めぐり逢ひて 参拾伍
| 審神者の会合から戻ってきて彼女はなんだか元気がなかった。 以前、彼女の時代から戻ってきて塞ぎこんだ時のように食事を抜くことはなく、日常生活をいつも通りに過ごしていた。 だが、“違う”というのはわかる。 「会合以来だけど、何かあったのかい?」 燭台切が歌仙に問う。 「...いや、無いと思うんだけどね」 「他の審神者に懸想したとかー」 愉快そうに次郎が言う。 「歌仙、どうなんだ!」 長谷部が迫る。 「いや、それは..どうだろうねぇ。やたら馴れ馴れしい審神者は居たけど」 「当然、その狼藉者は斬ったのだろうな」 小狐丸が言う。 「斬ってないよ。相手は、どうやら細君がいるようだったしね」 「だから?」 長谷部が問う。目が据わっている。 「主の時代は、夫は妻を一人しか迎えられないらしいよ」 「不貞は働ける」 長谷部が言い切る。 「...懸想は、次郎君が勝手に言いだしたことだろう。一応、食事はとってくれているし、僕たちが傍にいても遠ざけようとしない。もう少し様子を見よう」 仲裁するように燭台切が言った。 長谷部は不承不承に頷き、その場から立ち去る。 「助かったよ」と言った歌仙に「心配は、心配だよね」と燭台切が言う。 燭台切が夜番のある日。 「じゃあ、主。また明日ね」 そう挨拶をして彼は隣室の控えの間に下がった。 間もなく、廊下から気配がして少し警戒していると障子に人影が写る。 夜這いだったらどうしようか、と思いながら目を凝らしてみると、その人影はどうやら歌仙のようだ。 「歌仙君。主はお休みになるよ」 声を落として燭台切が言うが、歌仙はそれに応じようとしなかった。 聞こえていないはずはない。だが、彼は燭台切の声に反応を示さなかった。 「主、歌仙だけど少しいいかな」 「...どうぞ」 寝所に入っていたかもしれない彼女はそう返した。 「主、君は何を悲しんでいるんだい」 部屋に入り、灯りを点けた歌仙は早速問う。 「何の話ですか?」 「さすがにね、君の事はわかるよ」 苦笑して歌仙が言う。 彼女はじっと歌仙を見ていたが、ふいと視線を逸らした。 「歌仙さん、わたし寝ます」 「分かった。おやすみ」 彼女の言葉に歌仙は頷いた。 頷いたが、そこから動こうとしない。 「わたし、寝るんです」 「うん、おやすみ。僕はここで、君が話をしてくれるまで待ってるから」 そう言われて彼女は俯いた。 膝の上に置いている手をぎゅっと握る。 「主、君が何かを考えてそれを為そうとするなら、僕は君の味方だ。ちゃんと君を守り、君の望みをかなえるよ。君が間違っていると思ったら諫言をする。それでも、君の意思が変わらないなら、僕は君の歩む道を共に歩む。露払いをし、君の愁いをなくすよ。何といっても、僕はこの城で唯一君に選ばれた刀剣だからね」 「えらんだ...」 「ほかの者たちは、君が声をかけてその声に偶々応じた者たちだ。でも、僕は違う。最初に用意されており、この中から選ぶようにと言われたんだろう。君の意思で選んだ」 「どなたかも存じませんでしたが...」 「それでも、僕は君に選ばれたという矜持がある。これは、何があっても君と最期を共にするだけの理由にはなるんだよ」 歌仙の言葉に、「ふ、ふぃ...」と嗚咽を漏らし、涙を零した。 歌仙は彼女を抱き寄せ、抱きしめる。 「ひとりで抱え込むからそんな風になるんだ」 責めるような口調はどこまでもやさしく、彼は彼女が落ち着くまで背をさすってやる。 暫くして彼女の呼吸が落ち着いた。歌仙は抱きしめていた彼女の体を離す。 「大丈夫かい」 「恥ずかしいです」 「ははっ、僕は君の何倍もこの世に在ったんだ。小さな子供が泣きじゃくるくらい、可愛いもんだよ」 そう言われて彼女は赤くなる。 「それで、話してくれるかい?」 彼女はコクリと頷いた。 「この間、審神者の会合の時にわたしの隣に座っていた人、覚えていますか?」 「男だね、覚えているよ」 歌仙が頷く。斬ってやりたかったとは言わない。 「あの人、審神者に選ばれる2日前にお子さんが生まれたそうです。子供の名前を付けて、審神者になったって」 「主に見せていたあれは、子の肖像画のようなものなのだろう?あの審神者の近侍に聞いたよ。毎日見せられるって」 「メール..文のようなものなのですが、それも送っているそうなんです、ご家族に。その返事もちゃんとあって、お子さんの成長が分かって嬉しいって」 「いい事じゃないのかな?」 何を彼女が悲しんでいるのかわからない。 「わたしたち審神者は、向こうの世界では亡くなったことになっているんです」 「...何だって?」 怪訝な顔をして歌仙が問い返す。 「誰のものにもなってはいけないので、亡くなったことになり、籍を消されて二度と家族に会えないようになっています。 審神者は、神様に捧げられた贄ですから」 歌仙が嫌悪に顔を顰めた。 「しかし、あの審神者は細君と連絡が取れているという事なんだろう?」 子供の成長を知らせてくれているというならそうだろう。 彼女は首を横に振った。 「誰かが、成りすましてそれらしいことを書いて返している..んだと思います」 「人というものは」 吐き捨てるように歌仙が言うと、彼女は歌仙の手を取った。ざわりと歌仙の胸の奥で蠢いていた何かが鎮まる。 「今回の会合にはいくつかの意味があったのだと、わたしは推測..邪推します」 歌仙は頷き、話を促す。 「まずは、審神者同士、顔と名前を覚えさせること」 「僕もそれは思ったけど、何か意味があるのかい?」 