めぐり逢ひて 参拾肆





カタリと音がして、彼女が視線を下に向けると文箱が置いてある。

こんのすけが置いて行ったのだろう。

「休憩になさいますか」

そう声を掛けられて「そうですね」と彼女は頷いた。

文箱を開けて文を取り出す。

広げて読み終わった彼女は深いため息を吐いた。

「またお上からの呼び出しですか」

そう言われて彼女は苦笑し、側に控えている一期にそれを渡す。

「私が拝見しても?」

「一期さんなら」と彼女が頷く。

何故自分なら大丈夫なのかと思ったが、文面に目を通して納得した。

「少なくとも、小狐丸殿や長谷部殿には見せられませんな」

苦笑しながら彼女に文を返した。

「そういうことです。さて...」

「主は、誰を選ばれるのですか?」

気になって問うと「歌仙さんです」と彼女は迷わず答えた。

「...畏れながら、主は歌仙殿を甚く気に入っておられるようですな」

思わずそういう。

「気に入るというか...一番揉めない人選だと思っているんですよね。絶対に覆すことができない」

「覆すことができない?」

「歌仙さんは、“この本丸に降臨された付喪神で最古参”という事実がありますから」

「なるほど。それは誰にも覆すことができませんな」

一期は深く頷いた。

「しかし、お上も突然ですな」

「...そう、ですね」

曇った表情の彼女を見て一期は彼女に何と声を掛けようかと考えた。

「ただいまー」という声が遠くから聞こえてきた。

「遠征部隊を出迎えましょう」

「そうですね。一期さん、手を貸してください」

彼女が手を差出し、「はい」と一期はそれを取って手伝う。



夕餉の席で、彼女はお上からの呼び出しについて話をした。

「これまた急だね...」

この本丸にいる彼らは彼女の上司である、お上に対しての不信感がかなり強い。

「それで、いつまでぬしさまを私から引き離すというのですか」

すでに不貞腐れている小狐丸がそういう。

「3日後の1日だけです。今回は、よその審神者との顔合わせという形にもなるそうです」

「固く禁じていたのでは?」

長谷部が問う。

「はい、固く禁じられていました。ですが、あの襲撃事件でお上は色々対策を考えたそうです」

「顔合わせをさせておいて、相手を認識させておくという事か」

歌仙が呟き、彼女は頷く。


「審神者が多く集まるという事で、何かあるかもしれません。護衛を一人付けるようにと書いてありました」

「ぬしさま、小狐丸にお任せください」「主、長谷部にお命じください」「俺が一緒に行くよ」

予想どおり揉めそうな雰囲気が漂ってきた。

一期がちらと彼女を見ると彼女は「いいえ」と首を横に振る。

「歌仙さんと指定されています」

「歌仙?!なぜ??」

長谷部が声を上げた。

「歌仙さんの名前で指定されているのではなく、最初にお呼びできた方を、ということでした。最初にお呼び出来た方がもういらっしゃらない本丸は、現在の近侍という指定でしたが、うちは歌仙さんが健在ですので、歌仙さんにお願いします」

そう言って彼女は歌仙を見た。

「拝命します」

歌仙は厳かにそう言った。



「とても不思議な感覚だね」

隣を歩く歌仙が言う。

今回のは、いつも彼女が帰省する際に通っている道とは違うらしい。

繋がっている場所が違うからだろうと言われた。

やがて開けた場所に着いた。

真っ白な空間に扉だけがある。

「僕が開けるよ」

歌仙は少し警戒しながらその扉を開けた。

「お待ちしておりました」

紙を垂らして顔を隠している者が恭しく頭を下げる。

歌仙が彼女を見ると彼女は頷いた。

彼女は、自分の時代で振り分けられている所属を口にした。

「ご案内いたします」

そう言って迎えに来ていた者が先を歩きだす。

「君がいつも言っている役人かい?」

こっそり歌仙が問う。

「普段は顔を隠していないんですけどね。今日は神様がいらっしゃるので、顔を隠されているんだと思います」

「神様?」

歌仙が首を傾げる。

「必ず護衛にどなたかと一緒にという話でしたので。付喪神様にお会いするでしょ?」

そういえば、と歌仙は納得した。



会場は、テーブルがロの字型にセットしてあった。椅子なのはありがたいと思いながら彼女は案内された席に着く。護衛は少し離れた壁際に用意された椅子に座るように勧められた。


歌仙は周囲を見渡す。

まだ来ていない者もあるようだが、老若男女様々な審神者がいた。

彼女から聞いた話では、流石に赤ん坊はないと言っていたが、幼子がいた。腰の曲がった審神者もいる。

(本当に、力さえあれば誰でもなんだな...)

最も必要なものだからおかしな話ではないが、よその事情を知らなかったので正直驚いた。

(そう言えば...)

