めぐり逢ひて 弐拾
| 彼女が自分の時代に戻ってからすでに10日経過した。 手入れ部屋の建物自体は何とか復元できたが、やはり以前のような効果はない。今の状態ではただの小屋だ。 手入れ部屋を復元するのに、城下の大工に頼んだ。 あまり人間をこの城に立ち入らせたくないが、早い方がいいだろうということになった。 そもそも、元はと言えば、人間の方がこの城にやってきたのだ。 彼女が自分の時代に戻って数刻が過ぎたころに、門から「ごめんください」と声が聞こえた。 今後の事を話し合っていたところだったので城に居る仲間の殆どが居た。 「私が見てまいります」 そう言って前田が席を立った。 暫くして戻ってきた彼は少し困った様子を見せる。 「どうしたんだい?」 「城下の町の者が主君にお礼を申し上げたいと...それと、火事で大変だろうからと食料などを持ってきているのですが...」 「歌仙、出番だろう」 からかうように鶴丸が言う。 歌仙はため息を吐き、 「入ってすぐの部屋に通しなさい。僕が主の名代で相手をしよう」 と指示を出す。 「はい」と返事をして前田は下がった。 「少し外すよ」 そう言って歌仙は立ち上がる。 町の者を通した部屋に入ると、町の代表だという者が礼を口にする。 何の話だろうと思ったが、昨晩仲間たちが町を守ったことに対する礼のようだ。 「主の命を全うしただけの事だ。気にすることはない」 「ですが、お城が大変だというのに」 「主はそういうお方なんだ。しかし、礼と言われて無碍に断るのも態々足を運んでもらったのに悪いから少しだけ受け取るよ」 歌仙がそういうと彼は恐縮し、そして何か手伝えることはないかという。 「町に大工はいるか?」 「ええ、居ります。腕利きとほかの町からも依頼が来るほどの...お城を直すのに寄越しましょうか」 そう言われて少し悩んだ。 「いや、今はいい。少し検討したいことがあっただけだ」 そう言って歌仙はいったん話を終わらせた。 元の部屋に戻って皆に話をすると、予想通りに賛否両論だった。 外のものをこの城に入れたくないという者と、早く直した方がいいという者。 どちらも歌仙の中にあった思いだった。 結局手入れ部屋だけは大工に頼もうということになった。 自分たちの手入れは、建物ではなく場に何かまじないのようなものを施されていて効力があるかもしれない。それなら、建物が復元できればそのままこれまでのように使えるかもしれないという一縷の望みに賭けてみたのだ。 だが、その望みは叶えられなかった。 よって、加州はまだ重傷のまま眠っている。おそらく、あと1日2日だろうと薬研が言っていた。 最期に、主に会えればいいのにと皆が思っていた。 「主が中々帰ってこないから不安に思っている人たちも出てきてるよ」 食事の支度をしながら燭台切がいう。 「不安、か...不満でないだけマシというべきなのかもしれないね」 歌仙が応じた。 彼女が居なくなってから出陣はしていない。 負傷した時に回復する手立てがないからだ。戦力は落とさない方がいいだろう。また襲撃があった時に重傷者多数で城が陥とされたとなれば、主に面目が立たない。 ただし、何があってもいいように資源の備蓄を目的に遠征は行っている。 ふと、窓の外に小狐丸が見えた。 「彼もなんだかやつれたね」 歌仙の視線を辿った燭台切も「ああ、そうだね」と頷く。 「彼は、毎日主の部屋のあったところに行っているみたいだよ」 燭台切が言う。 「君も行っているのか?」 「僕は行かないよ。ただ、主が居なくなって5日くらい経った頃だったかな。夜中に目が冴えてしまってね、少し城内を散歩していたんだ。そしたら、彼がふらふら歩いているから少し心配になってついて行ってみたんだよ。主の時代と結ぶあの塗籠の前に座って見上げていた。僕はそのあと部屋に戻ったけど、彼は明け方まで部屋に戻ってこなかった。ずっと主を待ってるのかもね」 「毎月居なくなっているのと勝手が違うからね。あの時は、彼が毎回お迎えをしているが...」 視線の先にいる小狐丸がふらりと歩き出す。 また主の部屋のあった場所に行くのだろうと思い、彼らは静かに見送った。 ネギを切りながら「僕はね」と燭台切が呟く。 「加州君が、正直羨ましいんだよ」 「羨ましい?」 「僕が、もしもあの場にいたとしても火の海に飛び込むことはできなかったと思う。そこに主の大事なものがあったとしても、きっと僕は動けないよ」 「でも、僕は加州を誉める気にはなれないんだよね」 歌仙がポツリと呟く。 それは自分も同じだな、と燭台切は思った。 小狐丸は走った。 彼女の部屋のあった、今は無機質な四角い箱のような塗籠がぽつんとあるあの場所に。 ここ最近鍛錬を怠っていたので、足がもつれて転びそうになった。 それでも、何とか堪えて足を動かして進む。 彼女と約束した。 彼女が帰ってきたときには「おかえり」と言うと。 その約束を違えることはできない。 扉を開けた時、誰も居なければ彼女は不安に思う。怖いと思う。 ゆっくりと扉が開く。 中から押し出すように開くそれの隙間から焦がれた姿が見えた。 「うわぁ」 彼女が足を滑らせて体勢を崩す。 「ぬしさま!」 咄嗟に手を伸ばしたが、彼女は自力で体勢を整えた。 そして眼下にいる小狐丸に目を丸くしている。 「おかえりなさいませ、ぬしさま」 小狐丸が言う。 「ただいま帰りました。何でわかったんですか?」 彼女が問う。 「野生ゆえ」 いつものように答えた。 彼女はその答えに笑った。 |
桜風
15.12.10
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