めぐり逢ひて 弐拾陸
| 城の修繕中、城主の側仕えの者として城内を歩き回っていた彼女は、職人たちとも顔馴染みとなり、休憩時間には声を掛けられるようになった。 彼女が杖をついて歩いていても、職人達は大して気に留めていなかった。 真夏の作業なので、職人たちに水の差し入れを行っている。 場合によっては漬物も出していた。 当初、彼女は茶を出そうとしていたがそれは止められた。 茶は高価なものだ。 そんな高価なものを、職人に軽く出すような状況は、城が贅沢三昧しているなどと思われかねない。 要らない反感を買うかもしれないというのだ。 自分は食後に必ず茶を出してもらっているし、昼間も審神者の任務の休憩中には誰かが茶を淹れてくれている。 知らなかったとはいえ、贅沢をしていたという事になる。 「ごめんなさい」と青ざめていう彼女に、茶を出すことを止めた燭台切は苦笑した。 「君はこの城の主なのだから、いいんだよ。それに、茶は薬だからね。君が健康でいてくれるのが良いにきまっている」 だから、君は僕の淹れた茶を遠慮せずに飲んでね、と付け足した。 「そういや、お嬢ちゃん」 「はい?」 水の差し入れをしていると、一口水を飲んだ棟梁がふと思い出したように彼女に声をかける。 「この城の伊達男」 (伊達...燭台切さんか、大倶利伽羅さんか..鶴丸さんも居たんだっけ?) 「えっと、どの伊達男さんでしょうか」 “伊達男”の意味を勘違いしながらも彼女は棟梁に問う。 「眼帯の」 それなら一人だ。 「はい」 「女はいるのか?」 ふいに問われて彼女は首をことりと傾げた。 「いや、ウチの娘やカミさんがあの伊達男に夢中でなー。時々城下にやってくるのを追いかけまわしてるらしい」 「え、追っかけてるんですか?」 それは驚きだ。 「走って追いかけまわしてるってわけじゃなぞ。お嬢ちゃん、今、何か勘違いしただろう」 彼女は頷く。走って逃げている燭台切を想像してしまった。 「城下に来てるっていう女どもの噂がものすごく速くてなー。一目見ようと町中を探すそうだ」 おそらく、燭台切の事だからそういう状況は察していそうな気がする。 たぶん、害がないから放ったらかしにしてるのだろう。 「それで、その伊達男さんの事が、何か?」 態々話を振ってきたのだ。何かあるのかもしれない。 「この城に仕事に入ってるって知ってからというもの、ウチのがうるさくてな。ったく、年甲斐もなく...」 ブツブツと文句を口にして、彼女を見た。 「遂には、好い人がいないなら、見合いなんてどうかと言い始めて」 「お見合い...」 「お嬢ちゃんは知らないか?」 「いい人って...」 「コレだよ」 そう言って棟梁は小指を立てた。 「あー、そういう...聞いたことはないですが、確認した方がいいですか?」 彼女が問うと「ありがてぇ」と言った後、「無理にとは言わないけどな」と付け足した。 丁度その話が終わったところで、廊下の向こうから燭台切に呼ばれた。「手伝ってくれないかな」と彼が言っている。 「あの伊達男だ」 「ですよね」 眼帯の伊達男は彼しかいない。 「また片づけに来ますので」 彼女はそう言い置いて燭台切に向かって行った。 「大丈夫かい?何だか絡まれている感じがしたから声をかけてみたんだけど」 彼女のことを心配して声をかけてくれたらしい。 「大丈夫ですよ」と彼女は言って燭台切を見上げた。 「何だい?」 「燭台切さんには、好い人がいますか?」 ふいの問いに彼は思わず足を止めた。 「、っ...突然どうしたんだい?」 “主”と言いかけて言葉をのむ。 職人たちがいる間、この城の者たちは彼女の事を“主”として扱ってはいけない。 だから、仮の名をつけて、その名を呼び捨てにすることにしている。 仮の名とはいえ主の名を呼び捨てにするなど、と抵抗感のある者たちは、そもそも声をかけてこない。 「燭台切さんは、城下でとても人気のある伊達男さんらしいです」 「...そう」 そう言って燭台切は足を進める。彼女もそれに合わせて歩き始めた。 城下の女たちが自分を見てヒソヒソと噂話をしているのは知っている。 その噂話は悪意のあるものではないので、見て見ぬふりをしているのだが... 「それで、君は何を吹き込まれたのかな?」 にこりとほほ笑む燭台切だが、口の端が引き攣っている。 「もし、燭台切さんに好い人がいないのなら、お見合いを勧めたいっていう人がいるそうです」 「断るよ」 即返した。 「ですよねぇ...神様と結婚とかできるはずないですもんね」 (問題はそこじゃない) そう思いながら、隣を歩く彼女を見下ろした。 「そうじゃなくて。僕が此処にいる理由を考えてみればわかる事だろう?」 「はい。どうやって断りましょうか」 「そうだねぇ...」 呟いた燭台切はそれきりそのことを言わなかった。 |
桜風
16.2.27
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