めぐり逢ひて 参拾弐
| 城下を歩く背中を見つけて彼は駆けだした。 「よっ!」 肩をポンと叩かれた同田貫は振り返る。 「ああ、獅子王か」 「主に何か買ってやるの?」 「別に」 隣に並んだ獅子王に同田貫は面倒くさそうに言葉を投げた。 「ああ、図星」 「うるせぇ」 「食欲落ちてるんなら...水菓子とかどうかな」 「ああ、そうだな。食いやすそうだ」 水菓子――つまり果物のことだが――どこに売ってるのかさっぱりわからない彼らは、取り敢えず城下を見て回ることにした。 「誰か助けてくれー。じっちゃんがー!」 町の外れで声がした。 「何?!じっちゃん?!」 そう言って獅子王はその声の元に向かって行く。 「おい」と制止しながらも同田貫はついて行った。 行くとそこには、腰を押さえて脂汗を掻いている老人と、その孫らしき子供がいる。 「どうした」 「じっちゃん、ぎっくり腰になったみたいなんだ。歩けねぇって」 「よし!送ってやる」 「おい...」 主以外の人間にかかわるな、と同田貫は言いたかったが、獅子王はじっちゃんのためにと張り切っている。 盛大なため息を吐いた同田貫は、「おい、爺さん。背中におぶされ」と言って膝をついた。 あの城の中でも悪人面に分類される同田貫に子供は怯んでいた様子を見せていた。 「同田貫...」と獅子王が驚いて声を漏らすと「お前よりは俺んが力があるだろうが。お前は爺さんの荷物を持ってやれ」とぶっきらぼうに同田貫が返す。 「悪いね、お侍さん」 そう言いながら老人は同田貫の言葉に甘えた。 老人の腰に響くとよくないので、ゆっくり歩く。 「なあなあ、水菓子を買いたいんだけど。店がわからないんだ。お前知ってる?」 背後で獅子王が子供に聞いている。 「水菓子?そんな高いもん、おいら一度も食ったことないよ」 子供が言う。 「普段は贅沢しないんだけどな。ウチの主が夏バテってのになって...食欲落ちてるから何か口に入れやすいもん探してるんだ」 「おい」 口が軽いぞ、と同田貫が窘める。 「あ、悪い」と肩を竦めた獅子王は人差し指を口に当てた。 子供は苦笑して、頷く。 暫く歩き、長屋に着いた。 人相の悪い侍がこんな場所にやってきたことに長屋住まいの者たちは驚き、遠巻きに見守った。 子供が家の引き戸を開け、同田貫たちはそれに続いた。 かまちに腰を下ろして老人を座らせる。 「すまねぇな、お侍さん」と言われて「養生しろや」と同田貫は声をかけてさっさと出て行った。 「んじゃ、じっちゃん大切にしろよ」 そう言って獅子王も出て行く。 青果屋は長屋から城に帰る途中で見つけた。 水蜜桃と瓜を買い求めて城に戻る。 「後は任せた」と言って同田貫は彼女の部屋に行くことなく別の場所に向かって行った。気恥ずかしいのかもしれない。 彼女の部屋に向かって行くと、廊下に小狐丸、加州、長谷部の3人が並んで座っている。 「暑くねぇの?」 獅子王が声をかけると「うるさい」と長谷部が苦々しく返してきた。 「主、入るぞ」 そう言って獅子王は彼女の部屋に入っていく。 「まだ3人いました?」 「ん?ああ。並んでたぜ」 そう言いながら獅子王は彼女の前に座った。 体を起こそうとする彼女を歌仙が助ける。 彼らは、確かに一度彼女に許してもらい部屋に入った。だが、暫くしてまた喧嘩を始めたので追い出された。学習しない刀たちだ。 「さっき、同田貫と城下でこれ買ってきた。水菓子なら口に入れやすいかなって」 そう言って目の前に置いたのは桃と黄色いメロンのようなものだった。 「わー、美味しそう」 「冷やした方が美味しいと思うけど、どちらから食べる?」 歌仙が声をかける。 「いただいていいんですか?」 彼女は驚いたように獅子王を見上げた。 彼は面食らったように体をのけ反り、「主のために買ってきたんだ」と苦笑した。 「わたし、桃が好きです」 「では、瓜の方からにしようか」 歌仙が言うと獅子王は驚いたように彼を見た。 