めぐり逢ひて 弐拾肆





はぁ、と彼女は深いため息を吐いた。

目の前で繰り広げられている揉め事は、きっと止まらない。

「大将、どうするんだ?」

少しだけ楽しそうに薬研が声をかけてきた。

「薬研さんはあちらに入る予定は?」

彼女が問う。

「俺っちは、そういうのあまり得意じゃないからな。向こうで揉めてる旦那たちに任せるよ」

「では、手伝ってください」

彼女の言葉に薬研は「いいぜ」と愉快そうに頷いた。



◆◇



本丸を修復するのに、城下の職人に依頼することになった。

最初城外の者を立ち入らせるというのは、城の情報が外に漏れる可能性があるということで、慎重になっていたが、一方で、彼女が生活するのに素人の、しかも刀剣である彼らが修復した建物がはたして安全だろうかという問題提起があった。

彼女の存在が周囲に知られなければ良いだろうという事で、一旦向こうに戻っておくように進言があったが彼女は首を横に振った。

「皆さんにご迷惑を掛けるかもしれませんが、行きません」

きっぱりという彼女の言葉に彼らは首を傾げた。

「どうして?」

「だって、わたしがいないと皆さん喧嘩するんでしょ?」

否定できる者はいなかった。

城の大規模修繕という事になれば期間も長くなるだろう。

彼女がいない期間が長ければ長いほど皆の心が荒む。

「つまりさ、主が主じゃなかったらいいって事でしょ?」

そう言ったのは大和守だった。

彼女をこの城で城主の身の回りの世話をしている側仕えという事にしてしまおうというのだ。

反対をする者も居たが、結局そこに落ち着いた。

こうして、彼女に仮の立場を与えた。

名前については、以前この城を襲撃してきた元審神者が口にしていた名にすればいいのではないかという意見もあったが、それは彼女が却下した。

「どうやら、名前を知られるという事は縛られてしまうことになるそうです」

曖昧な彼女の言葉を受けて石切丸が説明した。

そういう界隈では有名らしい。

よって、本名かもしれないその名が外に漏れるのは拙いという事で、仮の名を付けることになった。

美しい花の名が候補に挙がったが、彼女はそれに頷くことはなく、結局彼女の希望で道端に生えている草の名前になった。


彼女は毎日やってくる大工たちに差し入れをしたり、話をしたりと楽しそうにしていた。

ひとまず大工が通ってくることに慣れた頃、次郎が言った。

「主、城主らしい着物を誂えなきゃね」

「はい?」

今回の職人の派遣については、城下の代表が手を尽くしてくれたと聞き、彼女は代表者に会って礼を言いたいと提案した。

それについては、彼らは反対をしなかったが、その代り彼女の着物を誂えに行くお供の争奪戦が始まったのだ。




「はいはい、皆さん注目!」

パンパンと手を叩きながら彼女が言う。

あーだこーだと言っていた彼らはぴたりと口を噤み、振り返る。

「あみだくじで決めます」

「あみだくじ、って何?」

加州が首を傾げた。

「阿弥陀様が決めてくれるのです」

そう言って彼女はあみだくじの説明をした。

皆は興味深そうに聞き入り、そしてこれにより決定することを納得した。神の末席にある者たちが仏の意思を尊重する方法で解決しようというのだ。奇妙なことではあるが、誰もそれを指摘しない。拘りがないのだろう。

縦棒の端に名を書き、それぞれが横棒を足していく。

彼女も線を引いていった。

そして、答え合わせをした結果「アタシだね!」と次郎が弾んだ声を出した。

「主、明日出かけるよ。善は急げだ」

そんなことを言われて彼女は怯んだが、時間がないのも確かなので、翌日の外出を了解した。



◆◇



彼女が城下に出るのは初めてだった。

杖を贈ってもらったことで歩くための手段は確保できていたのだが、やはり外は少し怖い。

今回、次郎と共に歩いていると彼に注目が集まり、ついでに自分にも注目が集まっているような気がした。

「えーと、呉服屋はここか」

立派な店構えをしている。結構繁盛しているらしい。

暖簾をくぐって店内に入ると、番頭らしき男が値踏みをするように次郎を見た。

大きい体を見て少し怯んでいるようだが、「何をお求めでしょうか」と声をかけてくる。

「うちの主が着物を誂えたいと思ってるんだ。この子が体格がそっくりだから、この子に合わせて誂えたらピッタリになるんだよ。側仕えをしているから、主の好みもよく知ってるし、任されているんだ」

そう言って彼女の背を軽く押す。

彼女がぺこりとお辞儀をすると番頭はまたじろじろと値踏みをするように彼女を見た。

「主というと、あの城の?」

「そうだよ」

次郎が頷く。

「城主様は女子と聞いていましたが...なるほど。少しお待ちください。反物を用意して参ります」

そう言って番頭が店の者に声をかけてきた。

次郎は店の中を見渡す。

何だか、感じが良くない。

石切丸ほどではないが何となくそういう空気は感じ取れる。

「主、ここどうかな」

こっそり彼女に聞いてみた。

「ほかの比較ができないので、何とも...」

彼女もなんだか居心地が悪そうだ。

「お客様。えっと、そっちの..お姉..お兄...お姉...」

「アタシかい」

「ええ、少しこちらへ」

性別を悩まれることで次郎の事だとわかり、彼が番頭の元へと足を向ける。

「あの娘さん、本当に大丈夫ですか?」

「何が?」

ウチの主になんの因縁つけるんだ、と思いながら次郎は努めて冷静に問い返した。

「あの娘さん、脚が悪いんですよね」

「そうだね」

事実だから否定しない。杖をついているし、わかるものだ。

「そんな娘さんに合わせた着物が城主様に合うかどうか。私どもがお城に赴いて城主様に直接合わせて誂えさせていただけないでしょうか」

手もみをしながら言う。

次郎は、知らず番頭を冷たい視線で見下ろしていた。

「店側が客を選ぶのを悪いとは言わないよ。でもね、客だって店を選ぶよ」

そう言って次郎は番頭から離れ、「行こう」と彼女を抱えて店を出た。

突然抱えられた彼女は困惑しつつも「お邪魔しました」と店に声を掛ける。

「次郎さん?」

「ん?」

「怒ってますか?」

「怒ってるね。まったく、次郎さんはそんなに気が短い方じゃないんだけどね」

そう言って店からある程度離れた場所で彼女を下ろした。

(とはいえ、正直ここら辺は詳しくないんだよね...)

酒屋にだけは詳しい。すでに顔なじみだ。

「あ、女男の兄ちゃん」

「誰の事だ」

次郎が振り返ると少年がニシシと笑っていた。愛染くらいの背格好だ。雰囲気もなんとなく似ている。

「ああ、坊やか」

「知り合いですか?」

「酒屋で何度も顔を合わせてるんだよ...あのさ、この町って、呉服屋ってあそこだけ?」

通りから何とか見える暖簾を指差して次郎が言う。

「んー、あんまいい反物置いてないかもしれないけど。もう1軒あるぜ。女男の兄ちゃん、着物買うの?」

「アタシじゃなくて、主。そこに案内してくれないかい。今日は時間取れないけど、今度団子奢るから」

「いいぜー」

そう言って少年がすたすたと歩いていく。

「ちょっと、ゆっくりー」

そう声を掛けながら、次郎は隣を歩く主の足元を気にしつつ少年の後を追った。









桜風
16.2.11


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