めぐり逢ひて 参拾参
| 「燭台切さん、お手伝いをするのでお小遣いをください」 突然そう言われて彼は少しだけ驚いた。 「何かほしいものがあるのかい?」 作業の手を止めて燭台切が言うと彼女は頷く。 「城の金を使いたくないというなら、僕が買ってあげるよ?」 彼女が何かを欲しいというのは非常に珍しい。 「お礼のために欲しいので、買ってもらううよりも自分のお金で買いたいんです。まあ、元はと言えば皆さんが遠征から持って帰った謝礼とかだから、結局自分で得たお金じゃないんですけど...」 肩を落として彼女が言う。 「...じゃあ、絹さやの筋取りをお願いしてもいいかな」 そう言うと彼女は首を横に振る。 「それは、お小遣いをもらうほどのレベル..難易度ではありません。もうちょっと難しいことを...」 刃物は使わせたくない。怪我をしては事だ。 燭台切は少し悩み、 「じゃあ、そうだな...たまねぎの皮むきは、どうかな?」 と提案してみた。これは、嫌がる者もいるから彼女の言う“レベル”に合うのではないだろうか。 「頑張ります」 初めて任される手伝いだ。 彼女は頷いた。 「燭台切さん、これ、いつもしてくださってるんですか」 目を腫らして彼女が言う。 「うん、まあ...大丈夫かい」 「大丈夫です」と頷き、大量のたまねぎの皮むきを続けた。 自分がするより時間がかかったな、と思いながら燭台切は彼女の剥いてくれたたまねぎを調理していく。 (欲しい物って何だろう...) 何はともあれ、今日の味噌汁はいつもよりもちょっと美味しいような気がする。 先日夏バテで体調を崩した彼女は、いまだに外出を禁じられている。 城の敷地内であってもだ。 日陰で過ごしていなければ誰かがお小言を言いに飛んで来る。最近は城の中が賑やかになったので、すぐに見つかってしまう。 窮屈だが、それだけ心配をさせてしまったことは自覚している。彼らは病に罹らないから、その分心配が大きくなるのだ。 「乱さーん」 畑仕事をしている乱を見つけて彼女が声を掛けた。 「主さん?」と首を傾げて乱が作業の手を止めてやってくる。 「明日、非番ですよね」 「一応ね。どうかした?外で遊ぶのはなしだからね」 乱にも釘を刺されてしまった。 「お遣いを頼みたいんです」 「いいよ、なに?」 「千代紙なんですけど、これで3枚買えますか?」 先ほど燭台切から貰った小遣いを見せる。 「うん、大丈夫だと思うよ。どんなのが良いの?」 「乱さんに任せます」 「わかった。ボクに任せておいて。お金は明日の朝、出かける前に声を掛けるからその時に預かるね」 「わかりました」 会話が終わったので、乱は畑に戻った。 「どうしたの?」 小夜が問う。畑当番の相方だ。 「主にお遣い頼まれたの。明日城下に行くけど、一緒に行く?」 「確か、明日は遠征担当だから。ごめん」 「そうなんだ。じゃあ、また今度ね」 乱の言葉に彼はひとつ頷いた。 翌日、彼女は乱に金を預けた。 「主さんがほしい物って珍しいね」 堀川に声を掛けられて「そう..ですね」と今までの自分を顧みる。 いちばん欲しいと思っていたものはもう目の前にあるから、他は特に思いつかないのだ。 暫くして乱が戻ってきた。 兄弟と一緒に買い物に行ったらしい。 「ボクも買っちゃった」 そう言って彼も千代紙を購入したらしく、見せてくれた。 彼の選んだ千代紙を受け取る。 「足りました?」 「うん、これお釣り」 そう言って渡される。 「それ、何にするの?」 「折ります」 「3枚とも?」 「失敗した時用です」 恥ずかしそうに彼女は応えて、彼女は自室に向かった。 乱たちも付いてくる。 「折るってどうやるの?ボクにも教えて」 そう言われて彼女は頷き、そして「曖昧な記憶なので、1回作ってみてからで」と断りを入れた。 彼女は千代紙を折っていく。 首を傾げながら何度も折りなおして、何とかできた。 空気を入れてそれを膨らませる。 「わー、なにそれ」 「風船..のはずです。良かった、思いだせた」 幼い頃、母親が色々と教えてくれた。思いだそうとしても断片的で、だから想像しながら折っていく事になった。 でも、折れた。 少し紙が草臥れていて格好は悪いが、思いだせたことが嬉しい。 「ボクにも教えて」 そう言って乱が彼女の隣に座る。 少し窮屈だが、小柄な2人なら並んで紙を折ることはできる。 乱にひとつずつ教えて彼女も同じ工程で折っていく。 「できた!」 声を上げて乱が言う。 「一兄に見せてくる!」 そう言って彼は部屋を駆けだした。 「主君」 部屋の隅に控えていた秋田が声を掛けてきた。 「はい」 「その..最初に折った方でいいので、いただけませんか」 「いいですよ..でも、かなり草臥れたものになりましたけど...」 そう言うが、彼はそれがいいという。 「では、どうぞ」 そう言って渡すと彼は目を輝かせて礼を言い、そのまま部屋を出て行った。 その日の晩に彼女は同田貫を見かけて声を掛ける。 獅子王か同田貫に、と思っていたのだ。 「何だ?」 「お願いがあるんですけど」 「おう、どうした」 申し訳なさそうにお願いをする彼女の姿はもう見慣れた。 「これを。先日、梅干を分けてくれた少年に渡してもらえませんか?ありがとうございましたって」 本当は礼状を書こうと思った。 しかし、識字率があまり高くないと聞いて文字よりも物だと思ったのだ。 「あー、獅子王に行くように言っとくわ。あいつ、明日非番のはずだし」 自分は行きたくないのか、彼が間接的に請け負ってくれた。 「お願いします」 ぺこりと頭を下げて彼女は自室に戻った。 「おーい、いるかー」 獅子王が長屋を訪ねた。 一緒に行こうと誘ったが同田貫は頑として行きたがらなかった。 「ん?あ、金ぴか兄ちゃん」 「それな、ウチの城にはもっと金ぴかがいるから通じない時があるぞ」 苦笑して獅子王が言う。 「これ、ウチの主が。梅干ありがとうって」 そう言って彼女の折った風船を渡す。 「なにこれ」 「ちょっと貸してみ」 渡した風船を再度受け取り、膨らませて見せる。 「おお」と少年は驚きの声を漏らした。 「風船だって。まあ、面白いもんじゃないけど、ウチの主が作ったもんだから大切にしてくれよな。何か、お守りになりそうな気がする」 獅子王の言葉に少年は頷き、受け取った。 「主さん、元気になったのか?」 「おう。とにかくありがとな!」 そう言って獅子王は長屋を後にする。 「主いるかー」 ひょいと彼女の部屋を覗き込むと短刀が行儀よく並んでいる。 「どうした?」 「主に千代紙を折っていただいているんです」 平野が答えた。期待に満ちた瞳をしている。 先日秋田にあげたのがきっかけで皆が欲しいと言い出したのだ。 大した手間ではないし、材料さえあればということで、彼らは自ら千代紙を購入して彼女に折ってもらっている。 「主、さっき長屋に行ってきたぞ」 「お帰りなさい。ありがとうございます」 「主、大変だなー」 この光景に苦笑して獅子王はそう言い、「んじゃな」と部屋を後にした。 |
桜風
17.1.9
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