めぐり逢ひて 弐拾捌





長谷部は城下をゆっくり歩いていた。

城下は出陣の際に通るくらいで、これまでそんなに気にしていなかった。

ここに暮らす人間と自分の住まう城とは別の次元のものに思っていたのだ。

だが、彼女がこの城下に足を踏み入れ、見てきた景色を目を輝かせながら楽しげに話してくれるようになったため、彼も少しだけ興味を覚えた。

今は城の修繕で職人が来ている。

今の主は、城主の側付きの者という事にしているため、彼女を主として戴くことは許されない。

器用な者たちはそういうことも卒なくこなすだろうが、自分は主に対して主ではないように振る舞う自信がない。

そのため、なるべく出陣や遠征に出ていたが、そろそろ休めと言われてその両方を取り上げられてしまったのだ。

よって、城に居られず城下に足を向けることにした。



その日は市が立っていた。

(主はご存知だろうか...)

毎日立つものではなく、数日置きに立つものらしい。

もし、彼女が来たことが無かったら声をかけてみようかと思って首を横に振る。

こんな人ごみに彼女を連れてくるなど、危険の中にさらすようなものだ。

小さな子供たちも市にはしゃいでいるらしく、先ほどから良く見かける。

子供というのは走るのが仕事かと問いたくなるくらいずっと走っている。見かけたどの子供もそうだ。


「うわっ」と声を上げて長谷部の足元で子供が転んだ。

わんわん泣くだけで中々立ち上がらない子供を見下ろし、彼は一歩足を踏み出して、そして振り返る。

「助けを待つな。自分で起き上がれ」

彼女がこの光景を見たら、取り敢えず見て見ぬふりはせずに何かしらの声をかけたのではないかと思ったのだ。

ふいに声を掛けられて子供は驚いたように見上げてきた。

じっと見ていると子供は立ち上がる。

膝を少し擦り剥いているようだが、大した怪我ではなさそうだ。

子供はぐしっと涙を拭いて長谷部を見上げた。

「......よく、頑張ったな」

そう言うと子供は嬉しそうにニッと笑ってまた駆けだす。

(落ち着いて歩けば転ぶこともなかろうに...)

「長谷部殿が幼子をあやすのが得意だとは、存じませんでした」

ふいに声をかけられて長谷部はため息を吐きながら振り返った。

「お前も城下見物か?」

目の前には穏やかに微笑んでいる一期一振がいる。

「いえ、私は主への贈り物を見繕っているところです」

彼女が臣下である彼らからの贈り物を受け取るようになってから、すでに何人かが何かしら贈っている。

今までの彼女は、「お給金は自分のために使ってください」といつも言っており、唯一受け取ったのが杖だった。

だから皆は彼女に遠征時に見つけた花を手折って土産にしていたし、彼女はとても喜んでいたので皆それで満足していた。

「お前もか」

「“お前も”ということは、長谷部殿もですか?」

「いや、俺は...」

彼女は確かに皆からの贈り物を受け取るようになったが、大抵困った顔をしている。

次郎が少し強引に贈り物をした結果、彼女は他の者たちからのも受け取らなくてはならなくなった。

長く近侍を務めていた歌仙や供にいる事が何故か多い燭台切は贈り物をしないと言っている。

「臣下として献上、というにも彼女は少し困っているようだからね」

彼らは口々にそう言った。

彼女は貰ったら返さなくてはならないという想いを抱くらしい。

だから、返せるものがないのに、と思う彼女には重荷になるのだろうと彼らは言う。

「ちゃんとたくさん色々貰っているのだけれど。彼女はそれに気づいていないし、指摘しても認めてくれないだろうから」

困ったね、と燭台切が笑っていたのを思い出す。

本当に困った人だ。

「私は、弟たちが特にお世話になっているので。しかも、弟たちが主に色々小物を贈っているらしいのですが、そろそろまとめておける何かがあった方がいいと思いまして」

聞いていないが、話してくれた。

彼は自主的な贈り物というよりも、弟たちの贈り物の補完のために何かを探しているらしい。

兄というのは大変そうだ。弟が多いと猶更だろう。

その弟どもが主に対して甘えて見せているのは少々腹立たし..臣下としての分を弁えていない感があり、苦言を呈したくもなる。

「では、これにて」

そう言って一期は市の人混みの中に消えて行った。



市の見物を続けていた長谷部は思わず足を止めた。

簪屋の前だった。

「旦那、好い人に贈るのかい?」

気安く店主が声をかけてきた。

「いや...」

曖昧に答えた自分に少し困惑した。

(主は贈り物を受け取るときに困ったようにしているではないか。俺まで困らせてどうする)

彼女の一番の忠臣でありたいと思っているのに、それに反することはできない。

だが、どうしても目が離せないものがあった。

「その簪を見せてもらいたい」

そう言った長谷部の要望を受けて店主は愛想よく商品を見せた。

「これは...」

「花菖蒲ですね。葉っぱが尖っているでしょ。剣のようだと言われることがあるんですよ」

気が付けば代金を支払っていた。


夕刻になり大工職人たちがいなくなった頃、長谷部は重い足取りで城に帰った。

「主、少しよろしいでしょうか」

そう声を掛けられて彼女は返事をする。

「失礼します」と部屋に入る。

職人が城にやってくるようになって昼間の側付きの者は置かなくなった。

彼女と誰かがずっと傍にいるのは、一般的に違和感があると思われるからだ。

その分、城の中の誰かしらが彼女を見守ってる。

「どうかしましたか?」

彼女は仕事の手を止めて彼に問う。

「主が困っておられるのは承知していたのですが...」

そう言いながら彼は昼間購入した簪を彼女に差し出した。

「かわいいですね」

彼女はそれを手に取らない。

「よろしければ受け取っていただけないでしょうか」

「え、わたしにだったんですか?!」

彼女は驚いた。

「貴女以外に贈る相手はおりません」

長谷部が言うと彼女はそれを手に取った。

「ありがとございます。こんな素敵な簪、似合うようになりますかね」

彼女ははにかんで笑う。

「簪を挿せる御髪の長さでないことは承知していたのですが...」

恐縮して言う長谷部に「もう」と彼女が呆れたように声を漏らした。

「本当はね、もう髪を伸ばすのやめようかなって思ってたんです。お風呂が楽だし」

「申し訳ございません」

長谷部が平伏した。

「でも、これ挿せるようになりたいから伸ばします。長谷部さん、あと2年くらい待っててくださいよ」

彼女はそう言って笑った。

「ありがたきお言葉。いつまでも、お待ちしております」



長谷部が彼女の部屋を辞して廊下を歩いていると一期とすれ違う。

お互いちらと視線を向けるだけで言葉を交わさなかった。

一期の手には何か小箱があった。

先ほど聞いた話のものだろうと思い、長谷部はそのまま歩みを進める。

「主、一期一振です。少しよろしいでしょうか」

背後で聞こえる声に長谷部はため息を吐く。

一番の忠臣というのもなかなか難しい。









桜風
16.3.19


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