嘯く 3





 「鶴丸。主は、どこだ?」

長谷部が問うた。

昨日の非礼を詫びなければと思ったのだ。

「ああ、主なら帰ったぜ」

さらっと言われて長谷部は大きな衝撃を受けた。



◇◆



怪しげな道具を使って審神者業などやっているので、は定期的に自分の時代に戻る。

健康診断という名の、経過観察。

要はモルモットだ。

自分の給金に上乗せされているのはそういうのも含まれているのだから、と彼女は気にしないことにしている。

まあ、勝手にモルモットにして「金を積んでるんだからいいだろう」と言われても腹立たしいが、仕方ないと割り切れるくらいには大人だ。

健康診断を終わらせては街に出る。

向こうにいると、こういう華やかなものを見ることがない。

質素な生活は嫌いではないが、こういうごちゃごちゃしたものがたまに恋しくなる。ジャンクフードや電子機器。

「体に悪い物って何で美味しいんだろう」

呟く。

本丸の食事がまずいとは思わない。最初は味のないご飯だった。最近は素材の味だとかそう言うのがわかるようになった。

それでも恋しい味の濃い、体に悪そうな食べ物。

(下着を買って...苗もまた買おうかな)

あのスペースを広げたら文句を言われるだろうか、と庭の一角を思い浮かべながらは歩いていた。

鞄に入れていた携帯が鳴り、確認すると同期からの連絡だった。

今日、飲みに行くからどうかという誘いだった。

がこちらに戻って来るのを知っていたので企画したのかもしれない。

出席することを返事したは時間が来るまで買い物に興じることにした。


複数のショップのバッグを持って飲み会会場へと向かった。

これはさすがに浪費しすぎた。

普段隠者のような生活をしているから、その反動で爆発してしまった感じだ。

同期がすでにそこに居た。

「ごめん、遅れた?」

そう言いながらは空いてる席に着いた。

「時間丁度。相変わらず」

クスリと笑って友人の一人が言う。

ビールを頼んで皆で乾杯をした。

「あんたの左遷先、どうなの?」

随分と酒が進んで皆がほろ酔いになった頃、友人に問われて彼女は言っていいラインまで説明をした。

「は?何それ。ウハウハ逆ハー生活じゃん」

「いやいや、色々と大変だよ。人が多いからそういう人間関係っていうか、そういうのもあるしさー」

「でも、相手はつまり“物”なんでしょ?形あるものはみんな壊れるっていうんだし。気楽でいいじゃん。世の理のとおりだって思えばさ。あたしも上司のヅラ吹っ飛ばしてついでに自分も飛ばしてもらおうかなー」

そう言われての酔いは一気に醒めた。

何を言っているのだろう、この女たちは。

げらげらと品が無く笑われた。自分の大切な人たちが。

カタンと立ち上がったを皆が不思議そうに見上げてくる。

「帰る」

そう言っては財布から金を出して机の上に置いて帰って行った。

「あ、戻らなきゃなの。また連絡頂戴ねー」

友人の一人がそう言い、「ばいばーい」と他も手を振る。

は振り返って手を振り返す気にはならなかった。



◇◆



夜中に目が覚めて長谷部は体を起こした。

厠に行きたいとは思わないが、取り敢えず、部屋を出てみる。

昼間に鶴丸から、主が帰ったと聞いた時には血の気が引いた。

昨日の自分の非礼のせいで彼女は怒っていなくなったのかと。

だが、彼女は定期的に戻っていると言われて一安心した。

毎日報告書は提出しているらしいが、直接報告をしなくてはならないことがいくつかあるのだという。

何気なく歩いていた廊下の向こうに何か影が見えた。

警戒しながら長谷部が近づくと、帰っているはずの主の姿があった。

明日の夕刻に戻ると聞いていたので長谷部は驚き、彼女の元に足を向けてみた。

「主」

片膝をついて彼女に声を掛ける。

彼女は膝を抱えて額を膝に付けている。

ゆっくりと彼女が顔を上げた。

「あ、主。どどど、どうされたのですか?!」

長谷部は慌てた。彼女の眸が濡れていたのだ。

「はせべ」

彼女が呟く。

「はい、ここに」

「ごめんね」

そう言ってまた先ほどと同じ姿勢を取った。

彼女の周りには派手派手しい紙の袋がたくさんある。これ以上は近づけない。

長谷部はその場に正座をした。いつ何を命じられてもいいように。



◇◆



が顔を上げるとそこには長谷部がいた。

「長谷部?」

「はい、ここに」

「...今何時?」

が問う。

「申し訳ございません、わかりかねます」

そう言われて「そっか」と彼女はつぶやき、ハッとした。

「あれ?いつからそこに?」

「わかりません」

「長谷部、正座してる」

「当然です。主の前で足を崩すなど」

「人間はずっと正座をしていたら脚が痺れるんだよ」

「...そのようです」

長谷部は硬い表情をして返した。

は苦笑し、「脚崩しなって」と言った。

「...いえ」

「じゃあ、アレだ。主命。主命だから脚崩してしびれを取って。でないと歩けないよ」

そう言われて「失礼します」と長谷部はそろりと脚を崩す。

しかし、動かすだけで痺れが来て彼の表情が崩れる。

「長谷部はなんでここにいるの?」

が問う。

「夜中に目が覚めてしまって、少し城の中を歩いておりましたら主の姿が見えましたので...」

「ああ、ごめんね。とっとと部屋に引きこもっておけばよかったね」

が苦笑して返すと「いえ」と長谷部は生真面目に返事をする。

「主、何かあったのでしょうか」

長谷部が心配そうに表情を向けた。

「ううん。まあ、強いて言うなら..友達と喧嘩しちゃったって事かな」

「喧嘩、ですか。よろしければ加勢をいたしますが」

「ダメダメ」とは笑う。

「女の喧嘩に男が出てきたら、余計に拗れる。覚えておいて損のない話よ。それにまあ...当分会わないし」

そう言っては空に視線を向けた。

少し明るくなってきたような気がする。

体に悪いものがない。空気がきれいだから星空も美しい。

味の濃い、体に悪そうなジャンクフードがない代わりにこれだから、まあ、悪いところではないのだ。

「長谷部、どう?」

「歩くのに支障がないかと」

彼の返事を聞いては頷き、

「じゃ、部屋に戻ろう。私ももうちょい寝られそうだし」

と自分の周囲に置いている袋をまとめ始めた。

「お持ち致します」

「いいよ。自分の荷物を当然に男に持たせる女って嫌いなんだ」

は笑って袋を肩にかけ、「またね」と言って自室に戻って行った。

「おやすみなさいませ」

長谷部は頭を下げてその背を見送った。









桜風
15.6.20


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