おひさま 11





 朝、目を覚ますと小夜の姿がない。

いつもは彼が起こしてくれて起きるのだが、それがなかった。

眠りが深かったのか、寝起きもすっきりしている。

これは夜型解消できたかと少しだけは浮かれた。


廊下に出ると少し騒がしい。

不干渉と言っても気になる。何より、小夜がいないのだ。

「どうしたの?」

ひょっこり姿を現したを目にした江雪は刀を抜いて彼女の首筋にそれを当てる。

「あなたが小夜を唆したのですか」

静かな怒りを孕んだ声音には困惑しつつも「小夜?」と問い返した。

昨日の思いつめたような小夜の姿を思い出す。

「小夜がどうかしたの?」

「出陣をして、重傷で帰ってきたんです」

「出陣?!」

江雪の代わりに答えてくれたのは宗三で、は声を上げた。

出陣なんてしなくていいと話していた。

自分はそこまで求められていない。中途解雇が決まっているからそこまでしなくていいと言った。小夜の命を背負う覚悟はないと話した。

「待って。重傷って...治るの?」

宗三に向かっては声を掛けた。

「これまで、主がいた間は主が手入れをしてくださっていたので治りました。一応、手入れ部屋で手入れを行っているらしいのですが、やはり審神者の力で手入れをしていただく方が早いんですよ」

「手入れ...」

審神者になる前、政府の役人が何か言っていた気がする。

審神者としてできることを何個か挙げていた。

しかし、自分は繋ぎのためにその城に行くだけの存在で、そこまでする必要はないと思って良く聞いていなかった。

「手入れ...」

言葉を漏らし、そして思い出す。

小夜は良く自身の本体を手入れしていた。

物珍しさと好奇心で見学させてもらったことも何回かある。

どうも小夜は見られるのが恥ずかしかったようだが、好きにさせてくれた。

「手入れって、本体の手入れをすればいいの?」

誰にというわけではなく、俯いたは問いを口にする。

「まずは本体。次に、この現身だ」

別の声が加わった。

顔をあげると長谷部がいた。彼も血に汚れている。

「長谷部も怪我したの?」

が問うと

「いや、俺は小夜を担いで帰ってきたから汚れているだけだ」

返されて彼女は息をのむ。

担いで帰ってきた人の服がこんなにも汚れているのだ。

(早く...早く...)

焦るが体が動かない。

「どうした。自分の臣下の怪我をどうもできないのか。お前がちゃんとした審神者であるとお上に証明するために、小夜は出陣したんだぞ」

は瞠目し、長谷部を見た。

「しつこく頼まれたからついて行った」

「手入れに必要な道具は、何か特別なものだった?」

の問いに「それは知らん」と長谷部が返した。

政府の役人が手入れの説明をした。

特別なものが必要ならその時に渡されているはずだ。それがなかったという事は、通常の道具で事足りると考えてもいいだろう。

は踵を返して駆けだした。

「逃げるのですか」

江雪が言うが「いや、違うだろう」と長谷部が言う。


(小夜、借りる!)

部屋に戻って小夜の手入れ道具一式が入った風呂敷を引っ掴んで駆けだした。向かうは手入れ部屋。小夜を治さなくてはならない。

廊下を駆けていると先ほどの彼らがまだ立っていた。

「邪魔!」

そう言っては欄干を飛び越えて庭を突っ切り、手入れ部屋に向かった。



◆◇



「...何ですか、あの小娘」

江雪が呟く。“邪魔”と言われてしまった。

「手入れ道具を取りに行ったんだろう」

そう言って長谷部は自室に戻って行った。




「俺はな、思うんだ」

庭を眺めていた鶴丸が呟く。

「どうした?」

「あの娘はこの城の中で最も憐れなのだろうな、と」

「憐れ?」

一応、話は聞いてみようと共にいた三日月が問い返す。

「ああ、憐れだ。あれは、ただ巻き込まれただけなのだろうからな。
俺たちは、この城を失くしたくない。そしてお上は、俺たちを失くしたくない。戦力として大きいようだからな。そんな両者の我儘に巻き込まれただけなのだろうよ、あの娘は」

「バイト、などと言っていたではないか。バイトが何かはわからないが、金を受け取っている」

三日月の反論に鶴丸は頷いた。

「そうだな。だがな、本当にこんなところに来たかっただろうかと思うんだ。金が必要だから仕方なし、という事もあるかもしれん。この城に来たばかりのあの娘を覚えているか。怯えた目をして、それでも精一杯強がっていたではないか」

「...何が言いたい?」

回りくどく言われて少し苛立つ。あの存在自体が気に入らないのに。

「審神者と俺たちの主従の関係というのは、審神者が俺たちを呼び出し顕現させたことによって成り立っていると思うんだ。
だが、考えてみろ。俺たちはすでにこうして顕現しており、新たな刀剣が来ることもないらしいではないか。あの娘は端からその機会がない。
それなのに、小夜左文字はあの娘を“主”と慕っている。それは、あの娘が自ら結んだ絆だ。
俺は、今更別の者を挿げ替えて「これが本当の審神者だ」と言われても納得はできんだろう。納得というか、受け入れられるかどうかと聞かれたら、まずは無理だ。正直、あの娘の方がマシに思える」

「では、鶴丸はあの娘を主と認めるというのか?」

問われて鶴丸は肩を竦めた。

「他の誰かよりはマシという意味ではな。俺の主は、もう亡くなっている。人の命が短いのは仕方ない。主以外の審神者を受け入れなければならないというのなら、俺はあの娘でいいと思う。少なくとも、小夜左文字とあの娘の間の絆は本物だ。信用するに足りる材料だと思うがな」

そう言って茶を飲み、彼は立ち上がる。

「さて、様子を見に行ってみるか」

わざとらしい呟きを置いて鶴丸は手入れ部屋に向かって行った。









桜風
15.12.6


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