おひさま 2





 審神者の代替がやってきて5日ほど経ったが、特に大きな問題もなく、いつもどおりの本丸の生活だった。

当然と言えば当然で、お互い不干渉を約束している以上、これまでの生活が変わることはまずない。

彼女も気を遣っているのか、恐ろしいのか部屋からほとんど出てこない。

時々厠に向かっていたり、井戸に水を汲みに行っている姿は見るが、その存在をほとんどの者が忘れるほど希薄なものとなっていた。



◆◇



この本丸はとても不思議な空間だった。

水道や電気、ガスはなく、ライフラインの面では時代劇などで見るその生活にそっくりなのだが、ダメ元で娯楽として持ってきたゲーム機が使えるのだ。

充電をしなくても使い続けられる。どういう仕組みだろうと考えたが、自分が考えてもわかるものではないので、諦めた。

状況を受け入れるだけだ。

ゴロリと寝返りを打つと障子が少し開いていることに気づいた。

小さな影がパタパタといなくなる。

の部屋は本丸の奥に位置しているため、何かの用事のついでにここにやってくることはまずない。

(あれは、短刀?)

机に仕舞っているタブレットを取り出して刀剣男士についての記述の部分を読み返す。

この城にいる男たちは“刀剣男士”と呼ばれているらしい。彼らは刀剣の付喪神で、本体は飽くまでその刀剣だとか。

道具であった彼らはこれまで人間がその力振るっていたが、今は自身が自身の本体を振るい、戦っていると書いてある。

姿と刀剣の両方がデータベースに入っており、この城のまとめ役なのだろうと踏んだ彼は天下五剣と称される刀で、最も美しい刀剣と言われているのだとか。

(まあ、うん。そうなのかなぁ?)

美醜に対してはあまり興味がないので、彼を最も美しいと言われると首を傾げる。

好みは人それぞれだろう。

刀剣男士はその本体の大きさに合わせて体の大きさも違うらしく、短刀は子供のような姿をしており、大太刀はおおむね大きな体をしているとか。

勿論、例外はそれぞれの刀剣の種類に有るので飽くまで目安と考えたほうがいいようだ。

このデータベースも城に来る前に渡してくれればよかったのに、急いでいるからとこの城に情報を碌に寄越さずに突撃させたのだから、政府というのは鬼だと思った。


トイレに行くために廊下を歩いていると部屋の中から声がした。

「居ないよりましってのなら、置いておくしかないだろう」

「どちらかと言えば、いなきゃ困るしな...」

おそらく自分の事だろうと思った。

(捨てられてきたのに)

は自嘲した。

政府にこの話をされたとき、断ろうと思った。意味の分からない、どうなるかわからない世界に放り込まれてはたまったものではない。

「貴女が戦うのではありません」と政府の役人は言ったが、自分が行くことになった経緯を聞けば敵視されるのは目に見えている。

態々嫌われに行って何がいいのか。

歴史が修正されて今の時代が今の時代でなくなると言われもピンとこないし、最初からなかったことになるなら、痛いとか苦しいとかもないだろう。

消えるだけなら消えてしまっても構わないと思った。

だが、「いいじゃない」と自分の隣に座る者が言った。

「あんたはこの家に居ても居なくてもいいんだし」

そう言って同意書にサインをする。戸籍上母親だが、血が繋がっているわけではないその女に自分の運命を決められた。

“保護者”の同意を得られたので、政府の役人は帰って行った。

「ちょ!」

文句を言おうとした。だが、感情を一切映さない瞳を目にして言葉が出なかった。

「早く荷物をまとめなさい。時々の帰省は認められると書いてあったし、必要なものがあったらまた取りに来ればいいのだろうけど」

そう言ってリビングを後にする女は一旦足を止めて振り返る。

「政府から入るお金は、あなたの物だから好きに使いなさい」

そう言ってリビングのガラス戸が閉められた。

(“捨てる神あれば拾う神あり”だっけ?)

