おひさま 12





 血と泥にまみれている小夜は呼吸が浅く、顔色が良くない。

付喪神と言えど、人の体を得ているのだから人が傷ついた時と同様になるようだ。

「小夜」

そっと声を掛けるが、返事がない。

は目を瞑った。

小夜が手入れを行っている手順を頭の中で復習する。

命に責任を負いたくないと逃げていた結果がこれだ。後悔は後でする。

まずは小夜を直す事が先だ。

触れただけで折れてしまいそうな小夜の本体に触れる。静かに、呼吸を忘れ、小夜の傷を癒していく。

審神者として選ばれたからにはきっと小夜を直すだけの力はあるはずだ。

それは大きくないかもしれないが、今回、小夜を直せるだけの一度きりのものでも構わない。

小夜を戦に駆り立てた責任は、間違いなく自分にある。



◆◇



手入れ部屋の中をそっと窺う人影がある。

「おー、何してんだ?」

ふいに声を掛けてきた鶴丸を振り返り、「「静かにしてください」」と声をそろえて言った。

「覗きか?俺も混ぜろ」

「覗きなど人聞きの悪い。監視です。小夜を見捨てて逃げるようなら斬り捨てるつもりです」

その手にある刀の柄に手を置いて江雪が言う。

「その娘は逃げんだろう。逃げるならとっくに逃げてる」

そう言って鶴丸はどかりとそこに座った。

「何をしに来たのですか?」

「見届けに、かな」

肩を竦めていう鶴丸に「そうですか」と返して部屋の中に視線を戻した。

「手伝い札の事を知らんのだろうな」

ぽつりと鶴丸が言う。

あれから数刻経っている。亡くなった主は、時間がかかりそうなら道具を使った。

だが、彼女はそれを使う気配がない。

「「あ...」」

“監視”をしていた2人の声が重なる。道理で時間がかかっているわけだ。不慣れなのは否めないが、手順としては間違っていない。

どうしてこんなにも時間がかかるのだろうかと気になっていた。彼女が未熟だからだろうという結論に至っていたが、鶴丸の一言で主の手入れの様子を思い出す。

「それで投げ出さんのだから、俺は評価するぞ」

「あなたの考えを態々口に出す必要はないのでは?」

鶴丸の言葉を不愉快に思う反面、どこかそれを肯定している自分に少し困惑する。

本当は投げ出すと思っていた。逃げ出した彼女を斬り、前の主がいかに審神者として主として素晴らしい人物であったかを再認識するつもりだった。

だが、彼女は逃げ出さない。未熟ながらも必死に小夜を助けようとしている。認めざるを得ない気がした。

宗三はちらと隣の兄を見た。困惑をしている兄に少しだけ同情をする。

宗三は、彼女が投げ出さないと確信していた。彼女はすでに真に小夜の主だ。

ただ、彼女は小夜だけの主で、この城に対する責任を持っていない。

だから、自分にとっては主ではなく、ただ、見込みはある娘だと思っていた。

小夜を直した彼女を自分はどう思うのか。それが気になった。

自分の主は飽くまで過日亡くなったあの老人だ。それは変わらないが、小夜のように少しくらいは助けてやってもいいかもしれないと思っている。

ここで逃げ出せば兄と同様に斬り捨て、何としても小夜を助ける方法を探すつもりではあったが、それは必要なさそうだ。

「あなたは、なぜここに?」

「さっきも言っただろう。“見届ける”ためだ」

先ほど三日月に話をした。それは随分前から思っていたことだ。

小夜が彼女を主と認めたと聞いた時にどこか安堵した自分があった。それに少し困惑したが、でも、そうかと納得した。

初めて城に来た時、彼女はすぐに三日月をこの城のまとめ役だと見定めた。そして、取引を持ち込んだ。

その時点で、少し評価していた。相手を見定める目がある。取引を持ちかける度胸がある。

審神者としての役割を十分にまっとうできるかどうかはわからない。前の主と比較するのは少しかわいそうだとも思う。

だが、この城を維持するために必要で、辛い思いをするのがわかっていてこの城に来た彼女の想いを無碍にするのもあまりに大人げないと思った。

彼女は所詮人間なのだ。

もし、彼女が小夜を癒すことができればそれは審神者と認めてもいいと思う。

城を維持し、刀剣の手入れができるのなら、それはもう審神者だ。

力の強弱なんて神にもある。

ならば、人間にだってそれがあってもおかしくない。寧ろ、人間のそれは今まで散々見てきた。今更、皆等しく力を持っていることを期待するなど都合が良すぎる。


ドサリと部屋の中から音がした。

慌てて3人で部屋に入る。

「小夜左文字はどうだ?」

「...直っています」

「そうか」

倒れた彼女は気を失っているようで、おそらく力の使い過ぎなのだろうと察した。

彼女を肩に担ぎ廊下に向かうと「どこへ?」と問われた。

「部屋に運ぶ。お前たちはここで小夜左文字が目が覚めるのを待ってやれ」

「言われるまでもなく」

返された声に喉の奥で笑うと鶴丸は彼女の部屋に向かった。


「どうだ」

彼女の部屋の前に居たのは短刀と長谷部だった。

「まだ寝ているが、直った。江雪と宗三が付いている」

短刀たちが歓声を上げ、手入れ部屋に駆けて行った。

「それで、お前はそれをどうする」

「どうも。ただ、そうだな。少しくらい助けてやらねばならんだろうな」

部屋に入りながら言葉を返した鶴丸は、敷いたままになっている布団を見て「これは楽だな」と苦笑した。

彼女はまだ布団を上げていなかったらしい。

「お前は?」

彼女を寝かせながら鶴丸が問うと「どうも、だな」と返されて笑う。

「そうか」

「ああ」

2人は少しだけ口元を緩め、そして部屋を後にした。









桜風
15.12.13


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