| 「ぐ、これはやばい...」 は呟いた。 背面を見たくても良く見えずにぐるぐるとその場を回る。自分のしっぽを追い掛けてくるくるとその場を回っている犬のような状態に陥りつつある。 ふと、廊下に人影があった。 できれば短刀に頼みたかったが、いつ通るかわからない短刀をまんじりと待っていても仕方ないので「ちょいちょい」と廊下の人影に声を掛けた。 「はい」 返事があったのは、長谷部で「げ」と彼女は呟く。 「主?」 「いや、あのさ..ちょっとお願いがあるんだけど」 背に腹は替えられない。 「何なりと」 片膝をついて長谷部が言う。 「障子をちょこっと開けてサッと入ってパシッと閉めて」 表現が独特だが、速やかに部屋に入って来いという事だろうと彼は解釈して「失礼いたします」と言って部屋に入ってきた。 ちょこっと障子を開けてその隙間でサッと部屋に入り、スッと障子を閉める。 そして振り返って、固まった。 「あ、ごめん。再起動ヨロシク」 フリーズした長谷部に向かって彼女は言う。 背を向けたまま。 「主、そのお召し物は...というかその..脱ぎ掛け、ですか」 「逆。着たかったんだけど、ほら、ファスナーが布を噛んじゃってて」 「ふぁすなー...」 長谷部は呆然と呟いた。 「あの、えっと。背中で止まってるのあるじゃん」 「蝉の抜け殻の背ような...」 (表現...) 心の中で彼女は一旦ツッコミを入れる。 「そう。そこにこう..手でつまめそうなところない?」 彼女が必死に触ろうとしている物を察して「失礼いたします、これでしょうか」とファスナーの取っ手を手にした。 「え、っと。たぶんそれ」 体を捻ったりして何とか背後を見ようとしたが、人間の体の構造上中々難しい。 「それが布を巻き込んでない?」 「そう..かもしれません」 「一度下ろしてみて。巻き込んだ布が取れたら教えて」 「かしこまりました」 そう言って長谷部はその取っ手を下ろした。少し硬かったが、に了解を得て力を入れて降ろしてみると、巻き込まれていた布が取れた。 「取れました」 「じゃあ、今度は慎重にそれを上げて」 「はい」 “慎重に”というのは、先ほどみたいに布を巻き込まないように、という事だろう。 長谷部はゆっくりとの背中のファスナーを上げた。 「上がりました」 いちばん上まで上げて声を掛ける。 「ありがとー。ごめんねー」 そう言って彼女は少し服を整えて長谷部に向き直る。 「鶴丸は...」 「出陣。誰もいないから着替えてみようかなって思ったんだけどね」 苦笑してが言う。 先日購入した服を着てみようと思ったのだ。 いつもは袴姿かジャージで過ごしているので、今の彼女の格好、膝上の丈のワンピースは中々珍しい。 「よく、お似合いです」 涼しげな色合いのそれは少し子供っぽさが見える気もしたが、不思議とに似合った。 「本当?もう気にせずに本丸でも着ようかなー」 「え?」 が上機嫌に呟くと長谷部が思わず声を漏らす。 「ん?あ、やっぱり似合ってないんだ。長谷部、ヨイショは要らないんだよ」 残念そうにが良い、「いいえ」と長谷部が慌てる。 「とてもお似合いですが、その..丈が短くて...目のやり場に困ってしまいます」 俯いてそういう長谷部にも困った。 「あ、ああ。そうね。うん...」 (生きてた時代か...) 遠い目をした。 ◇◆ 「どうぞ」 長谷部が淹れてくれた茶を飲む。 彼女の膝の上には、彼女が購入したばかりのストールが乗っている。 長谷部が落ち着かないというのだから仕方ない。 「ありがとう。ごめんね、せっかくの非番に」 「いえ、お役にたてて何よりです」 長谷部が頷く。 「ご友人とは」 「ん?」 ふいに長谷部が声を掛けてきて、彼女は彼に視線を向けた。 「ご友人とは、仲直りをされましたか」 そう言われて彼女は苦笑した。そうだった、彼は知っているのだ。 「ううん。