用を足して彼女は部屋に向かう。

捨てたのは人間で、決して神様に拾われたわけでもない。



短刀は、姿が人間の子供と似ており、性格も似ているのか好奇心が旺盛のようだ。

周囲の体の大きな刀剣に注意されているだろうに、彼女の部屋に傍にやってきては、彼女に気づかれると逃げていく。

逃げていくのは怖いからではなく、約束を違えたと言われると困るからだろうと彼女は勝手に解釈していた。

こちらに来る前に持ち物を全て点検され、名前の記載のある物は一切持ち込んでいないので、心配はないが、覗き見のようなことをされても気持ちのいい話ではない。

声を掛けてもいいものかと悩みながら、当分黙殺することにした。


毎日が淡々としていてかなり暇だという事に気づいた。

この城に居さえすれば彼女はその責務のほとんどを全うしていることになる。

だが、不干渉を提案した手前、城の中をうろつくのはどうかと思う。

何せ、この城は彼らのものだ。少なくとも、自分のものでも、居場所でもない。

(居場所。あたしの居場所、ねぇ...)

ふいに視線を感じて首を動かさずに視線だけを向けるとやはり短刀がいた。

(確か...)

「小夜左文字」

が呼ぶとビクリと震えて、それでも彼は好奇心に勝てなかったようだ。

「入ってもいい?」

「いいよ、面白そうなものは何もないけど」

話し相手ができるのは嬉しい。バレたら周囲が五月蠅そうだが...

「あなたは、いつも何をしているの?」

「何も。することが無くて退屈してる」

肩を竦めてが返す。

「そう...それ、なに?」

興味津々に彼女の手元にあるものを見た。

「ああ、飴ちゃん」

そう言っては袋から一つ取り出した。個包装のため、その包装を破いて「ほら」と小夜に手渡しする。

覗うように見る彼に苦笑して自分も同じように包装を破いて口の中に飴玉を放り込む。

「甘いよ」

そう言ったの様子を見た小夜は覚悟を決めたように飴玉を口に放り込んだ。

コロンと口の中で転がした小夜の目が見開かれる。

「甘い」

「でしょ?ああ、でもこちらの食事に慣れているならこういうの体に良くないんだっけ?」

どうしよう、と呟く彼女に「大丈夫、だと思う」と小夜が言う。

「そう?」

「それ、どうするの?」

飴が入っていた包装を見ながら小夜が問う。

「捨てるよ、ゴミだもん」

「そんなにきれいなのに?」

驚いたように問われて彼女は手元の包装を見る。

おそらく写真を加工した果物のイラストがあしらわれており、こちらではあまり見かけないかもしれない。

「これ、燃やしたら体に良くない煙が出るからこっちで始末できないんだよ」

「燃やさないから、頂戴」

「...いいけど」

文化の違いというものなのかもしれないが、少し戸惑う。

から包装をもらった小夜は少し嬉しそうだった。

「また来てもいい?」

「周りの大きな人たちが何か言うかもしれないよ」

「あなたは、駄目とは言わないの?」

小夜に言われて彼女は苦笑して肩を竦める。

「暇を持て余してるもので」

「じゃあ、また来る。ありがとう」

パタパタと駆けて部屋を出て行った小夜を見送り、はこてんと寝転ぶ。

「会話、いつ振りだろう」

彼らに交渉を持ち出してから初めての会話かもしれない。

元々居ても居なくてもよかった彼女は家の中でも碌に会話をしていなかった。

「いい子だったなー」

礼儀正しくて、好奇心が旺盛で。

はっと思い出して彼女は体を起こして首を横に振る。気を許してはいけない。

小さな子供の姿をしていても、彼は刀剣男士の一人だ。

自分の事を良く思っていない者の一人なのだ。

「寂しいな...」

ポツリと呟いた自分の声が思いのほか情けなくて、はぐっと奥歯を噛んだ。









桜風
15.10.4


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