谷部が彼女を抱き上げて建物から距離を取る。

捕縛した審神者も建物から遠ざけた。

「わー、えげつないなぁ」

加州がそう呟いて彼女をそっと見た。

彼女の口が小さく動いたのを目撃してしまった彼は少し離れた池に向かって行く。

ザバンと水音がして皆が振り返ると加州が水につけた上着を被いていた。

「ちょっと待ってなよ、主」

そう言って彼は駆けて行く。

「清光!?」

「加州さん、ダメです!戻って!!」

「主、いけません」

彼女が加州を追いかけようとするのを長谷部が止めた。

「加州さん」と彼女は泣きながら何度も彼を呼んだ。

炎はダメだ。自分の大切な人を連れていく。

「このままじゃ城下まで火が飛んでいくかも...」

誰かが呟いた。

彼女はぐしっと涙を乱暴に拭いた。

「今燃えているのはわたしの部屋の付近ですね。太郎さん、次郎さん、石切丸さん、蜻蛉切さん。今燃えている部屋の隣の隣の部屋を潰してください。延焼を止めましょう」

「手入れ部屋も燃えているよ」

石切丸が言う。

「手入れ部屋は、離れなので他への延焼の心配はありません。今火を消しても機能するかどうかわからないので、延焼を止めることを最優先に。他にも手伝える人は手伝ってください」

「僕達は外を回ってきます。火矢を放ってるやつらが近くにいるはずだし」

そう言って堀川が数人と外に出て行った。

皆が散って、そして彼女は炎を見つめた。


暫くして炎の中から人影が出てきた。

彼女は駆けだそうとしたが、「主はここでお待ちください」と言って長谷部が駆けていく。

彼女は何度も転びそうになりながら池に向かい、自分の着ている着物を1枚脱いで水に浸けた。

重くなったそれを抱えて何とか戻ってきた加州の元に辿り着く。

「加州さん」

声を掛けながら水に浸った着物をかけた。酷い火傷を負っている。

手入れを、と思って振りかえって彼女は天を仰いだ。

手入れ部屋は燃えているのだ。

「加州さん、大丈夫ですか?」

「ほら、主。宝物」

浅い息をしながら彼が懐から出したのは、彼女が大切にしていた写真だった。

炎を見て彼女は知らず呟いていたのだった。「お父さん、お母さん」と。

それを加州は目撃してしまった。

写真の存在をどれだけの仲間が知っているかは知らない。

だが、彼女から話を聞いて、彼女がそれを大切にしているのを自分は知っている。

だから、自分が行かなくてはならないと思ったのだ。

「何で、こんなことをするんですか」

彼女は泣きながら言う。

「だって、大切だろう?」

加州は薄く笑った。

「加州さんも同じくらい大切です」

「そこは、俺の方が大切って言ってよ」

そう言って加州の体の力が抜けた。

「加州さん?!」

「気を失っただけです。息はあります」

だが、このままだと危険なことには変わりない。

燃え盛る本丸を見上げ、長谷部は小さく毒づいた。









桜風
15.11.30


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