向こうとまだ連絡取れてないし。私が勝手に拗ねたというか...怒っちゃっただけだから、向こうは喧嘩したって思ってないだろうし」 彼女の答えに「そうでしたか」と長谷部が頷く。 「主は..どうして審神者になられたのですか」 彼女はとっさに首から掛けているネックレスに触れた。 怪しげな道具が明らかに怪しげだと拙いだろうという事で、彼女の場合はネックレスの形で与えられている。 他にも実験に参加している者たちもおり、皆がネックレスなのかはわからない。 「理由?」 「経緯と言いますか」 「ああ、経緯。上司のヅラを飛ばした事がきっかけかな」 「...づら、ですか?」 初めて聞く単語だ。 「うん、禿が禿を隠すために髪の毛っぽいものを頭に載せてるのよ。そいつをスパンと飛ばしたら、何日か経って転属命令が出て審神者の担当部署に飛ばされた」 あっはっはと彼女が笑う。 (それは、笑い事なのだろうか...) 「主は、なぜその上司のヅラとやらを飛ばしたのですか?」 「んー、大して仕事はできないのに、腰ぎんちゃくするのは上手くてね。これまで仕事のミスを散々部下に押し付けて、私が尻拭いしてきたんだけど、いい加減頭に来たから...いや、私もまだまだ子供だね」 そう言って彼女はため息を吐いた。 「主」 長谷部が思いつめたような声音で声を掛けてきた。 「ん?」 「お聞きしてもよろしいでしょうか」 「なに?」 「俺を第一部隊に入れていただくことはできませんか」 「長谷部を?」 彼は緊張した表情であるが、こちらをじっと見ている。 「んー、まだダメかな」 「駄目..ですか」 しゅんとなる。 「うん、まだね。確かに、一軍って位置づけてる人たち以外にも第一部隊に入って出陣してもらってるけど、それは一軍のみんながフォローできる範囲だからね。 今の長谷部だったら、第一部隊に入れて出陣させたら一軍も大けがする。怪我した相手に資源がもったいないとか言うつもりはないけど、怪我したら、痛いじゃん?」 そう言って彼女は苦笑した。 「出過ぎた願いを口にしました。お忘れください」 平伏した長谷部に彼女は首を横に振った。 「ううん、頭の隅に留めておくよ。長谷部ももっと強くなったら第一部隊に入れることができるから、もうちょい頑張ろう」 「はっ」と長谷部は生真面目に返事をした。 ◇◆ 「帰ったぞー」と言いながら鶴丸が彼女の部屋に入ってきた。 そして、彼女の姿を見て目を丸くする。 「主、どうしたんだそれは。おなごみたいだぞ」 普段見慣れない彼女の洋装に少しだけ驚く。 「はっはっは。私はこの本丸に来る前からおなごだ。今頃気づいたか」 彼女が返す。 「第一部隊、無事に帰還した」 「けが人は?」 「ない。ただ、すまん。殆どの者が刀装を失った」 鶴丸の言葉に彼女は苦笑する。 「じゃあ、明日はぜひとも鶴丸サンに金装備を作ってもらわないと困るね」 彼女の言葉に鶴丸は頬を引き攣らせながら「ああ、そうだな」と言う。 「主、では、俺はこれで」 「うん、ありがとう」 長谷部を見送った鶴丸が彼女に視線を向けた。 「最近仲が良いな」 「ん?長谷部?」 「ああ、苦手だと言っていた割に、会話をしている姿を見かけるぞ」 そう言われて彼女は少し悩み、 「あれくらいの見てくれの男の人に言うのもアレだけど。長谷部って意外と可愛いね」 「ん?面白そうな評価だ。聞かせろ」 鶴丸が食いついた。 「感情がこう..意外とダダ漏れというか...正面から見たら隙のない、仕事のできる男っぽいのに、背中を見たら喜怒哀楽がなんとなくわかってしまう感じ?」 彼女の言葉を聞きながら色々な場面が浮かんだ。 大抵、彼女の周辺で起きる現象だから余計に面白い。 「そうか、まあ。何よりだな」 クツクツと笑いながら鶴丸が言う。 「何で笑うの」 憮然と彼女が問うが「いや」と彼は返すだけだった。 |
桜風
15.7.4
ブラウザバックでお戻りください