歌仙は首を傾げた。顔と名前を知っていて何になるというのか。 「歌仙さん、先日の会合で会った審神者と顔を隠していた役人のどちらかを斬らなければわたしがいなくなるとしたら、どちらを斬りますか。護衛はないと考えてください」 「役人だね」 即答した。 「なぜ?」 「それは...ああ、なるほど」 歌仙は納得した。少しわかりにくかったが、きっとこういう事なのだ。 言葉を交わし、お互いの状況を知っている者と、見かけはしたが事情や素性を全く知らない者では躊躇いが違う。 勿論、彼女を救うためにどちらも斬らなければならなければ躊躇うことなくどちらも斬るが、選ばされるとやはり、言葉を交わした者の方が明らかに難しくなる。 「そして、この会合は定期的に行うと言っていました」 「親交を深めさせて裏切りを阻止するというのだね」 歌仙の言葉に彼女は頷き、「さらに言えば、異変を察知できるよう、お互いに監視をさせるつもりだと思います」と言う。 「監視?」 「歌仙さんは、なぜわたしが“悲しい”と思っているとわかったんですか?」 「それは、君と長く居たからね。わからない方がおかし、い...」 そう言って彼はため息を吐いた。 「君は、このお上のやり方を悲しんでいるんだね」 歌仙が言うと彼女は首を横に振った。 「そうじゃないんです」 歌仙は首を傾げ、彼女の言葉を待った。 「わたしは、ここまで推測し、おそらく大きく外れていないこのことに気づいていながら、お上の意向に沿おうと思っているんです」 「...なぜだい?」 歌仙は問うた。 「過去の歴史の改変が行われた場合、この先、わたしは生まれてくるかどうかわかりません。まあ、わたしが生まれてくるかどうかはこの際どうでも良いんですけど」 「良くないよ」と歌仙がすかさずツッコミを入れる。 「でも、皆さんを会えた事実が消えてしまうのが、嫌なんです」 「...主」 歌仙が呆然と呟いた。 「わたしは、わたし唯一人の我儘で皆さんを危険な目に遭わせようとしているんです。お上の意向に沿えば、歴史改変主義者・検非違使の両方と戦っていただく必要があります。わたしはこんな安全な場所で皆さんに守っていただいてにいるのに...いつか、皆さんとのお別れが来るのはわかっています。でも、なかったことにはしたくないんです。ちゃんと「さよなら」を言って、終わりにしたいんです」 「君は、それを悲しんでいたのか?」 驚いたように歌仙が呟く。 彼女は頷いた。 「明日、皆さんにもお話します。それで、嫌だという方がいたら、お還りいただこうと思います。これも、わたしの勝手な我儘なんですけど」 「還らせる?」 「元いらした場所に」 「代わりを呼ぶという事かい?」 歌仙が問う。 彼女は首を横に振った。 「わたしにとって、皆さんの代わりになる人はいませんから。お還しした方と同じ刀剣はお呼びしません」 きっぱりと彼女はそういう。 「新しく来た者たちはどうするんだい?まだ新しい者たちが来る余地があるのだろう?」 歌仙の言葉に頷き「事情をお話しして、選んでいただきます」と彼女は言う。 「わかった。では、明日の朝餉の後に皆に話そう」 堅い表情をして頷く彼女の頭に歌仙は手を置く。 「大丈夫だよ。君は一人ぼっちにはならない。少なくとも、僕がずっと傍に在るからね。遅くに悪かったね、ゆっくりおやすみ」 そう言って歌仙は立ち上がり、灯りを落として彼女の部屋を辞した。 控えの間の前で歌仙は一度立ち止まった。 ちらと部屋の中を見遣る。障子が閉まっているので見えるわけではないが、気配はわかる。 「堕ちるなよ」 そう声をかけてその部屋から遠ざかって行った。 「燭台切さん」 主の部屋から声がした。 返事をしようと思ったが声が出ない。 「入りますね」 そう言って彼女が襖を開けた。 彼女は四つん這いで移動してくる。いつもは注意をするのだが、今はその余裕がない。 「嫌なお話を聞かせてごめんなさい」 そう言って彼女が燭台切を抱きしめた。 どろりと腹の底で淀んでいたものがすっと消える。 「主...」 「大丈夫ですか?」 顔を覗きこむ。 「うん」 バツが悪い燭台切は彼女から視線を逸らした。 「ごめんなさい」 彼女が謝る。 「いや、僕の方こそ」 「わたしたち人間の勝手で、あなた方付喪神に人の形を取っていただいたから、感情まで備えてしまうことになってしまって...嫌なことがたくさんあると思います。ごめんなさい」 彼女は両手をついて深く頭を下げる。 「謝らないで、主」 そう言って燭台切は彼女の肩をそっと持ち上げて顔を上げさせた。彼女の髪を撫でる。 「主の言うとおり、確かに嫌な感情はあるね。妬みや嫉み、憎悪とかもそれだね。でもね、それだけじゃないよ。昔の主があの時どう思っていただろうって推測することができるようになった。美味しいご飯を食べると幸せな気分になるって知ったし、大切な人ができると、心が温かくなるんだね。刀でしかなかったら、僕はそれを知らないままだ。刀だから知らなくてもよかったかもしれない。でも、知ることができて嬉しいよ。他の時代に同じように僕がいると知った時、僕は思ったんだ。僕は“当たり”を引いたって。僕は、君が主でよかったと思っている。さっき、歌仙君が自分だけは、とか言っていたけどね。僕も、君と在り続けるよ。約束する」 彼女は燭台切に頭を下げた。 「ありがとうございます」 |
桜風
17.1.9
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