おひさま 9





 小夜がこの部屋に引っ越してきて数日が経った。

彼女は毎日タブレットを眺めて「ふーん」と呟き、自分の時代から持ってきたというゲーム機で遊んでいる。

時々、小夜に小夜の居た時代の風習などを聞いたりした。


兄たちは、小夜が部屋を出て行った事をやはり快く思っていないらしく、城の中で会うと少し気まずい雰囲気になるが、周囲の仲間たちが何とか執成してくれている。

小夜がいるという事で、短刀たちが時々部屋にやってくるようになった。

兄たちから言い含められているのかわからないが、彼女にはなるべく近づかないようにしているようだが、小夜と楽しげに話をしている。

そんな時は彼女も気を遣って部屋の隅に移動してゲーム機で遊んでいる。

本当は彼女の部屋なのに、と小夜は申し訳なく思っていた。


そんな彼女がここ最近紐を編んでいる。そういうことに興味がなさそうだと思っていたが、意外と器用なようだ。

「主は何をしているの?」

手元を覗き込んで聞くと彼女はそれを隠す。

見られたくないのかもしれないと思って、小夜は遠慮するようになった。

「ねえ、小夜。それ何してるの?」

彼女が手を止めて聞いてきた。

小夜は暇を持て余していたため、本体の手入れをし始めたのだ。

「手入れだよ」

「見てもいい?」

自分は隠すのに、と思いながらも「いいよ」と小夜は返した。

少し恥ずかしい思いもあるが、興味を持ってもらえるのは嬉しい気もする。

「いつもやってるの?」

「いつも、というわけじゃないけど。昔は殆どいつもだったかな」

手入れの手を止めることなく小夜が言う。

「昔?」

「出陣してた時」

そう言われて彼女は「あ、」と呟く。

「出陣しなかったら、錆びちゃうの?」

良く聞く表現だ。

「ううん。そうならないように、皆自分で手入れしてる。大丈夫」

彼女の心配を察して小夜は応えた。嘘は言っていない。

前の主を亡くしてからも、結局彼らは自身の手入れを怠っていない。今出陣を命じられてもすぐに戦うことはできる。

「刀の手入れって、初めて見た」

ちらと彼女に視線を向けると、目を輝かせている。

「小夜ってきれいだねぇ」

感心したように呟く彼女の言葉に小夜は俯き、赤くなる。

「何?」

「恥ずかしいよ」

そう言われて彼女は首を傾げる。

本体という事は彼自身の事だ。

「ああ、そうか。嫌だった?」

「嫌じゃ、ないけど...」

綺麗などと言われたことはない。売られる程度には価値があるのは知っているが、それは他の刀でも同じで、むしろ兄たちなどはもっと価値があるとして多くの人に求められた。

「僕より兄様たちの方がきれいだよ」

「あー、何だっけ?有名なんだっけ?」

そういう事にあまり興味のない彼女は本人たちの言を思い出しながらそう言う。

「でもさ、あたしは小夜を見てきれいだって思ったんだよ」

にこりとほほ笑む彼女に小夜はまた俯く。

「あなたは、何をしているの?」

「え、あ。ああ...まだ内緒」

ぱたぱたと四つん這いになって小夜から離れていく。

「今度教えてね」

「うん、大丈夫」

自信満々に彼女は頷いた。



◆◇



以前小夜から下駄をもらった。

そのお礼をしようと思ったが、基本的にこの部屋から出て行くことをしていないし、この時代のお金も持っていない。

では、どうしたらいいのかと考えた。

実家にいた時、部屋の中でできることを趣味としていたので、手芸も嗜んでいる。

毛糸で何かを編むことも考えたが、あまり嵩張らない物をと考えて至った結論が、紐を編むことだった。

小夜は髪を結っている。髪結い紐にしてもらえればいい。材料は先日実家に帰った時に取ってきた。

後は編むだけと思っていたが、プレゼントしようとしている相手が目の前にる時間が多いので、少し作業が予定よりも遅れている。

本当は小夜の居ない間にコツコツと編んでいくつもりだったが、少し予定が崩れた。

とはいえ、小夜は控えめな性格だから、「内緒」と言えば深く詮索してこないところは助かっている。

この部屋にやってくる短刀たちの話を聞いていると、小夜は未だに兄たちと仲直りをしていないらしい。

その原因が自分だという自覚のあるは少し心が痛む。

勿論、自分がけしかけたことではないが、それでも自分の存在が誰かの不仲の原因になるのは避けたいと思った。

避けたいと言っても現時点で不仲となっているので、仲直りのきっかけを作れないかと考えている。

(宗三はともかく、なぁ)

