めぐり逢ひて 弐拾壱





彼女が両手を小狐丸に向かって広げてきた。その意図を汲んで小狐丸は彼女の体を抱える。

「小狐丸さん、加州さんは?」

「まだ息はあるようです」

その返事を聞いて彼女は深く息を吐く。「良かった」と呟く。

「では、加州さんの部屋に連れて行ってください。超特急で」

彼女の言う“超特急”というのがイマイチわからないが、急げという意味は通じた。

「心得ました。しっかりお掴まりください」

そう返事をして小狐丸は駆けだす。

彼女を抱えて躓くなんてできない。

先ほどは上手く動かなかった脚も、不思議と軽やかだった。



加州の部屋の前に辿り着き、彼女を下ろす。

「入ります」

彼女が声をかけて障子を開けると大和守が居た。

「主...よかった、清光は最期に主に会えた」

ポツリと呟く大和守に「最期じゃありません」と彼女は言い放った。

「でも、手入れ部屋は直らなかったんだ。建て直したけど、手入れはできないんだよ」

彼の言葉に彼女が言った。

「わたしがいます」

小狐丸と大和守はぽかんとした。

そして、彼女は肩から掛けている少し大きめの鞄から刀の手入れに必要な道具一式を取り出した。

「まさか、主が?」

「はい」

「できるの?」

「やります。大和守さん、手伝ってください」

「え、うん...」

彼女の迫力に気おされながらも彼は頷いた。

自分たちが受けていた手順の手入れが行われる。

「あれ」

大和守が呟いた。

覗き込んでいた小狐丸も「ぬしさま」と驚きの声を漏らす。

確かに手入れが行われている。

酷く焼け爛れた加州の顔が、いつものそれに変わってきている。

「大和守さん、鞄から手伝い札を出してください」

彼女がちらと視線を向けたのは、先ほど手入れ道具一式を取り出した袋だ。

「うん」と返事をした大和守が彼女の鞄から手伝い札を取り出す。

「結構入ってるよ。どうしたの、これ」

「ボーナスだそうです」

ボーナスが何かわからないが「そうなんだ」と取り敢えず返事をした大和守は彼女に手伝い札を1枚渡す。

その札を使い、彼女は加州の手入れの効率を上げた。

間もなく、加州の傷はすべて塞がり、いつもの加州清光になった。

ただし、彼は目を覚まさない。

不安そうに彼女が大和守に視線を向けると「寝てるだけだよ」と彼が返す。

彼女はほっと胸をなでおろし、そして小狐丸を振りかえった。

「小狐丸さん、歌仙さんに声をかけてください。あと、手が空いてる人は広間に集まるように。わたしも間もなく向かいます」

「かしこまりました」

そう言って小狐丸が部屋を出ていく。


小狐丸が部屋を出ていくのを見送って彼女は畳に手をついて体を支えた。

「主、大丈夫?」

「結構疲れるものですね」

彼女は苦笑した。

「水、飲む?」

「いただきます」

加州が起きた時に欲しいというだろうと毎日用意していた。

湯呑に入れて彼女に渡す。

「ところで、主」

ゆっくりと水を飲んでいると声を掛けられた。

「はい?」

「その格好、何というか..意外なんだけど」

そう指摘されて彼女はハタと自分を見下ろし、

「あ、はい。殆ど飛び出す形で向こうから帰って来ましたから...」

恥ずかしげにもじもじしながら彼女が言う。



昨日、彼女の時代で検診を受けた。

こちらでいろいろと無理をしていないか、せっかく戻ってきたのだからついでに、と検診を受けた。

脚を踏まれたという話をしてしまったので余計に心配されたようだが、医師と政府の役人が話をしているのを偶然聞いてしまい、入院という単語が耳に入った。

入院して治るならまだしも、これはもう治らない。最初に政府に連れてこられた時に医師にそう言われていた。もう手遅れだと。

だったら入院してもなにもよくなるものはない。

むしろ、彼女は早く城に戻らなくてはならなかった。

「わたし、帰ります」

部屋にやってきた世話役に彼女は宣言した。

「ですが、入院をされると聞いております」

「早く戻らなきゃ間に合わないかもしれないんです」

