おひさま 8





 審神者会議から無事に戻ってきた小夜は部屋に向かった。

彼女はそのまま自室に向かったようだ。送ると言ったが、「大丈夫」と笑われた。

「おや、お帰り」

部屋にいた宗三が振り返って言う。

「ただいま」

「嫌なことはありませんでしたか?」

江雪も声を掛けてきた。

出陣がなくなってから、この城に在る者たちの多くは大抵部屋に籠って自分の趣味に没頭している。

兄たちも例外ではなく、時々体が鈍るからと当番を手伝ったりするが、普段は部屋で過ごしているのだ。

「僕、決めた。ううん、わかった」

どうしたのだろうと江雪と宗三が視線を交わす。

「僕は、あの人に仕えたい。あの人は、僕の主だ」

「「は?!」」

兄2人の声が重なった。

「小夜、どうかしましたか?」

宗三が声を掛ける。江雪は理解が追い付いていないのか、視線が定まっていない。

「前から思ってた。僕、あの人を支えたい。あの人を助けたい」

「ですが、小夜。あの娘は繋ぎのためにこの城に置いているだけですよ。主と仰ぐのは...」

薄々と小夜の想いを察していた宗三は言葉を探す。

自分たちにとっての主とはどういうものか、失ったときの辛さを知っているのに、なぜと思う。

「駄目です、小夜」

静かに、決して大きくない冷やかな声音が部屋に響いた。

「兄様」

「小夜、先ほどの言葉を取り消しなさい」

小夜は俯き、「嫌だ」と返す。

「小夜、いう事を聞きなさい。もしかして、あの娘に何か弱みを握られているのですか?争いは好みませんが、分を弁えない者も良くありませんね」

江雪は少しだけ鋭い眸を彼女が過ごしている部屋のある方角に向けて呟く。

「兄様でも、あの人を傷つけるのは許さない。主を傷つけることは許さない」

小夜は部屋の隅に置いている自分の荷物を掴んで出て行った。

「小夜!」

宗三が声を掛けたが、小夜の足は止まることがなかった。



「入ってもいい?」

部屋の外から声がした。

先ほど別れたばかりの小夜で「いいよ?」と返しながらは首を傾げる。

小夜は風呂敷をひとつ部屋に置き、「すぐに戻って来る。えっと、ちょっぱや」と言って出て行った。

(あー、スラング覚えさせてしまった...)

ガシガシと頭を掻き、取り敢えず、入口に置いたままだと躓くかもしれないため、小夜の持ってきた荷物を部屋の奥に置く。

意外と重量があり、驚いた。

少しして「開けて」と声がした。

襖に映っている影を見ては眉間に皺を寄せたが、立ち上がって障子を開ける。

「小夜?!」

小夜は布団を運んで来ていた。

のっしのっしと部屋に入ってくる小夜に道を譲ってはひとまず障子を閉めた。

「どうしたの?」

布団ごとこの部屋にやってくることは今までなかった。

「僕、今日からこの部屋で過ごす」

「ん?」

は首を傾げた。

「え、どうしたの?お兄ちゃんたちと喧嘩した?」

心配そうに顔を覗きこまれて小夜は俯く。

「あなたを主だって言ったら、江雪兄様が、取り消せって」

「ん?」

は再び首を傾げた。

「いや、そりゃ言われるでしょ。でも、ちゃんと話したらわかってくれると思うよ。小夜だって本気で言ったわけじゃないんでしょ?」

小夜は顔をあげて不機嫌にを見つめた。

「本気だよ」

静かな、しかし固い意思のこもった言葉には後ずさる。

「え、でも。小夜だって知ってるでしょ。あたしは繋ぎでここにいるだけだって」

「でも、僕はあなたを守りたい。今日、僕、あなたに「ウチの小夜」って言ってもらえて、凄く嬉しかった。僕は短刀だから。“モノ”だから、所有を口にしてもらえるのは嬉しいんだ」

確かに言った。小夜が余所の審神者に軽んじられることに腹も立った。

だが、自分は期間限定の、審神者の代わりのバイトだ。この先、正社員的な審神者がやってくる。

現に、審神者として何ひとつ仕事をしていない。ここに居ればいいと言われてそのとおりにしているだけで、時々ある出陣の催促は見ないことにしている。

彼らの命に責任を持てない。持ちたくない。

「小夜、あのね」

の言葉を遮るように「主が」と小夜が言葉を被せた。

「主が、ここに来た理由は良くわからない。さっきあのおばさんがお金だって言ってた。主が此処に来た時も。
この城に来た理由がお金が必要だからっていう事でもいい。お役人に無理やり連れて来られて嫌な思いをしているかもしれない。それでも、僕にとって、あなたは主なんだ」

まっすぐに目を見ていわれた。

の眸が揺れる。

小夜は“ここに居て良い”ではなく、“ここに居てほしい”というのだ。

これまで自分の存在をここまで欲してくれた人はいない。

自分の時代、家にいた時も、この城に来てからも。

欲しいと希い、何度も諦めているそれを小夜は難なく差し出してくれる。

「居なくなってもいい。それまでの間でいいから、あなたを僕の主と思ってはいけない?」

は声が出ず、ただ首を横に振る。

「よかった」と安堵の声が耳に届く。

「でも、小夜」

「なに?」

「主って、何をしたらいいかわからないよ」

「あなたのままでいてくれたらいい。僕は、今のあなたを見てあなたを主と定めたから」

少し照れながら言う小夜のおでこを小突いて「口説くなよ」とは笑う。

の鼻の頭は少し赤かったが、小夜は見なかったことにした。









桜風
15.11.15


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