| 朝早く目が覚めた小夜は井戸の水を飲もうと廊下に出た。 すると、彼女が縁側で足を拭いている。 「おはよう」 そう声を掛けると彼女は驚いたように振り返った。 「小夜、朝早いね。おはよう」 「どうしたの?」 「今日の分の水を汲みに。昼間はみんなが使ってるからね」 そう言って足を拭き終わった彼女は桶を持って自室に向かって行く。 「僕が持ってあげる」 「いいよ。小夜は水を飲みに来たんでしょ」 断った彼女の隣を小夜は歩く。 「ねえ、何で足を拭いてたの?」 「裸足で庭に出たから。廊下を汚すわけにはいかないでしょ」 「...履物、ないの?」 「だって、あたしが政府からこちらに連れてこられたとき、屋内から屋内だったんだもん。靴..履物なんて持ってきてないよ。外出の予定が全くなかったし。でも、今度戻った時には持ってくるけど」 「今度戻るときって、いつ?」 「5日後くらいかな?持ってきてる食料が無くなりそうだし」 「5日後。わかった」 頷いて小夜は駆けだした。 彼女の部屋はもうすぐそこで、部屋の障子を開けてやるのだ。 「ありがとう」 零してはいけないので、彼女は一回り大きな桶にビニール袋を敷いてその上に水を汲んできた桶を置くようにしている。 「飲んでく?」 そういわれて小夜は頷いた。 「はい、どうぞ」 そう言って彼女に渡された湯呑を受け取って一気に煽る。 「ごちそうさま」 「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう」 翌日、小夜は万屋に行くことにした。宗三も用事があるというので共に店に向かう。 万屋に行くと下駄が売ってあった。 「どうしました、小夜」 宗三に問われて小夜は振り返る。 「あの人に、どれがいいかな」 宗三は困惑した。 あの小娘が城の存続のために必要なのは理解している。 言葉も少し交わしたが、悪意のようなものは見えない。あの城を悪用したいとかそういうのもなさそうだと思う。 だが、この弟の懐き様は少し危ういとも思う。 「さあ、何だっていいのでは?小夜が買い与えるのですか?」 「うん。庭に、一緒に出たいから」 小夜の言葉に益々困る。 「あの娘がそう言ったのですか?」 「ううん、僕が一緒に歩きたいだけなんだ」 そう言いながら小夜は女物の下駄を眺め、やがてひとつ手に取る。 白木に赤い鼻緒の下駄だ。 「これにする」 そう言って万屋の主人にそれを渡して勘定を済ませる。 宗三も自分の用事を済ませて万屋から城に戻った。 小夜はまっすぐ彼女の部屋を目指す。 「入ってもいい」 声を掛けると返事がない。 何処かに出ているのだろうか。だが、彼女が部屋から出てくるのは夜中と朝方と決まっている。 だとしたら、寝ているのだろうか。 「開けるよ」 一応声を掛けて障子を開けたが、部屋の中には誰もいない。 (厠かな...) 厠だけは昼間でも行っている。さすがに夜中と朝方のみで済ませられるものではない。 部屋の前で彼女を待つことにした。 厠にしても戻って来るのが遅い気がする。誰かに掴まっていじめられているのだろうか。 そんなことになってはいけないと思い、小夜は彼女が良く使用する厠に向かってみることにした。 廊下の角を曲がるとドンと人にぶつかる。 「ごめん」と呟く小夜に対し「おおう」と尻餅をついた影がある。 「あ!」 「小夜、どうしたの」 強く打ったのか、自身の尻を撫でながら目の前に現れた小夜の名を笑いながら彼女が口にする。 「ごめん、大丈夫?」 手を差し出した小夜のそれを取って彼女は立ち上がる。 「お尻が腫れた」 「え?!」 慌てて尻に触ろうとした小夜の手を彼女はガシッと掴む。 「触っちゃだめだから」 「あ、うん」 慌てていたとはいえ、失礼なことをするところだったと小夜は反省する。 「それで、急いでどこに?」 彼女に問われて「あなたを探しに」と返す。 「あたし?」 「うん。これ、あげる」 そう言って抱えていた下駄を彼女に見えるように掲げる。 「え、下駄?あげるって言われても、あたし、この時代のお金持ってないし」 「だから、“あげる”って」 「でも、小夜のお小遣いで買ったんでしょ?政府の人に言って、これ分はこっちのお金に換金してもらえないかな」 「あげる!」 ムキになって小夜が下駄を押し付け、「じゃあ!」と駆けていく。 「え、小夜?!」 目立つ行動を慎んでいる彼女は追いかけることができなかった。 押し付けられた下駄はシンプルでかわいらしいものだった。 |
桜風
15.10.25
ブラウザバックでお戻りください