おひさま 7





 政府からの情報はタブレットにメールという形で送られる。

毎日確認することが、の数少ない仕事のひとつだ。

「えー...」

用事がなければメールは来ない。つまり、メールを受信しているという事は、政府から何かしらの指示があるという事だ。

メールを開いて「えー...」とまた声を零す。

「入ってもいい?」

部屋の外から声がした。

「いいよ」

小夜がやってきた。

飴の用意をしていると、小夜はが無造作に置いていたタブレットを覗き込む。

「ねえ、これはなに?」

「政府からの指示が送られてくる、文箱?」

「僕に見られてもいいの?」

小夜が問う。この城に来た時、の甚く警戒していた姿を思い出したのだ。

は少し悩み、「あたしの名前、書いてないし」と返した。

一応ロックをかけているので彼は簡単にみられない。

「はい、今日はソーダ。シュワシュワするよ」

そう言いながらが小夜に薄水色の珠を渡した。

「空の色みたい」

呟いた小夜はその飴玉を口に含む。

途端、目を丸くしてに訴えた。

涙目になっている小夜を見ては慌てて「ぺってして」と自分の手を彼の前に出す。

自分の口に含んだものを彼女の手に出すなどできない。

小夜は首を横に振り、初めての感覚に耐えた。いつもはゆっくり口の中で溶けるのを楽しむが、今回はガリガリと噛み砕いて飲んだ。

「はい、お水」

すかさずが差し出した湯呑を受け取って一気飲みした。

「いまの、何?」

涙目のまま小夜が問う。

「ごめん、小夜。“ソーダ”って言ってあのシュワシュワした感じを楽しむものなんだけど、刺激強かったよね」

「あなたは、あれが好きなの?」

「うん。でも、小夜のくらい..小夜の姿かたちくらいの時は苦手だったわ。忘れてた」

ごめんね、とが言うと「ううん」と小夜は首を横に振る。

水をもう1杯もらった小夜は一気飲みしてを見上げた。

「なに?」

「さっき、何か嫌そうな声を出してたけど。何か嫌なことがあるの?」

心配そうに問われては苦笑した。

「明後日、ちょっと向こうに呼び出されたから」

「呼び出された?」

小夜が首を傾げる。

「うん、審神者の会議だって。あたしは出なくていいだろうって思ってたけど、出なさいって言われたの」

「僕が行く」

小夜が言う。

前の主がいた時、審神者の会議には必ず誰かがついて行っていた。

だから、この城の誰かが必ずついて行かなくてはならないのだと小夜は察した。

「いいよ。別に護衛とかいなくてもいいらしいし」

は断ったが小夜は首を横に振る。

「あなたに、何かあるといけないから」

「でも、向こうに行くついでに実家に帰って食料とか取ってくる予定だし」

「待ってる」

どう言っても小夜は引き下がる様子を見せない。

お互い譲る気が無く、じっと視線を合わせたままだったが「はぁ」とため息を吐いたのはで、「わかった」と折れた。

「本当?」

「嘘って言ったら?」

「本当って言うまで待ってる」

小夜の返答には再度ため息を零して「いいよ」と頷く。

小夜の表情がパッと明るくなった。

「何でついて来たいの?面白いことなんてないよ?」

「いい。あなたと一緒に居たいから」

これまでそんなことを言われたことがなかったは一瞬返す言葉を失い、首を傾げる小夜を「口説くなよー」と苦笑して小突いた。

口説いたつもりはなかったが、が照れ笑いをしているのを見て小夜は笑った。




彼女の供として審神者会議に出席すると聞いて江雪は反対した。

しかし、宗三が「小夜の意思ですよ」と味方になってくれた。

意外だな、と思ったが宗三は「面倒くさくなったらあの娘を置いて帰って来なさいね」という。

完全な味方ではないようだが、それでも大反対される中でこの反応は嬉しい。


審神者会議当日。

この城と彼女の時代を繋ぐ部屋の前で待っていると彼女がやってきた。

「じゃあ、行こうか」

「うん」

前の主の時は、審神者会議は初期刀の歌仙か三日月が供をしていた。

だから、小夜が供をするのは初めてだ。緊張していると彼女が手を取ってきた。

「嫌なら今のうち」

「嫌じゃない」

首を横に振って小夜が返すと彼女はため息を吐き、「行こう」と少しだけ固い声で呟いた。



薄暗い道を歩く。

風景はなく、ただ、随分と先にうっすらと明かりが見えるのでそこが出口なのだろうと察した。

三日月は完全に彼女の事を厭うているので聞けなかったが、歌仙に審神者会議の事を聞いてみると「何か良くわからない話をして終わるよ。僕たち刀剣は飽くまで主の護衛という立場だから傍に居れば問題ないよ」と教えてくれた。

この長い暗い道についても聞いていたからそこまで驚かずに済んだ。

「長いね」

「長いよ」

小夜が声を掛けると彼女が頷いて返す。

しばらく無言で歩き、やっと明るい場所に出た。

「お待ちしておりました」

狩衣姿の男が深く頭を下げて出迎えた。

彼女が所属を名乗ると「こちらです」と案内された。

男がちらと小夜を見る。

「今回はやっと護衛をお連れになったんですね」

「別に」

男の言葉に彼女は不機嫌に返す。

(僕は居ない方がいいのかな...)

