おひさま 1





 その城から審神者が去って半年が過ぎようとしてきた。

元々高齢だった審神者は、ここで刀剣に宿る付喪神を呼び招いて共に過ごした。

神である彼らも審神者の事を“主”と認めて慕っていた。

人の命が短いことなどすっかり忘れており、審神者が床に臥せって起き上がれなくなってやっと彼らは気づいた。

――主との別れが近い。

神である彼らにもできないことはある。

寿命を迎える人の魂をこの世に留めさせることはできない。

ただし、人ではない者にして隠すことはできる。人の理から外すことができるのだ。

そのためには名が必要だった。だが、審神者は名を明かさなかった。

彼らと過ごした日々に感謝し、そして逝った。


審神者が不在となった城は、その空間を維持できない。

綻びが目立ち始めてきた頃に時機を見計らったかのように政府が申し出てきた。

新たな審神者を受け入れないか、と。

これに対して随分と反対意見が出た。この城の審神者はただ一人だ。

代わりなどいない。

このやり取りは審神者が去った時から政府とこの城にある付喪神たちの間で幾度となく繰り返されていた。

しかし、おそらくこれが最後だろうと誰もが心のどこかで思ってた。

「新たに来る人間の名を奪ってしまえばいい」と誰かが言い、政府の申し出を受け入れることにした。



その数日後、こんのすけと呼ばれる狐のような何かが人間を引き連れてきた。この生き物は審神者の側にいたが、審神者がいなくなると同時にこの城から消えていた。

こんのすけが連れてきたのは女だった。年のころは16、17と言ったところで、力のある人間のようには見えなかった。

「この方は審神者としての力はありますが、あまり強くなく、現在別の方を探しております」

こんのすけが言う。

「おい、そりゃ話が違うんじゃないのか?」

ギロリと睨みながらひとりが言う。

「審神者を受け入れるという話だったはずだけど?」

冷え冷えとした声音で別のひとりが言った。

「ええ、ですから。ひとまずこの城の空間維持ができるための措置です。元々審神者の能力を発現している人間は多くなく、そのため、まずは皆様の希望である、この空間の維持を優先しました」

そう言ったこんのすけは「それでは」といなくなる。

(ええー、ここで消えるとか...)

内心そう思った彼女は、殺気だった男たちを見渡した。

(どれがボスだ?)

注意深く観察し、一人の男と目が合った。

最も冷やかな瞳を向けている彼がおそらくまとめ役だと読み、「ねえ」と彼女は声を掛ける。

視線だけで彼は問い返した。言葉を交わすのが嫌なのかもしれない。

「取引しない?」

「あ?!」

先ほど「話が違う」と言った男が彼女を睨みつけた。

ここで引いたら負けだと彼女は踏ん張り、まとめ役の男に視線を向けたまま言葉を続けた。

「あたしは、別に審神者というお役目に興味はないし、さっきの狐っぽい何かが言ったように、繋ぎのための人間だから正直政府も期待していない。でも、あたしはバイトとして雇われた身だからここに居続けなければならない。
あなたたちは、この空間?城?を維持するために人間の持つ“審神者の力”ってのが必要。その程度の力は、どうもあたしにもあるらしい。
だから、お互い干渉せず過ごす。あなたたちが何をしていてもあたしは何も言わない。あたしが何をしていてもあなたたちは文句を言わない。まあ、トイレ、えっと厠とお風呂と井戸と..台所は使わせてもらいたいけど」

暫くじっと彼女の様子を見ていた男はにこりとほほ笑んだ。

「あいわかった。それで構わん。ところで、そなたは何という名なのだ?」

優しい声音で尋ねられた。

(来た...!)

この仕事を押し付けられたときに政府の役人から言われていた。

「あの城に住む男たちが名を訪ねてきても答えないでくだい。名を奪われてしまいます。名を奪われるという事は、存在を奪われるという事です。くれぐれも、あなたのお名前を相手に知られてはいけません」

「苗字もですか?」

「はい。苗字の、名前ののどちらも知られないように細心の注意を払ってください。こちらも、審神者様は所属でお呼びいたしますので」

そんな会話を思い出す。

意味がよくわからないが、名前で相手を操れるという事なのだろうとは理解していた。

だから彼女は笑って「名無しの権兵衛」と答えた。

「なるほど、良く躾けられているのだな」

不快感を露わにした表情で男は言い、「まあ、いい。人間の命などいくらでも奪える」とその場を去っていく。

(つまりは、取り敢えずは居てもいいって事ね?)

彼らの最優先事項はこの城の存続だから、ひとまず代わりの審神者が見つかるまでは無事だろう。ただ、気を許してしまうとうっかり名乗る可能性がある。

だから距離を置く必要がある。

政府の役人は、彼らには出陣をしてもらう必要があると言ったが、そんなのは知ったことではない。

正式な審神者がやってきてからその審神者にさせればいい仕事だ。

「...オーケー。取り敢えず部屋は用意しよう」

大きなため息を吐きながら眼帯をしている男が歩き出す。

数歩進んだ彼は足を止め、「部屋は要らないのかい?」と声を掛けてきた。

は慌てて彼の後を追った。

周囲からの刺すような視線が痛く、吐きそうだった。

早々にその場を去らせてくれる彼にほんの少しだけ感謝した。









桜風
15.9.27


ブラウザバックでお戻りください