「主は、好きなものは最後に食べたいらしいよ」と苦笑しながら言う。 「珍しいな」 驚いたように獅子王が呟いた。 「最後、口の中に残る味が好きなものだと嬉しいんです」 笑顔で彼女が言う。 「そっか」と獅子王は頷き、先ほど厨で借りてきた包丁で皮を剥いて彼女に渡した。 「手拭がいるね」 そう言って歌仙が部屋を出て行く。 一口大に切ってもらったそれを口の中に入れて咀嚼する。 メロンほどの甘さはないが、控えめな優しい味がした。 「美味しいですね」 「そっか。良かったな」 彼女の食べる速度に合わせて獅子王は皮を剥いていく。 先ほど、城下で見た光景を話すと彼女は興味深そうに頷いた。 「そういえば、さっきな」 そう言ったところで「失礼いたします。獅子王殿はこちらにおいでですか」と部屋の外から声がした。 「前田さん?どうぞ。獅子王さんならこちらですよ」 彼女が声を返すと障子を開けて前田が入ってくる。 「どうした?」 「客人がお見えです」 「客?」 「おそらく獅子王殿ではないかと。“金ぴかの兄ちゃん”と言っておりましたので」 「蜂須賀さんじゃなくて?」「蜂須賀じゃなくて?」 彼女と獅子王が同時に問う。 「蜂須賀殿は、本日遠征で朝から不在です。先ほど、おじいさんを助けられたお礼に、とこちらにお越しになったようです」 「あ、確かに俺だ。主、ちょっと行ってくるな」 そう言って獅子王は部屋を出て行った。 「主君、よろしければ私が続きをいたしましょう」 そう言って包丁を手に取った。するすると皮を剥く手さばきに彼女は目を丸くする。 「お上手ですね。獅子王さん、少し難しそうでしたよ」 「普段手にしている刀の種類でしょう。私は短刀ですから」 なるほど、と彼女は頷いた。 前田の剥いた瓜を口に運び、そして、彼女は「前田さん」と名を呼ぶ。 「はい」と返事をした彼に「あーん」と彼女は言う。 「しゅ、主君?!」 「美味しいですよ」 そう言われて彼はおずおずと口を開けた。 「あーん」と言いながら彼女は前田の口に瓜を入れる。 「美味しいでしょ?」 「...はい」 俯いて彼は小さく頷いた。 「主、前田をからかってはいけないよ」 手拭を持ってきた歌仙が苦笑しながら言う。 「歌仙さんもどうですか?」 「いただこう」 そう言って彼は躊躇わずに口を開けた。 口の中に入れられた瓜は思いのほか甘かった。 「美味しいね」と歌仙が言うと彼女は嬉しそうに頷いた。 「おーい、主。梅干平気か?」 獅子王が戻ってきた。 「梅干ですか?」 「ああ。さっき城下で助けたじっちゃんの孫が持ってきたんだ。食欲がない時は、梅干だって。家で漬けてるらしいんだけど、少し分けてくれたんだ」 「...どうして城下の子供が、主に食欲がないということを知っているのかな」 低い声で歌仙が問う。 「あ、いや...」 「好きですよ」 たじろぐ獅子王を庇うように彼女が声を出した。 「ホントか?!」 「はい。確かに、夏バテには梅干が良いというのも聞いたことがあります。失われた塩分も摂れるし、梅干の酸っぱいのが体にいいって」 少し早口になって言う彼女に歌仙はため息を吐き、「そう」と相槌を打つ。 彼女が庇うなら目の前で説教をするわけにもいかない。説教は後で、だ。 「んじゃ、今日の夕餉は梅干つけるように言っとくな。水蜜桃はどうする?」 瓜がまだ残っている。もし、後で食べるなら冷やしておいた方がいいだろうと思ったのだ。 「今は多分無理です」 「じゃあ、夕餉の後にでも食べたらいいな。井戸で冷やしておくからな」 そう言って獅子王は逃げるように部屋を出て行った。 「そういえば、主君」 前田が彼女に視線を向ける。 「何ですか?」 「外の3人は何ですか?」 「...なんでしょうね」 あの光景の説明を求められても難しい。 なんとなく察した前田は「失礼しました」と質問を取り消した。 確かに説明が難しいだろうなぁと思った歌仙は余所を向いて笑いをこらえていた。 |
桜風
17.1.9
ブラウザバックでお戻りください