| 夜中に目が覚めてそっと障子を開けると月が出ていた。 月明かりでここまで明るいものなのかと驚く。 はそっと部屋を抜け出て廊下に出た。 階を降りてそして、小夜から貰った下駄を置く。 この時代のものだから、きっと手作りなのだろう。 (これ、気持ちいなぁ...) カランコロンという音も小気味よくて気に入った。 「小夜からのですか」 悲鳴をあげそうになり、とっさに自分の口を塞ぐ。 「宗三、夜中だよ」 振り返ってが言うと 「ええ、そんな夜中に下駄の音を鳴らして遊んでいる非常識な娘がいたので」 と返されてしまった。 「ごめん、起こした」 「いいえ、厠です」 (じゃあ、下駄の音とか関係ないじゃん) そう思いながらも口を噤む。 この宗三左文字に口では勝てない気がしているのだ。口以外で何に勝てるのかと聞かれれば、答えられないが... 「小夜は、あなたと庭を歩きたいそうですよ」 「庭を?昼間に??」 「ええ、おそらく。まあ、夜中がいいならそう言えばいいでしょうが」 そう言われては少し困った。 昼間はトイレ以外に部屋を出ないようにしている。 その生活がかなり長く続いているものだから、体力がない。 太陽の光に体力を持っていかれそうだ。 「あのね、宗三」 「何ですか?」 「これ、小夜がくれたの」 「知ってます。先ほど僕もそう言ったはずですが?」 「くれるって言うの。お代を払うって言ったら、怒っちゃった」 「大人しくもらっておきなさい。あの子に恥をかかせたいのですか?」 冷たい目で言われた。 「どういうつもりかわかりませんが、あの子はその下駄を真剣に選んでいましたよ。だから、あなたは大人しくもらって、それを使ってあげなさい」 「はい」とは頷く。 「宗三って、なんであたしと会話をするの?」 他の者は会話をしない。必要があれば応じてくれるが、こうして自分から声を掛けてくるのは今のところ小夜と宗三だけだ。 「あなたを監視するためですよ。小夜があなたのことを信用しているようですから、あの子を守るためです」 「お兄ちゃんって大変なのね」 「大変とは思っていませんが。あまり大きな音を立てないでくださいね」 そう言って宗三は廊下を歩いていく。 お代を払っていはいけないなら、別のお礼を考えなくてはならない。 この時代、何が喜ばれるのだろうか。 ◆◇ 朝早めに起きて井戸に向かう。 思った通り彼女が井戸の水を汲んでいた。 「おはよう」 声を掛けると驚いたのか彼女は釣瓶から手を離してしまい、間もなくバシャンと桶が水面に着く音がした。 「おはよう、小夜」 苦笑して彼女は返事をし、再度釣瓶に手を掛けた。 「僕がする」 そう言って小夜が手を貸してくれる。 彼は彼女の足元を見た。 昨日彼女に渡した下駄が履かれている。 「何?」 手を止めて足元に視線を落としている小夜に声を掛ける。 「あ、そうか。お礼がまだだったね。ありがとう、小夜。履き心地も抜群だよ」 彼女がそう言うと小夜は「良かった」と笑った。 「ねえ、今日は暇?」 小夜が水を汲みながら彼女に問う。 「ん?うん、まあ...忙しい時なんてないし」 「じゃあ、後で庭に出よう」 目を輝かせていわれて彼女はちょっと怯む。 「昼間から外に居たら...」 「僕が一緒だから大丈夫」 小夜が自信ありげに頷く。 「...わかった」 彼女は観念し、お礼の第一歩として彼が希望している庭の散歩に付き合うことにした。 昼間から廊下を歩いている彼女を見た城の者たちは少しだけ物珍しいものを見る目を向ける。 「こっちだよ」 そう声を掛ける小夜はすでに庭に降りていた。 「ちょっと待っててね」 そう言って彼女は早足で階に向かい、下駄を履く。 小夜が駆けてきて彼女の手を引いた。 「どこ行くの?」 「こっち」 そう言って小夜は彼女の手を引いて歩き出す。 多少の凸凹があるが、どうにか庭の手入れはしているようだ。 誰がしているのだろうか。 彼らは庭の草木を整えるために自身を振ることはしないだろうし。もしかして、庭が荒れないような何かがあるのだろうか。 「これ、ほら」 そう言って小夜が見上げたのは欅だった。 「ほら、あそこ見て」 指差す小夜の視線を合わせるために彼女は膝を折って見上げた。 「ああ、なに。鳥の巣?」 高い声がいくつか聞こえる。 「雛がいるの?」 「うん、そうみたい。次はこっち」 そう言ってまた彼女の手を引いて歩き出す。 小夜は気づいているのか気にしていないだけなのか、どうも尾行されている。 気づかれたくないという気持ちはないらしい。純粋な、好奇心からのそれなのだろう。 あとは、小夜の心配。 「小夜は愛されてるね」 ふいに零れた言葉。 「どうしたの?」 届いていませんように、と祈ったのに彼の耳には届いてしまった。 「何でもない」 慌てて首を振る彼女に小夜は何も言えずに「そう」と言って背を向けて歩き出す。 (僕じゃ駄目なのかな) 力になりたいと思う。でも、それが叶わない。 自分の体が小さいからだろうか。それとも、人間ではないからだろうか。 「ねえ、小夜」 庭の中を案内していると彼女が足を止めた。 「何?」 振りかえると彼女はぐったりしている。 「そろそろ戻らない?当分こんなに陽の光浴びてないから、疲れた」 小夜は慌てて彼女を木陰に座らせて「待ってて」と言っていなくなる。 「ねえ、尾行して楽しい?」 「...何だ、気づいてたのか」 ひょっこり出てきたのは鶴丸国永だった。 「そっちは隠すつもりもなかったんだろうけど」 「まあな。珍しいのが外にいるから気になってな」 「もう少ししたら部屋に戻るからお構いなく」 彼女の返答に彼は愉快そうに笑い 「小夜はどうだ?」 と聞いてきた。 「小夜?どうだ、っていう質問の範囲が広すぎる」 「その広い質問にはどう答える?」 「優しくていい子だね」 「なるほど。お前には子供に見えているのだな」 鶴丸が言う。 「どうしても印象は姿かたちに引っ張られちゃうよ」 彼女が返すと「まあ、道理かもな」と彼は頷いた。 「おっと、戻ってきた」 「隠れる気なんてあったの?」 「少しはな」 そう返して鶴丸は去っていく。 「水、持ってきた。飲んで」 「うん、ありがとう。ねえ、小夜。庭の散歩の続きはまた今度にしない?」 彼女が提案する。小夜はもう少しと思ったが、彼女の顔色があまりよくないことに気づき、頷いた。 「ありがとう」 「また、散歩してね」 「うん、約束しようね」 彼女の言葉に小夜は笑って頷いた。 |
桜風
15.11.1
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