嘯く 2





 この本丸は外界との空間が遮断されているという。

本丸の存在は市井から確認することができる。だが、結界のようなもので空間自体は遮断されており、繋がっていないそうだ。ただし、行き来することは難しいことでもない。

それを聞いたは庭の一角を紐で囲い、「審神者専用」と書いた小さな看板を立てた。

彼女自作の看板だ。

そこには色とりどりの花が咲いている。

幼い頃の夢が花屋さんだったはなんとなく花を育てるのが好きだった。

しかし、この城はとある時代のとある場所に在るものだから、自分の時代から花の苗などを持ってくると自然環境によくないのではないかと思い遠慮をしていた。

だが、そうではないというなら好きにさせてもらう。趣味は読書と園芸だ。

土に塗れる主を不思議そうに眺めながら、それでも彼らは彼女の好きにさせてくれていた。


「主」

ふいに声を掛けられて「んぎゃ!」とは思わず声を漏らした。

声を掛けた側は固まる。

「あ、いや。ごめん。何、長谷部」

軍手を外しながら彼女は立ち上がり、振り返った。

「いえ、何をされているのかと思って」

「庭いじり。みんなの内番の畑と違って食べられるものは何一つないけどね」

そう言ったはいつもの着物ではなく、ジャージだった。

汚れてもいいように、ということなのかもしれない。

「そうですか。その花は、何というのですか?」

「これ?これはね」

彼女が答えようと口を開いたところで「主!」と切羽詰まった声が聞こえた。

「今行く!」

はそう返しながら駆けだしていた。彼女を呼ぶ声音から、おそらく誰かが負傷したのだと察したのだ。

駆けだした先も手入れ部屋のある方角だった。

ぽつんと残された長谷部は彼女の庭を見た。

駆けだした彼女が投げ捨てた軍手がかわいらしく咲いている花の上に落ちていた。

そっと軍手を拾い、花に掛かった砂を払ってやった。

花の話をしていた表情とは全く違うそれで彼女は駆けだした。

(俺も負傷をすればあんな風に...)

そう考えて頭を振る。

主の手を煩わせるとは何事か、と自分を叱咤した。

取り敢えず、彼女が使っていた軍手を洗っておくことにした。



◇◆



重傷で運び込まれた大和守を見た時には息が止まるかと思った。

何とか借り物の力で治す事が出来た。

(あ、長谷部...)

花の話なら、何とかできると思って積極的に会話を持とうと思ったのに、こんなことになってしまった。

今更あの花の話をしても時機を逸しているだろう。

ため息を吐くと「どうかしたのですか」と宗三に声を掛けられてびくりと肩を揺らす。

「いるなら、いると...」

「申し訳ありません」

全くそのように思っていない口ぶりでそう言われた。

「それで、主のため息の訳は何ですか?」

そう言われては視線を彷徨わせた。

「そういえば、宗三も織田だったっけ?」

「織田にいたこともあります。何ですか?」

「長谷部ってどんな人?」

「見てのとおりだと思います。まあ、人を見下す態度を取らせると中々腹立たしい角度で見下せる人だと思いますが...」

「宗三、長谷部嫌いなの?」

何だ、その評価は。

「いいえ。好きでも嫌いでもないですよ。まあ、縁がある者だと思いましたが。主は、なぜ長谷部の事を?」

「何か、ちょっと..アレなだけ」

「言葉はきちんと使った方がいいですよ。それと、本人に聞いてしまえばいいのではありませんか?」

そう言って宗三が視線を向けた。

それを辿ったは「あ、」と呟く。長谷部がこちらに向かってきている。

「では」と言って宗三がいなくなった。



◇◆



「主...」

彼女は宗三と気安そうに話をしていた。自分に対してはそうでもないのに。

チクリと胸のあたりが痛くなる。

(何だこれは...)

宗三がこちらを見てきた。それにつられるように彼女も視線を向けてくる。

そして、苦い顔をした。

(やはり、俺は...)

だが、これで回れ右をするわけにはいかないだろうと長谷部は表情に気づかないふりをして彼女の元に行く。

「主、これを。洗っておきました」

そう言って彼女の投げ捨てた軍手を両手で差し出してきた。

「あ。ありがとう。って、長谷部。これまだ濡れてるじゃん」

「申し訳ございません」

彼女の言葉に謝罪しながら頭を下げる長谷部に「ちがう」と彼女が言う。

「は?」

首を傾げて長谷部が声を漏らす。

「長谷部の手袋が濡れる。ほら、濡れてる。濡れた手袋なんて気持ち悪いでしょ」

そう言いながら彼女は長谷部の手袋を脱がせた。

「あ、あの。主」

「ん?」

慌てた長谷部の声に何気なく返事をして、彼女は手を止めた。

「あ、ごめん。勝手に脱がして」

「いえ。俺の方こそ、主の手を煩わせてしまい...」

ドキドキと胸を打つ鼓動の速さが増す。

「で、では。御前失礼します」

長谷部は慌ててその場を去って行った。


「ああ、やっちゃった...」

長谷部の背を見送りながら彼女は呟く。

あの生真面目な長谷部の事だから、勝手に手袋を脱がされてはきっと腹を立てただろう。









桜風
15.6.13


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