長兄の江雪は自分に対する警戒心が大きい。

最近はこの城に在る者たちの警戒心というかに対する嫌悪感が少し薄れたようだと思う。

先日はトイレに行く途中に畑仕事をしていた山伏にトマトをもらった。

「小夜殿が「主は野菜を食べない」と心配していたからな」と言われた。

確かに、彼の目の前で食事をするときは大抵レトルトだ。生野菜なんてこちらに持ってきても保存が効かないから諦めて干し野菜やサプリメントで何とかしている状況だ。

そういえば、先日は小夜がこっそり夕飯のおにぎりを1個持って帰ってきた。

「美味しいよ」と言われて食べたら、塩加減も丁度良くて本当に美味しかった。

小夜の夕飯のおにぎりだったらしく、彼には申し訳ないことをしたと思ったが、翌日から小夜のおにぎりは小ぶりなのがもうひとつ追加されていたという。

それに対して誰も文句は言わず、小夜はその小ぶりなおにぎりを部屋に持って帰るようになった。

(小夜は本当に凄いな...)

小夜が傍にいる事でに居場所を作ってくれている。



「小夜」

にこにこと笑ってが呼ぶ。彼女がこんなに上機嫌なのは中々ない。

「なに?」

小夜も知らず笑顔になる。

「髪、結わせて」

そう言われて小夜は首を傾げた。

「これは、だめ?」

もう支度を済ませているため自分で髪を結っている。

「ううん、駄目じゃない。駄目じゃないんだけど、駄目かな?」

「主が、結んでくれるの?」

「うん、あまり上手じゃないんだけど」

苦笑いを浮かべる彼女に小夜は笑顔を浮かべた。

「やって」

そう素直に背を向けてきた。

「解くよ?」というの言葉に小夜は頷く。

暫く髪をいじられて「できた」と頭上から声がした。

そのまま見上げるとが嬉しそうに笑っていた。

「主、何かいいことあったの?」

「はい、鏡」

小夜の問いに返事をせずには手鏡を渡した。

受け取って小夜は鏡に自分を映した。髪紐がいつもと違う。

「え、これどうしたの?」

「編んだの。ずっと編んでたやつ。前に下駄をくれたでしょ?そのお礼。お金で返そうとしたら宗三に小夜に恥をかかせるのかって怒られちゃった」

怒られたというか“冷やかに非難された”というのが正しい表現のような気がする。

「それでね、難しかったら良いんだけど」

彼女はおずおずと髪紐を2本小夜に差し出してきた。

「宗三と江雪に。要らないって言われたりするかもしれないから、あの、無理にとは言わないけど。
小夜は、あの2人と仲直りできないかな?」

覗うようにが言う。

小夜はハッとした。に心配をかけていたのだ。

半ば意地になっていたが、主に心配をかけたままではいけない。

「大丈夫。ちゃんと仲直りするから」

小夜はから髪紐を受け取り、頷いた。



◆◇



部屋の障子がそっと開いた。

視線を向けると小夜が中の様子を覗っている。

「どうしたのですか、小夜」

宗三が声を掛けると江雪も視線を向けてきた。

おずおずと部屋に入る小夜を見て江雪はほっとしていた。

やっと己の過ちに気づいたのかと。

「これを、主から」

江雪の表情が一瞬強張った。ちらとそれに視線を向けた宗三が「あの娘からですか?」と問う。

「うん。主が作ってくれた。ほら、僕の。あと、兄様たちと仲直りできないかなって」

宗三は小夜の手にある紐を見つめた。良く見たら不恰好でもある。だが、作った者の想いも感じられる。

「僕がこちらでしょうかね」

そう言って宗三は小夜の持っている紐の片方を手にした。

「あまり美しい仕上がりではありませんが、受け取りましょう。使うかどうかは別として」

小夜の表情が明るくなった。そして江雪に視線を向ける。

「...受け取りましょう。別に、仲違いをしているつもりもありませんでしたが」

「僕の主が作ってくれたんだ」

誇らしげに、嬉しそうに小夜が言う。

あの娘を主と戴いている小夜の姿に若干の苛立ちは否めない。

だが、あの娘が編んだというこの髪紐に込められた想いは届いた。これを無碍にするのはあまりに大人げない。

「小夜は、この部屋に戻って来ませんか?あの娘が仮に、万が一主であっても、この部屋で過ごしても構わないのでは?」

江雪が言うと小夜は首を横に振る。

「主は寂しがり屋だから」

そう言って小夜は部屋を出て行く。

「仲違い、していなかったんですね」

からかうように宗三が呟く。

江雪はちらと宗三を見遣り「ええ、当然です」と頷いて見せた。









桜風
15.11.22


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