俯く小夜耳ににひそひそという囁き声が届く。

何処か嘲笑しているような、そんな不快な音だった。


会議は半刻もなかった。

歌仙の言ったとおり、良くわからない話をしていた。言葉が少し難しい気がする。

「小夜、あたし実家に帰って来るけど、先に戻っておく?」

「ううん、待ってる」

「ここでの掟。刀剣は、余所の本丸とのいざこざは駄目だからね。審神者を傷つけるのはもちろん、相手の刀剣も」

彼女に言われて小夜は頷く。

「ちょっぱやで戻って来るから!」

そう言って彼女は駆けて行った。

(ちょっぱやって何だろう...)

部屋に隅で待っていると知らない審神者が近づいてきた。

「捨てられたの、小夜」

くすくすと笑いながら言う。

「主は、今家に帰ってるから待ってるだけ」

「家に帰る?!」

審神者は甲高く笑った。凄く不快な音だ。

「自分の本丸を置いて家に帰るですって!何て覚悟のない者でしょう」

小夜は俯いた。ここで怒ってはいけない。先ほど彼女から聞いた掟がある。

あの掟を破れば、彼女はもう戻ってきてくれないかもしれない。

「顔をお上げなさいな」

クイ、と扇で小夜の顎を持ち上げる。

「しかし、よりによって小夜左文字」

その審神者の隣には太刀が侍っていた。太刀と短刀で比較しているのだろうか。

「みすぼらしい」

「デパートの1階よりもマシよ、香水オバサン」

不意に加わった声に審神者が振り返った。

「ウチの小夜に何の用?」

審神者を睨みつけながらやってくるのは小夜の待ち人だ。

(“ウチの小夜”って...)

小夜の心が温かくなる。彼女は小夜を自分のものだと言った。

「短刀を近侍にするなんて」

彼女を指差すように審神者は扇を突き出した。

「あんたバカ?」

審神者の扇を掌で払って小夜の前に立つ。

「最期の最期に側にあるのが短刀よ。生き延びるときも果てるときも。体が大きければいいってもんじゃないでしょ。まあ、どちらの覚悟もないなら、見目麗しい太刀を侍らせたいだろうけど」

「こんの!」

審神者が激高して腕を振り上げた。

咄嗟に小夜は彼女の前に立ちはだかった。

体の大きさで言えば小夜の方が随分と小柄だが、体が勝手に動いた。

「主、そろそろ我々も戻りませんと」

そう言って相手の近侍が審神者の腕を掴んで止めた。

「は?!」

「作戦の刻限となります」

「...わかったわ」

振り払うように腕を解いた審神者は彼女を睨みつけた。

「知っていてよ。あなた、大した力もないくせに金欲しさに審神者になったんでしょ。卑しい」

言い捨てた審神者はプリプリ怒りながら足早に去っていく。

「主の非礼を詫びます」

「こちらこそ」

審神者の近侍の言葉に彼女はそう返した。まったく心のこもっていない「こちらこそ」だったが、相手の太刀は何も言わずに審神者の後を追った。


来た道を戻る。

行きは彼女が手を取ってくれた。だが、今は手を取ってくれていない。

彼女は荷物を持っているが、片手は空いている。

おずおずと小夜は彼女の手を取ってみた。彼女は嫌がる様子を見せず、手を払わない。

「ねえ」

「ん?」

「僕、居ない方が良かった?」

「ううん、そんなことないよ」

「僕、短刀だから恥ずかしい?」

「馬鹿ね」

優しい声音のそれに小夜は俯く。

「あたしね」

彼女が呟く。

「あたし、家に居場所がなかったのよ。母親は父の再婚相手、ってまあ。小夜の居た時代には少なくない話かもしれないけど。その母親が苦手でね。学校でもそんな目立つでもなくて、友達もいなくて。
政府が来て審神者ってのになるように言われたとき、その母親が勝手にサイン..同意しちゃったの。あたしの時代だと、あたしはまだ子供で、何かをするには保護者の同意が必要なのね。
逆に言ったら、保護者の同意があれば子供はそのとおりにしなくちゃいけない。
別にお金に興味はなかった。家を早く出たいって思ってたから、確かにお金は欲しかったけど、あの城の話を聞いたら、絶対にうまくやっていけない、辛いだけだって思ってたのに、行かなきゃいけなくなって。案の定、怖いお兄さん方がいて。正直、逃げちゃおうかって思ってた」

小夜は不安になって彼女を見上げた。

視線を感じた彼女は困った表情をして小夜を見下ろす。

「でも、ね。小夜が来てくれたの」

「僕?」

小夜の問いに彼女は頷いた。

「好奇心旺盛な子供の姿をした短刀が部屋を覗きに来て、部屋に入ってきて。話をして。少しずつ、あの部屋はあたしの部屋になってきたよ。
でも、最初は子供の姿をしていても敵だって思ってた。だから、小夜に冷たくしたこともあったでしょ?」

「...覚えてないよ」

「小夜は優しいね」

小夜は俯いた。

(僕は、やっぱり...)

彼女の言葉で小夜は決心した。









桜風
15.11.7


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