めぐり逢ひて 参拾壱





朝食を摂っている彼女が箸を置いた。

皿の上に載っている物は殆ど減っていない。

「残すのは勿体ないので、最初から少なめにしてください」

以前彼女がそう言い、少しずつ調整して彼女がちょうどいいという量を覚えて皿に盛りつけている燭台切は「あれ?」と首を傾げる。

「主、どうかした?」

燭台切が声をかけると「うん..いえ」と彼女が曖昧に答える。

「大将、病気か?」

箸をおいて薬研が彼女の元に行き、膝をついてこつんと額を合わせ、体温を診る。手袋をしているので、掌で体温を診ることが少々難しいのだ。

少し高いかもしれないが、発熱というほどではないと思う。

「調子が悪いなら横になってた方が良いぜ」

そう言って薬研が手を貸し、彼女を部屋に連れていくことにした。

「残してごめんなさい」と燭台切に声をかけて彼女は広間を後にした。


人の体を取っている彼らも負傷や疲労はあるが、病気に罹る事だけは今のところなかった。

体を鍛えているからか、それともそういう体なのかは不明だ。

だから、彼女が病気になった場合どうしたらいいかわからない。

勿論、薬を用意できる薬研がいるため、彼が看病することになろうが、彼女の苦しみは量れない。

「主君は、大丈夫でしょうか」

呟く弟を一期は慰め、そしてちらと視線を滑らせる。

何人かと目があった。

思っていることは同じなのかもしれない。

きっと彼らは彼女の側で騒ぐだろう。

どうやって隔離しようか...

青くなっている長谷部、小狐丸、加州を見て何人かがため息を吐いた。



「大将、いつからだ?」

薬研が問うと

「ここ最近です。たぶん、夏バテじゃないかと思っています」

と褥に横になって彼女が言う。服も寝間着に着替えた。

「“夏バテ”?何だ、それ」

「言葉のとおり、夏にばてる症状の事だと思います。暑いので汗をかくため体力が落ちて食欲も落ちてしまいます。食欲が落ちれば体力が落ちて、また食欲が落ちます」

「薬とかないのか?一応俺っちも調べてみるけど...」

「たぶん、養生がいちばんかと...」

彼女の言葉に薬研はため息を吐く。

「何でわかってるのに、いつも無茶をするかな」

「すみません」

謝罪を口にする彼女に苦笑して「腹にやさしいものを頼んでくるな」と薬研は席を外した。

うとうとと微睡んでいると人の気配がしてきた。結構賑やかな感じだ。

歌仙が「どうだい?」と顔を覗きこんでくる。

「まあまあです」

曖昧に答える。

「これまでにこういった症状の経験は?」

「あったような..気もしますけど」

寧ろあれば熱中症だったなと思う。地下に居たため、換気もよくなかったので、夏になると毎年体調を崩していた。

だから、この程度は本来なら大したことがないのだが、皆が良くしてくれているので、体が甘えることを覚えてしまったのだろう。

言うと心配されそうだから昔の事は黙っておく。

「ぬしさま、大丈夫ですか。この小狐丸がぬしさまの看病を「主、俺に看病を命じてくださ「主、俺が良いよね」

3人が押し合い圧し合いで彼女に声をかけてきた。

(おや...)

巻き込まれると面倒だと少し場を空けた歌仙は眉を上げた。

珍しく彼女の眉間に深い皺が刻まれているのだ。

この賑々しい光景はいつもの事だが、体調の良くない今は寛容になれないのかもしれない。

「小狐丸さん」

「はい!」

「長谷部さん」

「はっ」

「加州さん」

「うん」

「五月蠅いので出て行ってください」

3人は固まった。動けないでいる彼らの背後から「ほらほら」と声をかける人物がいた。

燭台切だ。

「主は調子が悪いんだから、枕元で騒いだら駄目じゃないか」

3人にそう言い、

「主、お粥はどうだい?薬研君に聞いたけど、食べなきゃ益々良くならないみたいじゃないか」

と彼女の顔を覗きこむ。

彼女は少し悩んだ様子を見せ、体を起こそうとしたが

「今食べたくないなら、また後でいいよ。こちらの事を気にして無理に食べなくていいから」

と彼女の考えを察していう。

「では、後で。今はちょっと眠いです」

彼女の言葉に燭台切は頷き、「じゃあ、欲しくなったら言うんだよ」と声をかけて固まっている3人を促して退室した。

「では、僕も」

そう言って歌仙が立ち上がろうとしたが、彼女と目が合い、腰を降ろす。

「僕に看病させてもらえるかな?」

「でも、お忙しいんじゃ...」

「主、いつも言ってるけどね。君が僕たちの中心なんだ。君の願いがあれば、何を置いてもそれを叶えたいと思っているんだからね」

少し怒ったような表情で言われた。

「えっと、じゃあ。もうちょっと傍にいてください」

「いいよ」

歌仙は頷き、彼女の額の手ぬぐいを水に浸けて冷やしなおした。


少し寝ていたらしい。

彼女が目を明けると歌仙が「ああ、起きたね」と言う。

「桶の水を替えてくるから、少し外すよ」

起きた時に自分がいないと心細いかもしれないと思って歌仙は彼女が目を覚ますのを待っていた。

「わかりました」

「水は飲むかい?」

「欲しいです」

彼女がコクリと頷く。

「あ、でも。ちょっとだけお塩も一緒に」

と彼女が言う。

不思議そうに歌仙は首を傾げた。

「主は、塩水を飲みたいのかい?」

人間とは珍妙な生き物だ、と思った。

「暑いから汗が出ます。汗は塩分を含んでいます。塩分を失った体に水だけを入れたら体に必要な塩分が足りなくなって体調が悪くなると聞いたことがあるんです。

だから、夏は少し塩を入れた水の方がいいそうです」

彼女の説明を聞いて歌仙は納得し、「じゃあ、戻るのが少し遅くなるよ」と言って立ち上がる。

振り返って彼は苦笑した。

「主」

そう言って几帳をずらした。

寝ている彼女でも部屋の入り口の障子が見える。

影が三つ並んでいる。

彼女は苦笑して「部屋を出るときに、少し障子を開けたままにしてください」と歌仙に言った。

「わかったよ」と歌仙は頷き、桶を持って部屋を出て行った。


歌仙が彼女の部屋から出てきた。

「暑くないかい?」

「うるさい」

歌仙の問いに長谷部がそっけなく返した。

障子を締めずに出て行った彼の行動を不思議に思った長谷部はまた顔を彼女の部屋に向ける。

「そこ、暑いでしょう。静かにしているなら部屋に居てもいいですよ」

横になったままの彼女が言う。

几帳が少しずらされているので、彼女からこちらが見えているのだ。

「ですが、」と長谷部が躊躇うが、小狐丸と加州は言葉に甘えて彼女の部屋に入って行った。

「五月蠅くされたら、また追い出します」

宣言されて長谷部も部屋に入る。

「何かご入用なものはありませんか」

そう言われて彼女は首を横に振る。

「暑かったでしょう。お水は大丈夫ですか?」

逆に心配されてしまった。

彼らは反省し、同時に嬉しく思う。

「主、何か食べたいものない?」

加州が問う。

「アイス」

彼女が答えた。

「あいす、ですか?」

小狐丸が問い返した。それは何か聞かなければわからない。手に入らない。

「冗談です。こちらにはない食べ物です」

そう言われて3人は落ち込む。

(ああ、ダメだな)

本当に食べたいと思った。だが、ここで言っても仕方ないのに言ってしまった。

甘えている。

彼女はそっとため息を吐いた。









桜風
17.1.9


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