めぐり逢ひて 参拾陸





翌朝、彼女は支度を整えて広間に向かった。

彼女の食事が終わるのを待って、皆は出陣や遠征の準備を始めようと席を立つ。

「少し、お時間をください」

箸を置いた彼女が言った。

腰を浮かせていた者たちも座り直し、彼女に視線を向ける。

彼女は、昨晩歌仙に話した内容を皆に話した。

嫌悪に顔を顰める者、気にならない者、それぞれの反応がある。

「主、いくつか質問があるのだけれど」

そう言ってにっかりが手を挙げた。

「どうぞ」

彼は問う。

「例えば、僕が元の場所に還ったとしよう。また君に会いたくなったら会えるのかい?」

彼女は首を横に振った。

「わたしは、二度と“にっかり青江”という刀をお呼びしません。なので、お会いできることはもうないでしょう」

彼女の言葉ににっかりは頷いた。

「もうひとつ」

彼の言葉に彼女が頷く。

「この城を襲撃したあの元審神者は、なぜお上を裏切ったんだい?」

「審神者になる前に、仲の良かった恋人がいたそうです。向こうの世界で自分が亡くなったことになっているというのを偶然知ったらしく、お上の勝手に憤りを覚えて。恋人も、新しい恋人を見つけていたそうで、こんなことなら世界がなくなってしまえばいいと..呪ったそうです」

「彼に呼ばれてこちらにいたはずの刀剣たちは?審神者が亡くなったわけではないのなら、あちらにそのまま下ったというのかな」

「...わかりません」

少しの沈黙ののち、彼女は首を横に振り、俯いた。

にっかりは目を眇めた。周囲からの視線を感じて彼は軽く手を振る。

「わかったよ」

ため息交じりにそう言った。

歌仙は皆を見渡した。それぞれ頷く。

「主」と歌仙が声をかける。

俯いていた彼女が顔を上げて歌仙に視線を向けた。

彼は畳に手をつき、少し前傾姿勢となっている。他の者を見ても同じだった。

時代劇で家臣が城主に向かって敬意を表す仕種に似ていた。

「今この城に在る我ら刀剣は、これからも主にお仕えし、お側でお守りすることを、ここに改めて誓います」

歌仙がそう言い、頭を下げると皆も倣って頭を下げた。

「え、ええ?!」

彼女はきょろきょろと部屋の中を見渡す。

全員が頭を垂れている。

「で、でも...皆さん、大変ですよ。わたしの我儘で...」

彼女が言うと「見くびるなよ」と和泉守が言う。

「俺たちはあんたの声に応じてここにいるんだ。自分で決めてここに降りてきてるんだ。今更尻尾巻いて逃げられるか。最後まで付き合うのが、武士道ってやつだろう」

不敵に笑って言う。

「それにさ、代わりを用意できるのに、代わりになるものはないって言われたら、もう..ついて行くでしょ。嬉しくて」

次郎が笑い、

「貴女の我儘なんてかわいいものですよ。天下人の我儘は本当に迷惑千万でしたからね」

と遠い目をしながら宗三が言う。

「気に入らないからと言って寺社を焼いたり、茶坊主を斬ったり」

げんなりしたように長谷部が言う。

「自分が滅ぼした家の正妻を妻に迎えたり」

ため息交じりに一期。

「ま、そんなわけだ。うじうじ考えんなよ。これは、俺たちそれぞれの意思だ。お前は何一つ命じてない中で、俺らが決めたことだからな。『わたしのせいで』っていうのはなしだからな」

そう言って同田貫が立ち上がる。

「そろそろ出ねぇと夕餉までに戻って来れねぇぞ」

同田貫は大股で広間を後にした。

彼に続いて本日出陣や遠征予定のある者たちが広間を後にしていく。

呆然としている彼女の耳に歌仙のため息が届いた。

「歌仙さん?」

「せっかく独り占めできると思ったんだけどね。さて、僕も出陣の支度を整えてくるよ」

そう言って歌仙もいなくなる。

「主さん、片づけますよ」

目の前の膳を堀川が片づけて行った。


広間には彼女一人が残された。

「ふ..く...」

声を殺す。ダメだと自分に言い聞かせる。見られたら心配をかけてしまう。

だが、溢れてくる想いは雫に形を変えて止まらない。

「ぬしさま..ぬしさま?!」

広間に戻ってきた小狐丸が目にしたのは、顔を覆って俯いている彼女の姿だった。

「どこかお加減が悪いのですか?薬研、薬研を呼んでまいりましょうか」

慌てて彼女の側に行き、声をかけるが、彼女は首を横に振る。

「では、なにゆえ...」

眉尻を下げて小狐丸が問う。

「うれし、かった...」

「嬉しかったのですか?どこもお加減が悪くはありませぬのか?」

「ありませぬ」

ぐずっと洟をすすって彼女が笑う。

「そう..ですか。嬉しいのに、泣くのですか?」

首を傾げる小狐丸に「人とはそういうものです」と頷いた。

「ひとつ学びました」

小狐丸はそう言って笑みを浮かべた。









桜風
17.1.9


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