本丸を襲撃してきた男も元審神者だった。彼の身に何があってお上を裏切ったのかは想像がつかない。

ふと視線を彼女の背中に戻すと隣に座っている男が馴れ馴れしく話をしている。

(ちょっと馴れ馴れしすぎないか)

肩を寄せて何かを見せていた。何度か彼女に視線を向けてにこりとほほ笑んでいる。

口説いているのか。斬るぞ。

「すまんな、ウチの主が」

そう声を掛けられて視線を向けると山姥切がいた。

「君があの審神者の?」

「今の近侍だ」

「最初の近侍ではなく?」

「...近侍を付けて来いという命令だったらしいぞ。お前の主はそう言わなかったのか」

そう言われて歌仙は納得した。

近侍は輪番制だ。揉める。

だから彼女は最初の刀剣を、と言ったのだ。誰もが反論できない事実を前に出した。

「どうした?」

「何がかな?」

「無自覚か。口元が緩んでいたぞ」

「それは..失礼」

咳払いをひとつして口を結びなおす。



定刻となり、お上から現状の説明が行われた。

審神者が減っていること。先日の襲撃の兵力の被害状況。

その話を聞きながら、歌仙はどこか違和感を感じていた。

凄く上滑りしている感じがある。この説明は特に重要と考えていないようだ。

では、お上は何を目的に審神者を集めたのか...

思案していると、説明会は終わってしまった。

「別室に食事を用意しております」

そんな案内がある。

そういえば、出かけに彼女が燭台切に言っていた。食事は出るけど、握り飯が食べたいと。

「たくさんたべるんだね」

と燭台切にからかわれていたが、きっと用意されているだろう。

「主、大丈夫かい」

手を貸しながら歌仙が声をかけた。

「ええ、はい」

「じゃあ、また後でね」

彼女の隣に座っていた男がそう言って先に部屋を出て行く。彼女の名として呼んだのは、彼女が城主の身の回りの世話をしている者として振る舞うときの偽名だった。

「教えたのかい?」

「呼び名がないと不便なんです」

彼女が返す。

なるほど、と納得して彼女と共に歩き出した。


別室は少し離れたところにあった。

やはり先ほどの部屋と同じくテーブル席だった。

彼女を含めて足の悪い者も少なくないのでそうなっているのかもしれない。

彼女が楽そうだな、と歌仙も思っていた。

(城に帰ったら手先の器用な者たちに相談してみよう)

この部屋の床は木材のようだが、畳の上に設置しても悪くないだろうと思いながら護衛用のテーブルに着く。...落ち着かない。

食事が運ばれた。やけに豪勢なもので少し驚く。

歌仙はそれを口に運んだ。

初めての味わいに少し混乱して、やがて彼女が燭台切に握り飯を頼んだ理由がわかった。

彼の握り飯の方が美味いと思った。

不思議な味付けが最初は美味しく感じていたが、どうも濃過ぎる。

少し食べて箸をおいた彼女に、お上の役人が何か声をかけていた。

彼女は首を横に降り、また箸を持つがあまり食が進まないようだ。

歌仙は隣に座っている加州を見た。パクパク食べている。

彼の審神者は、彼女の隣に座っている者のようだ。彼女と同世代らしく見える。性別も同じだ。

「食べないの?」

ふいに問われた。

「少し味が濃くてね。中々箸が進まないんだよ」

「ホント?俺は少し薄いなって思ったのに。あんたの審神者ってあの子でしょ?地味な子だね。そっち、俺居ないの?」

「いるよ。毎日主の髪を梳いてるし、主の髪を整えるのは自分の特権だと言って周りに触らせないね」

そう返すと「やっぱ、主によって俺たちもちょとずつ変わってるのかな」と加州はひとりごちた。

(そうかもしれないな...)

自分と同じ者が余所にもいるという事に、この加州は違和感がないらしい。

ふと彼女が振り返ってきた。

歌仙が立ち上がり、側による。

「どうかしたかい?」

「帰りたいと思います」

「わかった」と歌仙が頷く。

「ごはん、食べられました?」

「僕の握り飯もあると良いなと思っているところだよ」

苦笑いをして歌仙が言う。

「無かったらわたしの半分あげます」

そう言って彼女は笑い、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

何だかんだで彼女は完食していた。

ちらと自分の座っていた席を見遣る歌仙に「お待ちしますよ」と彼女が言う。

「いや、僕はもう無理だ」

申し訳ないが、残させてもらう。

席を立った彼女と共に部屋を後にした。



「あ、先に戻っておいてください」

そう言って彼女は離れたところにいた者を追って杖を上手について早足に去って行った。

「戻れるわけないだろう...」

だが、彼女は着いてきてほしくなさそうだった。

だから、仕方なく歌仙はその場に留まった。



暫くして彼女が戻ってきた。

「主」

声をかけると彼女は驚いたような表情を浮かべる。

「先に戻っておいていただいてもよかったのに」

そう言うと彼はため息を吐き、

「ひとりで戻れるわけないだろう。僕は何のためにここにいるんだか...」

だから、本当は一緒にあの者を追いかけたかった。

「すみません」と彼女が謝罪する。

「あれも知り合いだったのかい?」

「...まあ、わたしみたいに毎月戻る者はいないので、あちらも色々と気にしてくださっているんです」

応える彼女の声音が沈んでいて、歌仙は少しもどかしかった。









桜風
17.1.9


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