――間に合わない。

自分の言葉にぞくりと悪寒が走る。

「ですが」

目の前の世話役は命じられているのだろうが、相手の事情を斟酌する余裕はない。

「帰ります」

こちらに戻ってきたときに、不便だろうからと渡された鞄をかけて、そして視界に入った手伝い札を鷲掴みにして鞄の中にねじ込んで部屋を出る。

「お待ちください」と止める声に反応する気はなく、ただ、自分の大切なものを守って負傷した大切な家族を想う。

杖があると便利だが、なくても歩けるくらいには丈夫になっており、だから彼女は歩いた。

審神者と人ならざる者しか通れない道まで行けば引き戻されることはないだろう。

歩む速度が遅いのはどうしようもないことだが、誰も彼女をつかまえて引き戻そうとしない。

不思議に思って振り返ると、初めて彼女を審神者として見つけた役人が彼女の後をゆっくりとついて歩いている。

長い鳥居の前で役人が足を止めた。

「どうか、ご無事で」

そういって深く頭を下げる。

彼女はぺこりと頭を下げて帰るべき場所へと向かった。



照れる彼女の様子に大和守は目を細めた。

「かわいいよ。清光が起きてたら、凄く張り切りそう」

「加州さんが目を覚ますまでに着替えなければ...」

彼女のつぶやきに大和守がくすりと笑う。

彼女が道具を鞄に仕舞っていると「主は、清光の傷を見ても平気そうだったね」と大和守が声をかけた。

加州はかなりひどい状況だった。火傷を負ったばかりの様子は見ていたが、日が経つにつれて傷が広がり、肌の色も日に日に悪くなっていた。

「まあ、そうですね。加州さんのあの状態は、わたしが見慣れているものと似ているんですよ」

自身の脚に手を添えて彼女は困ったように眉尻を下げて言う。「皆さんにはないしょですよ」と付け加えた。

「主はここかな」

障子の向こうから声が聞こえた。

「はい」と彼女が返事をすると障子が開いて歌仙がやってきた。

「これは...」

加州との別れをするために彼女が直接ここに向かったのだと思っていたが、どうやら違うらしい。

「小狐丸が興奮していて状況が良くわからなかったけど。主が直したのかい?」

「はい。それも含めてみんなに説明したいことがあります。手を貸してください」

そう言って彼女が手を差し出す。

その手を取った歌仙は、立ち上がるのを手伝った。

鞄を肩から掛けて大和守を振りかえる。

「大和守さんはこのままここに居てください。目が覚めて誰もいないと寂しいですから」

と彼女が言った。

「わかった。あとで教えてね」

「はい」


部屋を出て、歌仙が彼女を見降ろした。

「髪を整えたんだね」

「向こうに着いて、一番にされた事ですよ」

「あと、珍しい格好だね」

やはり服を指摘されて彼女は居た堪れない。

「広間に行く前に着替えたいです..あ」

彼女は思い出した。

部屋が燃えたということは、自分の着替えが何ひとつないということだ。

そして、飛び出してきたのでその着替えは用意してきていない。

こんのすけに頼んで届けてもらうにしても時間がかかる。

「取り敢えず今日はこのままでいる以外ないだろうね。ひとまず、これを羽織っておくといいよ」

苦笑して歌仙が自身の外套を彼女に掛けた。

先ほどは食事の支度をしていたので、軽装だったが、彼女の帰還を知り、慌てて着替えた。

着替えてきてよかったと思った。

「だ、誰か和装の人でわたしと同じくらいの体格の人っていないですかね」

今後の着替えの事を気にして彼女が言うと

「今剣?」

と答えられ、

「わたしの方が体は大きいと思います」

彼女はむっとして返す。

「でも、そうだね。そうなると、和装の者はいないね」

ニコリと笑って彼が言った。

「今はとにかく広間に向かおう。君の顔が見たくて、皆が待ってるよ」

歌仙に促されて彼女は頷いた。









桜風
15.12.15


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