| 人間の体を得て歌仙は驚くことばかりだった。 腹が減るとはどういうことなのかを知った。排泄も必要で、睡眠というものが体調に影響するとは知らなかった。 「人間というものは、色々としなくてはならないことが多いんだね」 「まあ、刀剣だったときに比べたらやらなきゃいけないことは増えたんじゃないかな?あたしは生まれたときからだから特別な義務感はないけどね」 厨で食事の支度をしながら話をする。 歌仙と審神者がこの城にやってきて三日経つ。本来ならもう他の刀剣がここに居てもおかしくないのだが、この城にいる刀剣男士は現状歌仙のみだ。 「……仲間、増えなくてごめんね」 俯いてが呟く。 「構わないよ。しかし、出陣するなら戦力が増えてからと思っていたけど、そうも言っていられないのかな?」 彼女はびくりと肩を揺らし、歌仙を見上げて頷いた。 「そう。わかったよ」 「最初は近くからで良いって」 「近く?」 「あたしの時代の近くの時代から。まだ敵の数は多くないみたい」 「そう。では、明朝出陣するよ」 「何か用意しなきゃいけないものってあるのかな?」 「どうだろうね。僕にはもう歌仙兼定という名刀があるからね。戦に出るのに必要なものはこれで充分だよ」 「そんなに強いの?」 見上げたに「名刀だと言っているだろう?」と歌仙が返す。 「自画自賛」 「自分を信用しているということかな」 歌仙の言葉に彼女は俯く。 その反応は予想しておらず、「どうかしたのかい?」と歌仙はの顔を覗き込んだ。 「ううん、歌仙兼定さんは凄いんだなって」 向けられた笑顔は作り物だった。 「……そうだね。君を落胆させることはしないよ」 翌朝早く歌仙は時代を行き来することができるという門の前に立っていた。早起きが習慣づいているらしい彼女が見送りに出ている。 「見送りをしてもらうなんて、なんだか気恥ずかしいね」 「そうなの?ちゃんと帰ってきてね」 「当然だよ。言っただろう?君を落胆させることはしないよ」 時代を行き来することができる門をくぐった歌仙は初めて目にする光景に瞠目した。 今の今まで城にいたのに確かにここは別の何処かだ。 この時代で暗躍している敵≠屠っていけばいい。そう聞いた。 歌仙は周囲を探索していくことにした。 ◇◆ ダンダンと豪快な音を立てては包丁を振るう。 歌仙が帰ってきたときにお腹が空いているといけないと思い、具だくさんの味噌汁を用意しておくことにした。 具には魚を入れる。豪勢だ。昨日のうちに歌仙が町に降りて購入してきてくれていたのだ。 「でも、いつ帰ってくるんだろう」 初陣だ。どのくらいで帰城するかなんてわからない。目途すら立たない。 近いというのだからそんなに遅くならないだろう。 は調理の手を止めて窓の外に視線を向けて目を細める。今日は快晴だ。 何度か手を止めて窓の外を見やりながら少し時間をかけて下ごしらえが終了し、鍋に味噌を溶かして完成した。 しばらくすると、ふと嗅ぎ慣れない匂いがした。魚の生臭さではない何か。 少し考えたは弾かれるように駆け出した。時代を行き来することができる門の方角へ。 彼女の悪い予想通りにそこには歌仙がいた。 「歌仙兼定さん」 「……すまないね」 落胆させてしまった。大見得を切ったのに、この様だ。 「痛い?」 「そうだね、これが痛みなんだろうね」 「えっと……」 周囲を見渡す。だが、この城には自分しかない。 は膝をついて歌仙に背を向けた。 「乗って!」 「おなごの背に乗るなんて」 「良いから乗る!」 断ろうとした歌仙の言葉を遮って彼女が強く言った。 瞠目した歌仙は諦めたように「では、失礼するよ」と声を掛けての背に体を預けた。 一度体が深く沈み、「ぐっ」と唸った彼女は何とか立ち上がる。 「大丈夫かい?」 「走るから、傷が痛むかもしれないけど。そこは我慢して」 は駆け出した。と言っても、大の男を背に載せている彼女は思ったよりも速く走れない。それでも肩を貸して歩むよりは早いと判じたのだ。 が向かったのは“手入れ部屋”だ。此処に入っていれば刀剣男士は回復する。審神者の力があれば更に回復力が上がり、それを促進する道具も他にあるという。 「布団……」 手入れ部屋は特に用事がなかったので、足を踏み入れたのはこれが初めてだった。何がこの部屋に置いてあるのかもわからない。 「下ろしてくれ。布団などなくとも大丈夫だから」 背中から声がしてはゆっくりと歌仙を下ろした。 「すまなかったね、重かっただろう」 「ちょっと待ってて。マニュアルを取ってくるから」 歌仙の礼に特に反応せず彼女は部屋を慌ただしく出て行った。 彼女の口にした“マニュアル”とは何だろう、と思いながら歌仙がひとまずごろりと寝ているとけたたましい足音が近づいてくる。 「治すよ」 「ここで寝ていれば直るんじゃないのかい?」 「審神者が力を貸したら出来るってこれに書いてあった。ちょっと待って、手順を確認するから」 言いながら彼女は持ってきた冊子を捲る。その冊子は何度も何度も捲ったような跡があり、紙の端が破れていたり皺になっている。これが彼女が言った“マニュアル”で、おそらく手引書のことだ。 暫くマニュアルに目を通していたがぱたんとそれを閉じた。 「歌仙兼定さん、手を貸して」 そう言って彼女が手を差し出してくる。 「手?」 言われるままに歌仙は手を出し、はそれを握った。少しひやりとする彼の手に息をのむ。 「行きます!痛いの痛いのとんでけー」 「……は?」 「呪文があると尚良しって書いてあるから」 「……そう」 それは果たして呪文なのだろうか。 だが、彼女が自分の回復を願っていることは伝わってくる。 (人間の……主の手は、温かいな) 胸のあたりまで温かくなる。歌仙は只管自己流の呪文を唱えている自身の主を見下ろして目を細めた。 |
桜風
16.2.29
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