めぐり逢ひて 弐拾漆





数日後、燭台切に誘われて城下に行く。

食事に必要なものは城下の者が届けに来てくれるが、時々彼は自分の目で食材を探すのだそうだ。

城下に行けば市井の噂も耳に入る。

噂は侮れない。

勿論、意図して流されている噂もあるが、そこら辺の見極めはできるつもりだ。

「あれ、杖の姉ちゃん」

掛けられた声に聴き覚えがある。

振り返って目に入った少年の姿に彼女は微笑んだ。

「こんにちは」

「今日は女男の兄ちゃんと一緒じゃないんだな」

頭の後ろで手を組みながら彼は燭台切を見た。

「次郎君の知り合いなのかな」

「そうみたいです。この間、呉服屋さんを紹介してもらいました」

「へえ」と相槌を打った燭台切は「うちの子が世話になったんだね」と言ってら礼を言う。

「いいって。女男の兄ちゃんに団子奢ってもらったし。それより、その兄ちゃんってお城の兄ちゃんだったんだな」

彼女は首を傾げながら頷き、「有名人ですね」と燭台切を見上げた。

「男娼館の番頭だって噂だったのに」

ぱしんと燭台切は彼女の耳を塞いだ。

「あの...痛いです」

「うん、ごめんね」そう彼女に謝罪し、「それは、どういう噂かな?」と凄味を乗せた声で少年に問う。

「うちの長屋で噂になってたんだよ。町一番の姉ちゃんの色目にも全く動じないから、きっとそっちの方なんだって。町の外れまで行けばそういうのあるらしいし。違うの?」

「違う...」

どうやら、城下での噂が二分しているらしい。彼が城の者であるという事と、少年の言った内容の事。

もしくは、この間袖にした女が悪意のある噂を流しているとか。

そういえば先日、よく城下を歩いている短刀たちが意味ありげに「噂って怖いですね」と言っていた。

これか、と今更ながら思う。

というか、早く教えてほしかった。

「とにかく、僕は男娼館の番頭じゃなくて、あの城で、主に仕えている者だから。その噂はデマだよ」

燭台切は、噂を訂正した。

「なーんだ」

少年はそう返してふらりといなくなる。

「あの、燭台切さん」

未だに耳を抑えられている彼女は首を動かして見上げてきた。

「ああ、ごめん」

「えっと、さっきのあの子の“だんしょう”って何ですか?」

「忘れよう」

頷くしかない迫力で言われ、彼女は頷いた。


買い物を一通り済ませた燭台切の目に入ったのは甘味処だった。

「ねえ、少し寄り道をしないかい?」

「寄り道ですか?」

そう問い返した彼女に頷き、甘味処を指差す。

「少し休憩しよう」

「わたし、お金持ってないです」

彼女が言う。

燭台切は苦笑し、

「僕の休憩に付き合ってもらうんだから、ご馳走するよ」

と言う。

少し躊躇った様子を見せた彼女を丸め込んで燭台切は店に向かった。

燭台切の姿に店内が少しざわめく。

「燭台切さん、アイドルみたいですね」

「あいどる?なんだい、それは」

「...女の子たちがキャーキャー言う..人?」

定義は良くわからない。

実際、彼女はテレビなどを視聴していないので、アイドルというのはどういう人なのかは知らない。だた、イメージだけはある。

甘味を食べたことがないという彼女のために、燭台切が注文をし、「少し外すよ」と言って席を外す。

注文した白玉あんみつがくるのを待っていると「あの」と声を掛けられた。

振り返ると、きれいな着物を着た女の人だ。

「はい?」

彼女は首を傾げる。

「先ほどの殿方は..あなたの何ですか」

何とも難しいことを聞かれた。

今の彼女は城主の側近という事になる。

という事は、仕事仲間。

しかし、ただの仕事仲間の割には、親切にされすぎているかもしれない。

燭台切の優しさに甘えているから...

では、どう答えるのが最も妥当なのだろうか。

「恋人..ではありませんよね」

じろじろと見ながら言われた。

「違います」

これは断言できるので彼女は頷いた。

「ですよね」と何だか非常に納得されている。

「彼女に何か用なのかな」

戻ってきた燭台切が声をかけてきた。

(あれ?)

何だか怒っている。意外と叱られることが多いので、良くわかる。

「いえ」と赤くなって着物の女は俯く。

「どうやら、悪意のあるものも含めて僕の噂が色々と流れているようだけど」

そう言って燭台切は、彼女の側に行き、先ほどと同様にその耳を塞いで着物の女を見た。

「僕は、あの城の城主に全てを捧げるつもりで仕えている。だから、僕の髪の毛の1本からつま先まですべて主の物なんだよ。見合い話があろうが、恋文をもらおうが、僕はそれに応じる気は全くない」

きっぱりとした拒絶を口にした。

女は赤くなってその場を逃げるように去って行った。

「さて、あんみつが来たよ」

店員がやってきたのを見て燭台切はそう言い、彼女の向かいの席に座った。

「今日は、わたしに聞かれたくない話が多いんですね」

「そうだね。格好悪い話が多かったからね」

そう言われると、彼女はそれ以上詮索しようとは思わない。

彼はしばしば「格好良く決めたい」と口にしているのだ。自分は大して皆の役に立てないので、その希望を叶えるくらいはするべきだと思っている。

ひとまず、人生初と思われるあんみつを口に運んだ彼女は目を丸くした。

「どうかしたのかい?」

「おいしいです」

満面の笑みでそう言われて燭台切は苦笑した。

(甘味は作ったことなかったなぁ...)

こんなに彼女が喜ぶなら、ちょっと頑張ってみようかなと思った。



「お嬢ちゃん」

作業の休憩中に棟梁が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「あ、伊達男さんの好い人の話ですか?」

そういえば、聞き出してくれと言われていたのだ。

彼女の隣では、平野が不思議そうに棟梁と彼女を交互に見ている。

今日は平野が手伝ってくれている。

本来、城に仕えている武士という事なのでこういうことはさせない方がいいのだろうが、身なりが子供なので、まあ大丈夫だろうと言われた。

「いやぁ、その話なんだけどな。あの伊達男ってやつは、この城の主に懸想しているそうだな」

「“けそう”?」

「あ、えっと...さっき、呼ばれていましたよ」

平野が慌てて適当なことを言ってきた。

この場を離れたほうがいいという意味なのだろうな、と思った彼女は「はい」と頷き、「ごめんなさい、話の途中に」と言ってその場を去っていく。

「坊主、もしかして..そういうことか」

棟梁がしたり顔でそう言った。

「そういうこと、とは?」

どういうことか、さっぱり見当がつかない。

「お嬢ちゃん、あの伊達男に懸想してるんだな...それで、坊主はあのお嬢ちゃんに...複雑な関係なんだな」

平野はくらりと眩暈がする。

眩暈はしたが、まあ、これで黙ってくれるならと思い、「色恋沙汰は色々と面倒なことになりそうなので」と言った。

もうこの話はするなという意味を込めて。

「わかった。...辛いな、坊主」

「...そうですね」

今のこの状況が辛い...

盛大なため息を吐きながら平野は頷いた。









桜風
16.3.12


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