願わくば 1





 「誰かを大切に思う気持ちは、少し痛いんだね」

側で眠っている主の髪を梳き撫でながら歌仙は呟いた。


歌仙がこの城にやってきて1年が過ぎた。

初めて主を目にした時には戸惑いを覚えた事を思い出してくすりと笑みがこぼれる。



◇◆



この世に顕現して目の前に立つ人間に自己紹介をした。

「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ」

「あたしは審神者。なんか、名前は言えないんだけど、体力には自信がある体育会系女子だよ」

名乗ってはいけない。

こちらに来る前にしつこく注意されたことだ。

は緊張を隠すように満面の笑みを浮かべてそう自己紹介した。

名乗れないのにどうやって自己紹介をしようかと何度も何度も頭の中で推敲を繰り返した結果のそれだった。

しかし、右手を前に出して親指を立て片目を瞑りながら返された自己紹介に歌仙は言葉に詰まる。

「どうかした?」と顔を覗き込まれた彼は少し戸惑う。子供というには育ちすぎており、だが大人というには幼い様子の本人が“女子”と名乗っていたのだから、おなごなのだろうが、独特の丸みのある体つきではない。

「君は?」

「ん? 聞いてなかったのかな。あたしが審神者で、この城の主になるんだって」

どこか他人事のように言う彼女に歌仙は違和感を覚えた。

「君はいつから審神者という者になったんだい?」

「ついさっき。あたしもこの城に来たばかりなんだ」

「……そう」

困惑する歌仙はひとまず自分を落ち着けるために目を瞑る。ゆっくりと呼吸をしてみた。

少し冷静になれたと思う。

目を明けると先ほどの少女の姿がなく歌仙は別の戸惑いを覚えた。

「歌仙兼定さん、早くおいでよ」

ひょいと顔を覗かせて彼女が言う。すでに部屋を出た後だったのだ。彼女の存在自体を幻か何かだったのかもしれないと錯覚した自分が少し恥ずかしかった。

そして歌仙は歩みを進めようとして少し困った。どうやって歩けばいいのかわからない。

扉の所で待っていた彼女が戻ってきた。

「どうかした?」

「いや、何でもない」

ばつが悪く、歩き方が分からないと言えない歌仙に彼女は「そか」と頷き、「肩を貸すよ」と彼の手を取った。

瞠目した歌仙に彼女は「人間は歩けるようになるまで1年以上掛かるんだよ。歌仙兼定さんだって人間になったばかりなんだからすぐ
に歩くように言う方がおかしい」としたり顔で返した。

「……では、悪いけど」

「いいよ。さっき言ったでしょ。あたしは体育会系女子。体力には自信があるってね。歌仙兼定さんくらいの大きな男の人でも、まあ支え
ることはできるって」

「頼もしいね」

「だといいけど」

返した彼女は歩き出す。

歌仙の歩みを待ってまた一歩。

部屋を出るのに時間はかかったが、それでも前に進めている。


部屋を出て歌仙はため息を零した。

「ああ……」

先ほどまで室内にいたので外の様子が分からなかった。彼女はここを“城”と称していた。

なるほど、城なのだ。

庭が広く、池や少し遠くには庵も見える。茶室だろうか。

「わー、広いね。誰が掃除するんだろう」

耳に届いた言葉に歌仙は思わず視線を向けた。

「こんな美しい庭を見て感想がそれかい?」

「だって、秋になったら落ち葉大変だよー。春も花が散ったときとか」

「誰か雇えばいいんじゃないのかい?むしろ、これだけ立派な庭が整えられているんだよ。庭師が定期的にやってきているんじゃないのかな?」

そうだ、そのはずだと思ったが彼女は首を横に振った。

「だって、この城にいる人間ってあたしだけたらしいよ」

「は?」

「そんで、これからは刀剣男士だけが増えていくんだって」

「刀剣男士、とは?」

初めて聞く言葉だ。

「歌仙兼定さんみたいな、刀剣の神様を政府の人たちはそう呼んでるんだって」

(刀剣の神様?)

自分が神になった記憶はない。付喪神の部類に入るかもしれない。だとしたらアヤカシに近いはずだ。

しかし、彼女は神様と信じているらしい。

取りあえず、人ではない何かということでは神もアヤカシも変わりないと考え、歌仙は訂正しなかった。

「君はこの城の主として、審神者として何をしなくてはならないんだい?」

「何かね。歴史を変えようっていう集団がいて、その人たちが時間を遡って色々悪さをするからそれを止めるのが仕事だって。でもね、その悪さをする人たちと戦えるのって神様である刀剣男士しかできないから、たくさん刀剣男士をここに呼んで戦ってもらうようにお願いするのが主な仕事って聞いたよ」

「自分は、人間は戦わないのかい?」

「あたし自身、そこそこ腕に覚えはあるけど攻撃が通用しないんだって。軍が科学の粋を集めた武器で攻撃したことがあるけど全然効かなくて返り討ちにあって一個小隊全滅したっていう話」

彼女が口にした言葉の中には初めて聞くものが多く、理解するのに苦労したが、要約すれば先ほど彼女が言ったとおり自分たちしか対抗できないということのようで、歌仙は「そう」と取り敢えず相槌を打った。









桜風
16.2.22


ブラウザバックでお戻りください